ジョン・ワトソン
私の部屋の善き同居人で私の相棒で友人
そして『恋人』
そしていま、彼は外科用メスを振りかざして私を見下ろしている───
『ナイトメア』
「私はジェームズ・モリアーティ」
これが悪い夢だというのならどうか今すぐ醒めてくれ。
「モリアーティのMは”Murder”、そしてワトソンのWは”Weakener”」
朝よ、はやく。
「”ワトソン”など存在しなかったのさ。あの善良な子羊は私の忠実なる下僕」
朝よ。
「潔く負けを認めたまえよ。君は───君たちは、私とのゲームに負けたのだから」
朝はやって来ない。在るのは明けない夜と夢。
「なんて愚かな──そして哀れなシャーロック・・・・・・」
ナイトメア。
振りかざされた白く輝く外科用メスを、座り込んだ私はただ呆然と見上げていた。
君が存在しないというのなら、私たちが過ごしたあの日々は?
出逢ったときから始まった心踊るような日常と冒険の日々は?
君に想いを告げ、お互い愛し合ったあの夜は?
暖炉の前で椅子を並べ、語り合ったあの毎日/あの夢のようだと思った日々は本当に?
あれらもすべて、ナイトメアだったと
夢想に終わる出来事だったというのか
いまはただ事実を受け入れられずメスがそのまま振り下ろされるのを見ているしかなかった。
「それではごきげんよう、感情に支配されし愚かなる者どもよ!!」
メスの切っ先が白い光の閃光となって走った。
「・・・・・・・?」
目の前にいるワトソンの、いや、モリアーティの動きが突如止まった。
メスの切っ先は、私の頭上すれすれのところで止まっている。
「な・・・?!な、何故動かん?!」
動揺の声音。何かに抑えつけられているかの様に小刻みに震え、動かないその体。
考えもなしに、気づけばその名を呼んでいた。
「・・・・・・ワトソン」
びくん。
一瞬大きく震えた。根拠の無い、いやそれが根拠の不確かな確信。
「・・・ワトソン?君なのか?」
今度は確認するために。
「やめろ!!用済みだと言ったはずだ!!いまさらお前など・・・・!!」
頭を押さえて、モリアーティが後退る。ぐらりと大きく体が傾いで悶え苦しみはじめる。
「クッ・・・・・!!おのれ・・・・Weakenerの分際で・・・・ッ!!!」
しがみついたカーテンを力任せに切り裂いて、手をついたテーブルの上のものをテーブルクロスごと撒き散らす。
床に倒れ伏したかと思えば立ち上がり、よろめいて本棚にぶつかる。
書物があられもなく床へと散らばっていく。
『───きみこそ愚かだったね、モリアーティ』
「何?!」
『ぼくはいつもどうやってホームズを助けてきたと思う?』
「ハ、お前が助け?脆弱な、嘘も吐けないようなお前が、か?!」
『───ほんとうに、きみこそが愚かだ、モリアーティ・・・・・』
しばらく悶え苦しむモリアーティを見ていたホームズだったが、その手に拳銃が握られた瞬間、ハッとなって立ち上がった。
『───知らないのなら、教えてあげるさ』
「何をする!!やめろ!!貴様ごときが、この私を・・・・・」
『モリアーティ、ぼくはね、いつもこうしてホームズを助けていたんだよ』
苦しむその体自身に、心臓部に、銃口が当てられる。
「ワトソン!!」
愛しい者への呼びかけが、ナイトメアの断末魔に掻き消されていく。
「やめろ!やめんか!!貴様、誰のおかげで存在できたと・・・・・!!」
『それはもちろんきみの、だろうね──でもそこから手に入れ、養った感情と夢のような日々は』
「ワトソン!!」
呼ばれて振り返った、その笑顔は本物だった。
『ぼく自身のものだ』
お前になんか、渡さない。
そうさ、お前ごときに壊されてなるものか。
───ズガアアァン!!
・・・・・一発の銃声が、正確な的を射て響いていった。
本棚から崩れ落ち、散乱した本たち。
引きずり落とされたテーブル・クロス。
引き裂かれたカーテン。
そして横たわる、紅く染まったその体。
その瞳は閉じられて、口元に浮かぶ穏やかな微笑み。
まるで眠っているような、夢見るかのような幸せそうな。
「・・・・・・ワトソン」
もう届かない、愛しい者への呼びかけ
これは夢/いつか目覚める
朝が来れば
朝が来れば
───終わらない
醒ませない。
そう、これは
ナイトメア
END
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続けてみました(ドーン)
まあ、ありがちアンハッピーというか、相手のために死ぬという点では「対切り裂き」本と一緒ですね。
夢みがちハッピーエンドネタも実は頭の中にあったり^^
あ、これカイさんの「ジャンク」(ゴミ箱の群れのアイコンをクリック!)にアプされてるものの続きで、ワトソン=モリアーティ設定です。
そちらをまずは読まれたほうがよろしいかと^^;
カイさん、拙いですが、差し上げものです!!
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