ねえ、ホームズ。髪、随分伸びたねえ。
始まりは、彼のそんな一言だった。
「 ―――そうかい? 」
私はパラリと零れた自分の前髪を摘んでみせた。
「 うん。だってほら、もう首が隠れちゃってる。 」
ワトソンは、私が座る一人掛けの椅子の後ろに廻ると、ほら、結べると言って私の髪を一本に束ねた。
「 そういえば最近、全く散髪に行っていなかったからね。 」
忙しくて、と付け加えると彼も、そうだねと同意してくれた。
ワトソンはまだ私の髪を弄っている。
「 わ、でもホントに伸びた・・・ 前髪が後ろ髪に負けてないよ?ホームズ。 」
そう言いながら彼は私の髪で完全に遊び始めた。
私は新聞をバサリと広げて読み始める。
その間にも、彼は私の髪を三つ編みしたり梳かしたりと、好きなようにしていた。
いつもより時間がゆっくりになる。
時計が刻む音は、はっきりと静かに/窓の下に在る街の喧騒は、ひどく遠くの出来事のように。
差し込む日の光さえも、今はこの部屋の空気を壊さぬように入り込んでいるようにさえ思えた。
温かい沈黙を破ったのは、彼のほうが先だった。
「 ―――ねえ、ホームズ。ぼくが切ってあげようか? 」
温かい沈黙に負けず劣らずの温かい声で穏やかにそう告げられたものだから、一瞬私は聞き逃してしまいそうになった。
なので、彼の言葉に対する返事も一拍遅れた。
「 ―――できるのかい? 」
「 揃えるくらいなら、いくらなんでもできるよ。 」
ちょっとムッとしたような返答と、その膨れっ面に苦笑して。
「 では、お願いしようかな? 」
途端、ぱっと破顔したワトソンは、「じゃあ、庭でやろうよ!!」と私の腕を引っ張るようにして私を部屋から連れ出した。
庭に出された椅子に腰掛ける。
「服につかないように」と白い布を肩からかけてくれた。
それから。
しょきん しょきん
しょきん しょきん
刃が重なる音が聞こえてきて。
時折、首筋に冷たいハサミと温かいワトソンの手が触れる。
交互に、ときに不規則に。
髪を切り過ぎないように―――少しずつ刃を進めてくれている気遣いが知れた。
しょきん しょきん
しょきん ・・・
あまりに穏やかな空気に耳を澄ましすぎて、思わず目を閉じていた。
「 ―――・・・ズ・・・ホームズ? 終わったよ? 」
目を開けると、目の前に茶水晶の瞳を見張って覗き込んでいるワトソンが映った。
「 ん?・・・ああ――― 少し、眠ってしまったようだね。 」
「 いっつも眠り浅いのに、珍しいね。あ・・・髪、首が見えるくらいまで揃えたんだけど――― 」
これでよかった?と少し不安げに尋ねる彼に、自分の後ろ首に手を当てながら答える。
「 ああ、ちょうどいいよ。 ありがとうワトソン。 」
にっこり笑ってそう告げると、彼はとても嬉しそうな顔をして。
また、にっこりと笑ったので。
私もなんだか嬉しくなって。
「 散髪のお代はお茶を入れるぐらいしかできないんだけど―――いいかな? 」
その答えを彼の笑顔で返された私は彼の手を引いて。
部屋で、たった一人の大事なお客―――彼のために、マスターとなってカップにお茶を注いだのだった。
事件も何もない日々にも
退屈しない一日がある。
そんな日は、いつも
きみと、ふたりで。
END
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最近ぽっと思い浮かんだネタ。
ホームズって普段は忙しいから、
こういうことはやっぱワトソンにやってもらうんだろーなーと・・・(ナゼそこで決定済み)
だってワトソンの天性の才能は家事全般ですからv
こういうことも、できないとっvvv
久々にほのぼの書けて、(てゆーか当サイトでは初・・・?)満足☆満足v
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