蝶。

 

 

標本の中で 死んでいて

でも 生きていて

 

蝶みたいな

屍みたいな

 

 

夢を見よう。

 

 

 

『理科室の魔法使い』

 

 

 

理科室の魔法使い。

と、いうのがいるらしいというのがウチの学校でのもっぱらのウワサだ。

放課後や、誰もいない静かなときに理科室に行くと、

ホルマリン漬けの標本やピンで止められた虫の標本が勝手に動き出す。

それくらいなら何処の学校にもよくあるコワイ話。

ただウチの学校での話は少しオマケが付いていて。

それをやっているのが理科室の魔法使いなのだということだった───

 

この理科室のウワサは小学一年の頃から聞いてきた。

今年5年生になって、理科は専門の理科の先生が教えてくれるようになった。

「ねぇ、先生、理科室の魔法使いのウワサってホントなの?」

理科の先生がクラスの担任になった理絵(りえ)は先生に尋ねた。

「さぁねぇ。俺も見たことはないからねぇ」

でも、理科室の扉の鍵を閉めて出て、次の日来たら物の配置が変わってたり片付けられてたりしたことはあったねぇ。

理科の先生で担任の先生でもある教師はおっとりとそう答えた。

「やっぱりホントなのかな」

理絵はどっちでもいい主義だ。

目に見えないものや幽霊、そういった在るのか無いのかわからないものは居ても居なくてもどっちでもいいと思う方。

事故とかで死んだ時のまま、血とかダラダラで出てきたらそれは怖いけれど、

生きてる人とおんなじ装いだったら見えてても全然気づかないだろうし。

もし、あきらかに生きてる『人』とは違って見えてたら、そのときはそうなのだと認めればいいことだ。

「ねぇねぇ理絵、聞いたぁ?理科室の話!」

友達が息を弾ませて話しかけてくる。

どの学年もどこの教室も、理科室の魔法使いの話でもちきりだ。

 

 

理科室の魔法使いの姿ははっきりしない。

白衣を着た若い男の先生だと言う子もいるし、大きすぎる白衣をズルズルと引きずって歩く男の子だと言う話もある。

まあ共通しているのは性別は男で白衣、というところだけだろうか。

実際に放課後、理科室の魔法使いらしきものを見たという子は顔も見たと言う。

「おれが見たのは若い男の先生みたいな感じだったよ。

 そんでさ、髪の毛が真っ白なんだ。んで、振り向いたらその目が真っ赤だったんだよ、ウサギみたいに」

あまりにも生きている人とは雰囲気が違って見えたので、これが理科室の魔法使いだと思ったらしい。

理科室の魔法使いの目撃証言は嘘かホントか毎日のように飛び交い、毎日のように情報が違う。

前髪が長くて目を隠していただとか、やっぱり少年だったとか・・・・・

でもみんな、確かにそのまわりで舞う標本の虫たちを目にしているらしかった。

飛び回る標本の虫・・・蝶かぁ。

綺麗なのかなぁ。

理絵はイヤでも入ってくる話に、想像を巡らしていた。

 

 

体育の時間。

今日の理恵はちょっと具合が悪かった・・・・

というのは建前で、ただなんとなくダルくて体育の授業を見学することにしたのだった。

今日は大きい体育館を使っての授業なので、そこに隣接する建物の二階の大きな窓ガラスからの見学で済む。

最初はじっと授業の様子を見ていたが、ふと後ろに続く廊下を振り返った。

この廊下の並びには、理科室がある。

まだ授業中だし。

そう思いつつも、理恵は理科室へと足を向けていた。

理絵の方から行って手前がよく使う第一理科室、その隣があまり使わない第二理科室で、標本の類はみんなそちらに置かれている。

授業が無いのか、どちらの理科室も明かりが点いていなかった。

第一理科室は人気が無く、シンとしていた。

台形の形をしたテーブルが不規則に並んでいるだけだ。

そして第二理科室をのぞきこむ。

とくに、いつもと変わりが無かった。

長く黒い机が教室の両端と真ん中にあるだけで、教室は蒼く静まりかえっていた。

ふらりと教室の中へ入ったが、見回してもやはり誰も居らず、なにもなかった。

なんとなく残念なような、ホッとしたような気持ちになって戻ろうとした時。

教室に二つある扉の内、後ろの方に男の子が立っているのに気がついた。

「あ。」

理絵は小さく声を上げてから、『あ。』の後に続ける言葉を見つけられなくて、ただただその男の子を見つめた。

同じ学年の子か・・・でも見たことが無いから1コ下かも。

少なくとも六年生には見えない。

自分と同じか、少し下。

そんな雰囲気を持った男の子だった。

サラサラの黒い髪で、つぶらな黒く丸い目で理絵を見ている。

 

そのとき、理絵と男の子の間を何かがスッと横切った。

 

ふっとそちらに視線を奪われる。

視線の先、教室の宙をひらりひらりと舞うのは、蝶、だった。

最初は何処かからか迷い込んできたのかなと思った。

でもよく見るとその蝶に何か横になって光るものが一筋、糸のように見えた。

 

虫ピンだ。

 

はっと気づいた瞬間、後ろからいっせいに蝶が舞いだした。

バッと後ろを振り返るとあの男の子は居なくて。

代わりに背の大きい、白衣を着た若い男の人が標本の棚をカラカラと音を立てて開けていた。

 

 

蝶や蝶

魚や魚

 

標本の中で 死んでいて

でも やっぱり生きていて

 

蝶みたいな

屍みたいな

 

嗚呼。

 

 

「夢を見たいなぁ。」

流れるような節でそんな唱を唄うと同時に、

魚のホルマリン漬けの瓶の蓋が開いて魚がゆっくりと出てきて宙を泳ぎ出した。

 

・・・からだの構造を見る為に、内臓が見えてるのが少し気になるけど。

それでも、怖いとは思わなかった。

すっかり色の抜けた魚は白く、鱗もボロボロになっていたけれど。

それでも白濁した目には意思が灯っていて、なんとなく好意が持てた。

蝶も虫ピンが刺さっていることを除けば野に舞う蝶と何ら変わりなかった。

 

理絵が宙を舞い泳ぐ蝶と魚の群れに見とれていると、目の前に今度は長い白衣を引きずった男の子が歩み出てきた。

脇に白鳥やらカモやら、その身体にはちょっと大きすぎるはく製を抱えて。

理絵は後ろの棚を振り返った。

さっきの若い男は居なかった。

もう一度視線を戻すと、少年は理絵に背中を向けたまま、カモのはく製を上へ向かって放り投げた。

すると固まっていたカモが動いてバサバサと羽ばたいて黒い机の上に舞い降りた。

いつのまにか白鳥も動き出し、優雅に歩いて机の下を散策し始めた。

他にも小鳥のはく製が、縫い付けられていたはずの枝から飛び立って、教室の中を自由に飛び始める。

一羽のカナリアが、私の肩にとまってピルルルルと鳴いた。

そっと触れると、それは期待に反して冷たかった。

 

生きてるみたいに動いてるのに、この子達は誰一人として生きてはいないんだ。

 

そう思ったとたんに理絵はなんだか急に哀しくなった。

そして目の前の男の子の背中を見つめる。

 

この子はどうなんだろう。

自分の目の前で、おそらく次々と姿を変え、理科室の魔法使いに違いないこの子は。

 

目の前の男の子が歌いだす。

 

 

蝶や蝶

魚や魚

 

標本の中で 死んでいて

でも やっぱり生きていて

 

蝶みたいな

屍みたいな

 

嗚呼。

 

夢を見たいなぁ。

 

 

「死んでるのに生きてるってどういうこと?死んだら生き返らないよ。動かすことは出来るかもしれないけれど」

 

ぴたりと男の子の動きが止まった。

・・・・・・・。

ゆるりと男の子が振り返る。

じっと理絵を見つめてる。

最初のときと、同じように。

 

キーンコーンカーンコーン・・・・・

 

授業の終わりのチャイムが鳴り出した。

その音に視線を少しずらした瞬間、男の子はもう居なくなっていて。

蝶も、魚も、はく製も。

みんな静かに棚の中に、あるいは箱の中に納まっていた。

いつもの理科室。

遠くから他の子たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 

体育の授業も終わってみんな戻ってくるだろう。

理絵は急いで理科室を飛び出した。

 

 

理絵が居なくなったあと、理科室にあの男の子が現れた。

ひどく気落ちしていて、うなだれていた。

「・・・・どんな夢見てもいいけど」

 

魔法使いにだけは、なるもんじゃないね。

 

そう呟くと、男の子はまた歌いだした。

 

 

蝶や蝶

魚や魚

 

標本の中で 死んでいて

でも やっぱり生きていて

 

蝶みたいな

屍みたいな

 

嗚呼。

 

夢を見たいなぁ。

 

 

 

そして今日も。

どこの学年も、どこの教室も、理科室の魔法使いの話でもちきりだ。

 

 

 

 

END

* * *

うーん;消化不良気味ですな(−−;
せっかくイメージイラストの使用許可(背景のイラストですv)まで貰っての作だったのに。

魔法使いになったら何でも出来る。
死体も屍も動かせる。
だけど知ってる。
死んだものは動かせるけど生き返らない。
『何でも出来る』を得た代償は大きいよって感じで。。。
ううう、Claudeさん、ごめんなさい〜〜〜〜(T_T)

* * *

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