会えない 見つからない 捜せない

 

 

 それは狂気にも似た焦燥。

 

 

 

 『 漂流する日々の中で。 』

 

 

 

 どうして見つからないんだろう。

 過去の人は思う。

 どうして会えないんだろう。

 過去の人は嘆く。

 ああ。

 どうしてどうしてどうして。

 どうして君は───どこにもいないんだろう。

 おまえが失くしたくせに。

 過去は過去を皮肉に哂った。

 

 ああ。

 もう駄目だ。

 ふらりと薄い影のような姿がヤードの捜査課に現れる───深夜を十二分に周り、辺りに人影は無い。

 

 もう駄目だ。

 

 さっきから頭の中で繰り返される言葉。もう駄目だ。そう思うのはこれが初めてじゃない。

 己が身が過去となってから、もう幾度も思ったこと。

 もう───もう、見つからない。

 何処に行っても

 何処を捜しても

 何処にもいない。

 もう───

 

 何処を 捜せば?

 

 彼のアトリエ

 彼のアトリエの庭

 僕の屋敷の埃まみれの部屋(彼を殺した部屋)

 

 捜しつくした。何度も捜しに行った、場所。

 気配の欠片すらも見出せなかった。

 それどころか

 彼が居た気配さえ

 今ではもう

 希薄になっていく。

 

『ドリアン、お願いだから動かないでおくれよ』

 

 あの日、確かに耳に響いていた君の声さえ。

 どんなトーンだったのか

 どんな音だったのか

 分からなくなっていく。

 君の声が

 遠く なっていく。

 

 その感覚に、無いはずの血の気が引いていくのが分かる。

 彼の存在が薄ぼんやりとした憧憬と化していく恐怖に厭な汗が噴き出す。

 まるで吐き出された煙草の煙のように

 消えていくのが。

 

「・・・ッ、グレイ、さん・・・・?」

 カチャリと捜査課の扉が開く音。続いて己の名を呼ぶ戸惑いを含んだ声。

「・・・・・レストレイド氏・・・・・・・」

 振り返ればそこには死者の自分としては例外的に懇意にしている男がいた。

 あまり得手ではない自分の存在に、戸惑いの色を青灰の瞳に滲ませて。

 改めてふと、似ているなと思う。

 何処が、と言われても困る。

 少なくとも、容姿はまったく似ていない。

 彼の髪は黒髪で少々長く、後ろに束ねていたし、目の色もその印象もまったく違う。

 だが自分には分かる。彼らは似ている。こちらを見る青灰と黒の瞳がダブる。

「─────」

 いっそ彼でもいいのではないか?危険な思いがふと脳裏をよぎる。

「グ、レイさん・・・・?」

 呆然と見つめてくる自分に、異変を感じ取ったのだろう。不安の色が浮かぶ。

 いっそ彼でもいいではないか。危険な思いに、手を伸ばす。

「ひ・・・・ッ・・・・・・!!」

 悪寒に肌を粟立たせ硬直する体を構わず力いっぱい抱きしめる。

「・・・・・ッ、や」

 体の芯から襲う凍りつくような冷たさに身じろぎひとつ出来ずにいる彼。

 このまま己のものにしてしまおうか。

 彼の替わりに

 彼を。

 彼を彼───バジルとして。

 

 姿かたちではない、本質が似ているのだもの。

 本物が見つからないというのなら、代替品だって構いやしないだろう?

 

 手に力を込める。

 その瞬間に。

 

 

『ドリアン。』

 

 

 何処からか響く、声。

 

「────」

 

 知っている。これは己の期待が生み出した幻聴。

 

『ドリアン。』

 

 これは幻聴。それでも。

 

 それでも、君の幻は僕を喚(よ)ぶ。

 

 

 ああ

 

 分かっているよ

 

 分かっていたんだバジル

 

 

 君の替わりなど、何処にも無いと。 

 

 

「・・・・・失礼、少々気がふれていたようだ」

 解(ほど)くように腕の中の存在を解放してやれば弾かれたように半歩後ずさり、気を失って倒れてしまった。

 顔色は悪く、血の気がない。

 一瞬の気の迷いとはいえ申し訳ないことをしたものだと眉を寄せる。

 これでは氏の加護者にいよいよ悪魔祓い師を呼ばれてしまうことになりそうだ。

 このままにしておくのは忍びないが、所詮空虚な存在でしかない自分にはこれ以上どうこうするのは不可能だ。

 あの加護者ならばおそらくこんな時間にひとりで帰らせるなどという所業はしないであろうから

 遅かれ早かれ介抱されるだろうと見当をつけ、捜査課の部屋から意識を遠のかせる。

 

「さて」

 

 これから夜が明けるまで。

 また捜し続けるのだ。彼を。

 幾千幾万の夜を捜すことになろうとも。

 

『ドリアン。』

 

 君の喚ぶ声が、聞こえ続ける限り。

 

 

 

 END

 * * *
 名無しさんの『失くしたキャンバス』と被っててビックリなんですが・・・!!(衝 撃)
 私の方がさらに堕ちてる感じがしますが;
 見事にシンクロしてすびばせ・・・!!いやでも光栄・・・(殴 打)
 というわけで駄文ながら名無しさんに捧ぐ☆

 ブラウザバックプリーズ!

 07.05.05.TOWEL