傾いでいく君の姿に。
微笑を浮かべて目を閉じていく様に。
その先には何も無いことに気づいて。
それは同時に君の嘘も暴いていたけれど。
考える前に体が君の元へと飛んでいく。
たとえその先に道が無くとも。
君がいるなら。
「 ・・・ッッ ホームズ・・・ッ!! 」
頬をかすめる飛沫。身を包む冷気。
ワトソンは、片方の手で崖の中腹でぶら下がり、もう片方の手でホームズの手をしっかりと掴んでいた。
落ちていくホームズを追いかけ、自身もまた崖下に飛び込んでいったのである。
なんとか宙空でホームズの手を掴み崖岩に手をかけたが、このままでは直に落ちてしまうのは明らかだった。
「 ホームズッ しっかりして・・・!! ホームズッッ!! 」
しかもホームズは意識が無いのか、ぐったりとして返事も無い。
握っている手から伝わってくるのは冷えた体温。
それは滝の飛沫のせいか。それとも―――
・・・まさか、死んでなんて、ないよね?
伝わってくる冷たさに、支えている体の重さに。
絶望が辺りを包み込み始める。
い、いやだ・・・ホームズッ・・・・・・ッッッ
纏わりつく闇を振り払い、必死に呼びかける。
「 ホームズッッ!! 死んじゃ嫌だッッ!!!! ホームズ!!!! 」
滝の音に負けじと咽喉が張り裂けそうになるのを耐えて叫ぶ。
と、握っていた手が、ピクリと動いたような気がした。
「 ―――? ホームズ? ・・・ホームズ!! 」
縋るような呼びかけに、ゆっくりと黒曜石の瞳が開かれてゆく。
「 ・・・・・・? ワト、ソン・・・? 」
ゆっくりと頭をもたげ、こちらを見るとぼんやりわたしの名前を呼んだ。
「 ホームズ・・・!! よかった・・・・・・ 」
安堵の表情をわたしが浮かべるのと同時に、ホームズの表情が険しくなっていった。
「 ワトソン・・・!! どうして戻ってきたりなんか・・・!! 」
「 君が帰ってこないような気がしたからだよ。 」
わたしの即答に、彼の表情が凍る。
「 ウソツキ。 」
眼下の彼に、そう言って悪戯っぽく笑ってみせた。
滝の落ちる音の中にも、彼の諦めたような溜め息が聞こえたような気がして。
「 ・・・・・・やれやれ、本当に君には敵いそうもないよ、ワトソン。 」
至極穏やかな瞳と共に向けられた声音は優しかった。
と。二人分の重さを支える手が岩を滑る。
「 うわッッ!! 」
「 !!、ワトソン!! 」
なんとか体制を整えたものの、年中飛沫に濡れてぬるぬるとした岩壁にしがみついていられるのも、もう時間の問題だった。
「 ワトソン。 」
ホームズの声が、静かにわたしを呼んだ。
「 ・・・? 」
もう一度見下ろした彼の顔はとても落ち着いた様子で。
「 おいで。 」
一言、そう言って彼はだらりと下げていた片手をわたしに向かって差し伸べた。
一瞬わたしは何を言われたのかわからなかったが、すぐに落ち着いてまっすぐにホームズを見返した。
彼もまっすぐにわたしを見ていた。
どれぐらいそうしていただろう。
随分長いことそうしていたような気がしたけど。
一分にも満たない間だったかもしれない。
どちらから、ということもなく繋いでいた手を離す。
わたしは素早く身を返すと、岩壁を蹴って彼の腕の中に飛び込んだ。
その後のことはよく覚えていない。
ただあるのは彼の腕の中の温かさだけで。
むしろ、直に伝わってくる心音が意外にも穏やかなことに驚く反面。
――――とても安心していた。
翌日のどの新聞の紙面も、偉大な探偵とその唯一の友人にして絶対の助手の生死不明を大きく取り上げていた。
警察の見解は、二人とも( 正確には三人 )滝壺に落ちて行ったのであろうとのことだった。
ロンドンの街はこれをひどく悲しみ惜しんだ――――
一人の男がライヘンバッハの滝付近を散策していたときの話だ。
彼は滝のふもとでここら一帯に自生する植物を調べ、見て回っていた。
ふと、誰かいるような気がして顔を上げ、立ち込める霧の中を見渡したが誰もいない。
気のせいかなと視線を前に戻すと、彼はその場に立ち竦んでしまった。
霧の、靄の向こうに、ゆっくりと歩いていくような人影が見えたからだ。
辺りの霧は本当に濃かったため、はっきりとそれを見定めることはできなかったが、それは人であったと彼は周囲の者達に告げたという。
場所が新聞や世間で騒がれているところだけあって、すぐに名探偵のユーレイか、などという噂が流れた。
後々彼は見たものを思い返してみて、そういえばと呟いた。
そういえば、歩いていたのは一人だったようだが、その一人は誰かもう一人の人間を抱えているような影だったなと。
聞く人も無い自室で採ってきた山野草を観察しながら。
ポツリと、そう漏らした。
――――ごらんよ、ワトソン。僕らはどうやら世間ではしっかり死んでしまったようだよ。
――――そうみたいだね。ところでホームズ、これからどうするの?
――――そうだねぇ、ひとまずロンドンからは離れなくてはならないかな。教授の参謀殿を捕まえる手立てを考えなきゃならないからね。
――――ボクも一緒に行っていいの?
――――おやおや、我が愛しのドクターを置いていけるわけないだろう。それに君と二人で新婚の変装をすれば楽に国外脱出できるし・・・
――――ッッツ!!/// なんっっっでそこで新婚の変装なの!!!!////
―――― 一番怪しまれなくていいじゃないか。それに同じ細身でも君の方が小柄だし、きっと女性ものの服もよく似合うよ♪
――――そんなの似合うとか言われても全っっ然嬉しくないよ!!!!////
――――いいからいいから。早く支度してしまおう。
――――・・・・・・良くないんだけど・・・
これから二人は長い長い―――三年にも渉る逃避行へと出かけることとなる。
そんな雲隠れの日々は時に窮屈なこともあったけれど。
二人にしてみれば、全てから解放された真実の意味での蜜月だった。
落ち逝く滝、傾いだ体、掴んだ手。
掴んだその手は―――離さない。
END
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なんっで自分はこうラストが壊れるんだろう・・・(遠い目)
ああでもこの終り方が思いついたときは思わず・・・
もういいか・・・・・・
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