悪夢は終わったんだろう?
それなら もう
目を醒ましてくれてもいいじゃないか
おねがいだから
どうか、その目を。
『ナイトメア-夜明け-』
「ワトソン・・・・・?」
何故、動かない?
「ワトソン・・・・・?」
何故、醒めない?
「冗談だろう・・・・?」
では何故、彼は起きない?
彼と彼との闘いの熾烈さは、騒然となった部屋の様子が示してくれている。
ありとあらゆるものが床に散らばり───
彼もまた、散乱物のひとつとなって静かに横たわっていた。
その顔には穏やかな微笑、その胸には鮮血の紅を宿して。
ふらふらと立ち上がり、彼の元へと歩み寄る。
途中、落ちているものに躓いて転びそうになりながら。
膝をついて、彼を抱き起こす。
途端、だらんと首が重力の支配下のもと垂れ下がる。
まるで人形のように
動かしてもらわないと、動けない、身体。
曲げた肘の中に頭をおさめて支えると、ようやく彼の顔をまともに見ることが出来た。
それは、まるで寝顔だった。
この表情は、何度も見たことがある。
彼を起こそうと、彼の寝室へ行ったとき
長旅の汽車の中で
真夜中の馬車の中で
情事を終えたあと、覗きこんだとき
そうだ
眠っているだけだ
だがそれならば何故
君の胸元は紅いの?
ワトソンの胸元に手を当てる。
ぬるり
「・・・・あ」
生温かい、鮮やかすぎるほどの、紅
「ワ・・・ト、ソン?」
動かさなければ動けない
何故?
それは
彼が、死んでいるから。
「─────・・・ッ!!!!」
冷静なはずの思考はもうどこかへ行ってしまって。
「ワトソン?ワトソン?!」
狂ったように
「ワトソン!ワトソン!!」
愛しい者の名を、呼び続ける。
「もう終わったんだろう?さっきまでの悪夢は。勝ったんだろう?僕らは!!」
動かさなければ動けない身体は揺さぶれ、動かされ続ける。
「・・・・・・頼むから」
震える声。
「もう、醒めてくれ─────・・・ッ」
汚れることなど意にも介さず彼の胸もと、顔を埋めた。
トクン・・・・・・
「・・・・・・?」
肌で感じた、脈打つ音。
顔をあげて、彼の顔を覗き込む。
先ほどと、なんら変わりは無い。
もう一度、彼の胸へと顔を埋める。
トクン・・・・
「・・・・・!!」
さっきよりも、はっきりと聞こえた、自身で動く力の音。
彼の頬に、そっと手を添えて、撫ぜる。
「ワトソン・・・・ワトソン?!」
ン・・・・・
かすかに漏れた、なにか。
震える手を伸ばして。
「もう・・・・朝なんだよ、ワトソン。陽が昇る・・・・・」
ゆっくり梳いていくやわらかな髪。
瞼が震える。
「だから・・・・もう。」
その目を醒まして─────
その瞳がぼんやりと開いて、ホームズを捉えた。
「・・・・・ほーむ、ず・・・・・」
あらためて確認しなくたって、それがワトソンであることは一目瞭然だった。
「ワトソン・・・・・!!」
私の頬をつたった水滴が、ぽつんと音を立ててワトソンの頬に落ち、いよいよ彼を覚醒へと導いた。
「ホームズ・・・・あ・・・・ウ、痛ッ・・・・・・!!」
痛みに顔をしかめるワトソンを見て、慌ててその胸元の傷の様子をみる。
「ワトソン、しっかりするんだ・・・・!!動いては駄目だよ!!」
彼を抱き上げ、ひとまずソファーに横たえると、遅ればせながら駆けつけてきたハドソン夫人に医者を呼ぶように頼んだ。
***
ワトソンの傷はかなりの重症だった。
銃弾は心臓すれすれの位置を撃ち抜いていた。
もうあと数センチで死ぬところだったと医者に告げられた時は思わず体が震えた。
「・・・・催眠術?」
数日たって、ようやく意識を取り戻した彼に、事のあらましを説明した。
もちろん、彼は今もベッドの上だ。
「ああ。催眠術によって、別人格を形成することは可能なんだ。
もちろん本の人格をそのままにね。それは普段は眠らせておける。”何か”を合図にしてさえおけば、また目覚めさせることもできる」
そこでふとワトソンの表情が”何か”に気づく。
「・・・・”頭痛”?」
「そうだよ。君が小さい頃からの頭痛持ちだなんて、ヤツなら簡単に調べられる。君は知らないうちにヤツに利用されただけなんだよ」
ワトソンの髪を、頬を、ゆっくりと撫でる。
触れるたびに、これが現実なのだと実感できた。
「そうさ、はじめからおかしいのさ。モリアーティにはモリアーティの、きちんと歩んできた経歴が在る。そして、君には君のいままで歩んできた時間がある。
それを実証してくれる人たちも、証拠も充分だ。君とモリアーティが同一人物ということが、そもそもおかしいのさ」
ワトソンなら回診で一人にもなる。患者に成りすまして接近する手立てはいくらでもあったはず。
まさかこんな積極的かつ醜悪な方法で接触するとは思ってもみなかったが
ワトソンを危険に曝した、己の不甲斐なさに吐き気がした。
あの教授め・・・・・・!!
チリチリと胸を焼く、怒りの感情が湧き上がる。
「ホームズ・・・・ぼく、人、殺したのかな・・・・・・」
業を煮やしていたところで、ワトソンの呟きが水を打つ。
「ワトソン───」
両の手で、頬を包み込んで視線を合わせる。
それ以前に鼻先が触れ合いそうなほどに顔を近づけて。
「君は僕を殺さなかったじゃないか」
ワトソンが縋るように、じっと見上げてくる。
「催眠術のかかった状態でも、僕を殺さなかった。だから君は他の誰も殺してはいない」
「でも・・・・・」
「まだ言うかい?それだけの強さを持った心だ。モリアーティの思うようにはいってなかったと僕は思うがね」
あの電報のことだってそうだ。
短い期間に何度も打ちに行く、なんて。
形成されたものとはいえ、モリアーティならたった一度の電報で手筈は済ませられたはずだ。
言ってやると、ようやく安心したのか、ワトソンはホッと力を抜いた。
額と額をあわせる。
包み込んだ頬の温かさが、彼が生きていると教えてくれた。
「・・・・よかった、夢じゃない」
「・・・・ホームズ?」
これは、現実なのだと。
「君が眠っている間、僕は悪夢を見ていたよ」
出口の見えない夢
目を醒まさなければ終われない
醒めるのかどうかもわからない
ナイトメア
「・・・・ひとつ、約束させてもらってもいいかな、ワトソン?」
「何?」
頬を撫で、軽く口づけを落とすたびにくすぐったそうにワトソンは身じろいだ。
「これから先、僕は君にこんな目には遭わせない。いつも命がけで僕を守ってくれる君に僕が出来る、唯一のことだと思うからね」
それは同時に
「ホームズ・・・・」
僕のために、簡単に身を挺してしまう君を守ることにもなる。
ぽろぽろと零れる涙を指で拭って
そのまま約束のキスを交わした。
ちょうどそのとき
窓に差し込んだ陽の光が、二人を照らし始めた───
ふふふふふ・・・・・クスクスクスッ・・・・・・
ひとまず明けるよ・・・・・・
ナイトメア
END
****************************************************************
ちょっと待て、これってハッピーエンドか?(なんかヤバイ付箋残しちゃってるよ!オレ!!)
やっぱ悲劇の方がいいなあ(ぶちぶち)←おい;
てゆーかむちゃいい加減だよ!!ホントに催眠術で人格って作れんのかな??(おい!;)
でも一応ハッピーエンドよ。ワトソン戻ってきたからね!(またいつスイッチ入っちゃうか分かんないけどね!)
それでも今回のようにホームズを襲うってことはもうしないでしょう。モリさんもワトのホムに対する想いは尋常じゃないって分かったと思うんで(笑)
それで今度は娼婦どもを狙うんだな・・・・(どんどん話が飛躍しちゃってるよ・・・・!!)
なんかもっと短く終わらせようと思ってたのに。先生、ワトソンの死を認知すんの遅すぎ!!(爆!)
なので前半部分は悲劇的でいいかんじなんですが、後半、ワトが生き返った理由を奇跡とかそーゆうものにしたくなかったのでいろいろやってたらなんかマンネリに☆
それでもカイさんに捧げます☆(コラ;)
****************************************************************