「誕生日、だそうですね」

 

 人気の無いそこに突然現れた気配に、びくりと身をすくめた瞬間にそんな言葉が振ってきた。

 ぞわりと走った寒気は一瞬のこと。

 慌てて振り返ればそこには、絵からそのままの姿で抜け出した美しい――あまりにも美しい青年が立っていた。

 戸惑いの感情は無くもないが、いい加減に付き合いも長く(?)なればそこは慣れるというもので、レストレイドは彼の人名前を呼ぶ。

 

「ミスタ・グレイ―――」

 

 その声に、相手はにこりと微笑んだ。

 

 

 

儚く消える祝福を

 

 

 

 その会話が耳に届いたのはただの偶然だった。

 ―――今日は、レストレイドさんの誕生日ですねー。

 ―――ああ、なるほど。だから、グレさんがいつも以上に張り付いてたわけか。

 ―――仕事の妨害だな、ある意味。

 ―――まぁ、めでたいことは事実だろう。

 そんな他愛も無い喫煙室の会話を耳に留めて。こうして、祝うすべも無いくせに。

 祝うものもないくせに。言葉だけをただ儚い音に乗せて彼の前に現れた。

 

「おめでとう」

 

 正直、そんなものの存在をすっかり失念していた。

 なぜなら自分はもうそんなものはいくらめぐってこようと関係の無い日付に成り下がったのだから。

 探し人たる彼もまた同じこと。いくら時を過ごそうと、その時の重みが自分に反映されることは二度とない。

 だからこそ、聞こえた言葉はとても新鮮に聞こえた。

 それが良く知る彼の誕生日ならば、尚のこと。

 告げた言葉に、相手は瞬間戸惑ったように青灰色の瞳を眼鏡の下で少し開いて、それから少し落とした声音で礼を告げた。

 それににこりと微笑み返して。

 

「あいにく、貴方にあげられるものなんて僕はなにも持ってませんが――」

 

 言いながら、ふと一つため息が漏れた。

 ああ、それは分かっている事実ではないか。年が巡れば、生きている彼らは歳を重ねる。

 そして順当にいたって当たり前のごとく、そしてこちらを置き去りにしてその人生をまっとうしてしまうのだろう。

 それは、もう既に終わってしまったこの身だから仕方が無く、それが当たり前なのだと知っているのだけれど。

 中途半端なところで黙り込んだこちらを不審に思ったらしく、目の前の相手はこちらの名前を呼ぶ。

 ああ、そんな些細なやり取りもどれだけ心を和ませることか。彼らはきっとわからないだろうし、知らないままでいいことだ。これは。

 ただ、彼らがこのまま恙無くその生をできることならば二人で一緒に歩んでいくことができるならば――。

 

「お祝い、させてください」

「は?」

 

 怪訝そうな声で問い返されて、にこりと微笑んだ。

 

「貴方の誕生日をこれから毎年。そうですね―――たとえば、僕が消えるか、貴方がたが亡くなるまで。祝わせてください」

 

 

 それが僕からのプレゼントということで。

 

 

 微笑んで告げたその言葉の意味を相手は把握し損ねているようだった。

 怪訝に寄せられた眉がそれを如実に表している。だけれど、これはそう。

 いうなればただの自己満足に近いから。だからいいのだ。こんな自分の思惑なんてわかってくれなくて。

 

 

 ただ―――。

 

 ただ、どうか。

 

 どうか二人で幸せになって。いつかの僕らに良く似たまったく違う、あなた方を。

 それをただ横で見ているだけでも、それはそんなに嬉しいことはこちらには無いから。

 

「おめでとうございます」

 

 そしてもう一度、言葉を口に乗せる。それ以外に渡せるものなど何も無いし、それ以外の言葉を知らないから。

 人の近寄ってくる気配がする。この足音は間違いなく、目の前の人の片割れだろう。

 過保護、といって差し支えないあの相手に自分と彼の二人だけの姿など見せたら、

 またどんな誤解を抱かれるか分かったものではないので(それはそれで愉しいのだけれど)そのまま姿を消すことにした。

 それでは、の言葉を残してするりと絵の中に帰る寸前に。

 

「ミスタ・グレイ!」

 

 引き止める声に振り返る。そこには微かに、まだ戸惑った顔をした彼がそれでも確固たる口調で言葉を口に乗せていた。

 

「ありがとう」

 

 その礼の言葉に、一瞬の沈黙。そして、それに一言だけ言葉を返す。

 

「こちらこそ。ありがとうございます」

 

 

 

 口元の微笑がやけに鮮烈な印象を与えた。しばし、どこか呆然と佇むと背後からの足音と共に。

 

「レストレイド?」

 

 何やってんの、こんなところに一人で。

 そんな声と共によく知る腕の中に抱きしめられた。

 すっかり馴染んだ腕の中。

 相手の顔が不意にどうしても見たくなって、背後から抱きしめられた格好のままで首をひねって振り返った。

 そこにあるのは、いつも見慣れた金髪とこちらを覗き込むライトグリーンの瞳。

 

「……祝われていた」

「誰に?」

 

 聞き返したそれに秘密だと呟いて。

 今日、何度と無く自分の生誕を祝ってくれている相手の腕の中にただ、無言でことりと背中を預けた。

 祝いの言葉を残して消えたあの青年貴族の亡霊が、酷くさびしいもののように思えて、

 背中に相手のぬくもりを感じたまま少しだけひっそりと目を閉じた。

 

 

 

 

END

そしてこれも飾るのが果てしなく遅れてしまってずびばせ(死)
わーいvグレイ氏ご登場♪そういやグレイの誕生日っていつだ。(原作には記載無かったっけ?)
ふふふ、なんだかレストレイドが浮気してるみたいとか考えたら別の方向に思考が行ってしまって
でもこれはこれで楽しめました(爆/何を。)
名無しさん、ありがとうございましたーーーーvvv

ブラウザバックプリーズ!

08.08.01.from:通りすがりの名無し人さん