「ホームズはやく帰って来ないかな・・・」

溜め息吐き吐き言うこの科白は今日でもう何回目になるんだろうか。

 

窓辺に佇み、憂い顔のドクター。

どうやら先生は仕事で長く留守のよう。

そんなひとりで手持ち無沙汰なご様子のドクターの背後から忍び寄る影があったり・・・・・

 

 

『ある日の外来患者』

 

 

「へえ?名探偵サマはお留守かい?」

「ふぇ?」

かかるはずの無い声が背後から、いや頭上から聞こえてきてワトソンは間の抜けた声を上げた。

そして見とめたその人物。

「え!ぇえええええ?!じゃ、ジャック??!」

「おや、覚えておいででしたか。光栄ですよ、≪聖母≫さま」

目を細め、口元に三日月を浮かべてワトソンを見下ろしていたのは、ロンドンの恐怖こと切り裂きジャックであった。

「ぇ、う。な、なんで君が・・・・」

動揺しつつも逃げの体勢をとるワトソン。しかしその身はジャックの腕の中で逃げられない。

「通りを歩いてましたら折りしも窓辺に聖母があられましたので・・・・ひとつ、ご挨拶でもと」

ジャックの喋りがやたらと丁寧なことに、ワトソンは厭な汗を覚える。

 

彼の喋りが丁寧なとき・・・・それは≪仕事≫のとき・・・・・・・

 

にっこり哂ったジャックはワトソンの手を軽く持ち上げると淑女にするようにその甲にキスをひとつ落とす。

「聖母・・・貴方の慈悲に一縷の希を懸けた者たちが私の屋敷で貴方が来るのを心待ちにしていますよ・・・・・」

いっそ鮮血というのが相応しい紅い瞳が怖いほどの敬愛をもってワトソンを見つめる。

「ゃ・・・ヤダ・・・・放し、」

真っ青になって震え上がるその頬を、義手がことさら優しく撫でる。

と、そこでジャックが顔をふせてクックック、と笑い出したかと思うと。

「ヒッ・・・・うわわ?!

ひょいとワトソンを担ぎ上げ、長椅子まで連れて行ってそっと座らせた。

「???・・;」

「ハハハッ、なぁんてなっ♪」

ワケが分からず目をぱちくりさせているワトソンの横に、ジャックがどかっと腰を下ろす。

「たまたま見かけたのは本当だけどな。なーんか最近無い腕が疼いちゃってさ、名探偵いないし診て貰おうと思ってさ」

つーわけで診察ヨロシクなドクター♪と告げた顔は街を歩く快活なティーンエイジャーとなんら変わりは無かった。

「ああ、なんだ・・・。うん、そういうことならいいよ」

ひとまず身の危険が回避されたことに安堵の息を漏らしてワトソンはジャックの腕を診察し始めた。

 

 

「義手の方は異常ないんだけどね・・・・腕本体の方も診ようか」

「なんかなームズムズするってゆーか、イタ痒いってゆーか」

「まだ成長期だからね。骨とか成長しようとしてるのかも・・・・」

本来あまり好ましいとは言えない関係の二人が、いまは真面目に『医者と患者』の立場で話していると。

「なんでキサマがここに居る・・・・」(ゴオオ←黒い炎メラメラ)

ゆら〜りと黒い影とオーラと炎を揺らめかせて二人の背後に立ったのは帰ってきた名探偵。

地獄の底から響いてくるような声に絶好調な機嫌の悪さが伺えます。

「あ、ホームズ!おかえりなさい!」

ぱあっと明るい顔を向けたワトソンに対し、

「ただいま、ワトソン」

いまのいままでの不機嫌さは何処へやらの笑顔で答える探偵。

「お邪魔してマス、名探偵サマ☆」

ケロリと挨拶してみせるジャックに対し、

「ホントに邪魔だ」(ワトソンの隣に座るな!馴れ馴れしく話すな!早く帰れ!)

地獄の底を這う不機嫌さを包み隠さず表す探偵であった。

「あ、えっとあのねホームズ、ジャックはただ腕の具合をぼくに診て貰いに来ただけで・・・・」

慌ててジャックがこの部屋にいる理由を説明し出したワトソンをホームズが制す。

「見ればだいたい分かるよ、ワトソン。『患者』は君の領分だからね。気にしてないさ」

肩越しにひらひらと手を振るホームズを見て、ワトソンもほっとする。

「うん。ありがとホームズ」

「そりゃ助かる。寛大なことで名探偵」

ギロッッ

泣く子はひきつけ起こしてぶっ倒れ、津波も引き下がれば死んだジジイのババアも後追って死んじまうなこりゃ。

地球上すべての猛獣のガンを集めてもまだ恐いホームズのガンを喰らって、物怖じしないジャックは呑気にそんなことを考えたのであった。

 

てか名探偵、めっちゃ気にしてんじゃん。なあ?(←誰に聞いてるの;)

 

 

「・・・・・はい、とりあえずこれで大丈夫なはずだよ」

「さんきゅー」

「薬も出しとくから、痛かったら飲んでね」

「ん」

やっと終わったか・・・・・・

長椅子の向かいに座って二人の様子を見遣るのはイライラ度もMAXな名探偵。

実際、診察にそれほど時間はかかっていないのだが、愛しい医者のとなりに殺人鬼(これで恋敵と読んでください★)がいて気が気でなかった探偵にとってはながーーーい時間だったに違いない。

テーブルの上に置いておいた義手を、ワトソンが持って来る。

「んあ、義手は自分でつけるからいーぜ?」

「え?でも一人じゃ付けづらくな・・・・あッ!!」

「っと!!」

「!!」(←注*先生/笑)

長椅子に近づいてきたところでワトソンは床に散乱していたものに躓いて、そのままジャックの上に倒れてしまった。

ジャックもなんとか支えて体制を整えようとしたが、如何せん腕が無い状態では支えきれない。

そのまま二人とも長椅子に寝る形となった。

ついでに言っとくとジャックの現状は上半身裸である。

「うわ、ごめんジャック!大丈夫?!」

慌てて体を起こすワトソン。

「なんともないっすよ・・・・

上を向いたジャックがハッとして、素早い動作で頭の位置をずらした。

ドガッッ!!

つい今までジャックの頭があった位置の肘掛けに、深々とジャックナイフが突き刺さった。

それも、真上から。

あぶな・・・・ッ

さすがのジャックもこればかりは間一髪だった。

「ぇ、なんでナイフが・・・?!だ、大丈夫?ジャック!」

真っ青になったワトソンがジャックの上体を起こす。

「怪我はねぇけど」

「なら、いいじゃないか」

言ったのは向かいに座っている探偵。腕を組んで微動だにもしていない。

さすがのジャックもこれには探偵を睨みつける。

冷ややかな視線でさらりと流す探偵。

「これ、マントルピースに刺さってたナイフだよねぇ?なんで真上から???」

クエスチョンマークを飛ばしまくるドクターの横で。

ロンドンの殺人鬼とロンドンの名探偵がともに火花を散らしていた。

 

 

 

「んじゃ、今日はどうも」

ドアを開けながら軽くジャックは礼を言った。

「気をつけてね」

にっこりと笑って見送る医者の後ろで

(はやく帰れ)

いっそ禍々しいまでのオーラを存分に発揮している探偵であった。

「あ、ドクター」

「何?」

ふっとワトソンが顔を上げた瞬間

「コレお礼♪」

ジャックはその頬にチュッ、とキスを落とした。

ななななな?!ちょ、ジャック!!////」

真っ赤になるワトソン。

顎をぱっかりと落とす探偵。(見もの☆)

「ハハハハハ、じゃーな!!」

そのままジャックは部屋を後にした。

 

 

「・・・・ホームズ?怒ってるの?」

ジャックが出て行ってから目を閉じて無言でいる同居人に、ワトソンがおずおず尋ねる。

「・・・・・・」

無言の探偵。

うう・・・やっぱりホームズ怒ってる・・・?

殺人犯を部屋に入れちゃったわけだし・・・・・・・・

俯いて座っていると、向かいにいたホームズが突如立ち上がり、ワトソンの前に回る。

「?ほーむ・・・・ッん!」

いきなり唇をふさがれて、そのまま長椅子に押し倒される。

「ヤッ・・・・ン、あ・・・・・!!」

首筋と頬を舐められ、甘えた声が上がる。

「他には?」

眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにホームズはワトソンを見下ろすとそう言った。

「・・・・ッ、ほかにはって・・・・?」

問われていることがよく分からず、潤んだ目でホームズを見上げる。

「他には、何処に触られた?」

苛ついたその声音に、ワトソンもようやく理解する。

「もしかして、妬いてたの?」

「・・・・・・」

無言の肯定。嬉しくて、クスクスと漏れる笑い声。

「いいから。言わないのなら、全部消毒させてもらうよ」

ニヤリと意地悪げに笑った名探偵に。

「え?!ちょっとまッ・・・・・!!」

あわれ、ドクターは抵抗もできずそのまま流されるのであった。

 

 

この後ドクターは、探偵によってすっかり消毒されてしまいましたとさ☆

 

めでたしめでたし♪(そうか?)

 

 

END

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翔梨さんのサイト開設祝いの品で、お題は『リッパー君に口説かれるワトソン博士とジェラシーな探偵様』でした〜

翔梨さま、かーなーりーお待たせしてしまってスイマセン^^;

この話、このタイトルの前は『ホムワトVSリパワト』でした(笑)

リパワトもいい・・・・でも最終的にはワトがホルマリンれっつらゴーになりそうですが☆

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