華麗なる詐欺師
The Great Swindler

 

 

 スコットランド・ヤードの喫煙室には、曰くつきの肖像画がある。

 この絵に描かれている美青年が、夜な夜な絵から抜け出ているという曰くつきの肖像画が……。

 

 とはまったく関係ないある日の話である。 もうすぐ定時、刑事も人の子、今日も家路につきませう、と言う時間帯。

 スコットランドヤードの捜査課の机の一つに、レストレイドが思いっきり両手を突いた。

「だ・か・ら!お前は書類を溜めすぎなんだ!!」

「えー」

「『えー』じゃないッ!!」

 あまりにも書類を溜めるグレズグンに、ついにレストレイドの堪忍袋の緒が切れた。

 怒髪天を突く。怒り炸裂。ホプキンズが目を丸くして体を強張らせている。

「誰がやってると…」

「レストレイドー」

「〜〜〜!!」

「んー、でも疲れはちゃんと癒してあげてません?俺」

 レストレイドの顔がみるみる内に真っ赤になった。

「それと…これとは…違ぅ…だろ…」

「見てられない」

 ブラッドストリートがわざとらしく顔を覆った。事実わざとだが。彼は覆った手の下でにやりと笑う。

 もはやこうなると、極端な話二人だけの世界である。他の面々はギャラリーと化して自分の書類を片づけながらその様子を眺めている。

「…だ、だいたいいつもお前は何で書類を溜めこむんだ…」

「んー、愛で集中力低下?」

「なッ!?ばっ…!何て事を言うんだお前は…!!」

 集中力ないのはいつものことだろう!と叫ぼうとしたレストレイドだったが。

『でもそんなアナタがとっても好きです』

 顔を覆ったままのブラッドストリートが手の下でレストレイドの声真似をすると、

 真似された当人はしゃっくりをした直後の様な顔、言われた方はそれは嬉しそうな顔、聞いている方はそれは呆れた顔をした。

「オレも。とっても好きです」

 にっこりと笑うグレグズンに、レストレイドは眩暈一歩寸前。赤くなるを通り越して冷汗が流れた。

「……勝手に言ってろ…」

「何ー?レストレイドオレのこと嫌いになっちゃったのー?」

「は!?なっ!ばっ!」

 レストレイドは慌てて同僚たちの顔を見渡した。同僚たちは一斉によそ見をする。

 ブラッドストリートはまたしてもわざとらしく顔を覆っているが、小刻みに肩が震えているところを見れば笑っているのは明らかだ。

 まさしく、火を見るより明らかである。ホプキンズは一応、机の上の書類を見てはいるものの、目が泳いでいた。

 アルセニーはいつもと変わらないし、ピーターはピーターで、いつもの眉間に皺を寄せた顔で書類を片付けていた。

 …いつの間にお前ら席に戻ったんだ…。

 嘘臭い微笑みでじわじわと迫って来るグレグズンを避けるべくじりじりと後ずさりながら、レストレイドはちらりと思った。

「オレはむしろ愛、なんだけどなー」

 グレグズンが言った。

『俺も愛してる』

「ブラッドォォォオォオオオ!!!!」

「てへ」

「ブラッド、ブラッド」

 ホプキンズが慌ててブラッドの袖を引いた。

「はーい大人しくしてまーす!」

 華麗にウィンクを決めると、彼はさっきまで笑っていたのが嘘のように真面目な顔になって書類に取りかかった。

 笑ってたのが嘘なんじゃなくて、真面目な顔が嘘なんだろうな。

 ブラッドストリートに背中を向けているグレグズン以外は皆そう感じたと言う。

「平和だな」

「うむ」

 ジョーンズ両警部がそっと囁き交わした。

 

 スコットランド・ヤードの喫煙室には、曰くつきの肖像画がある。

 この絵に描かれている美青年が、夜な夜な絵から抜け出ているという曰くつきの肖像画が……。

 

 ふわりと抜け出たその青年は足音も立てずに(立たずに)捜査課に歩く。

 そしてそっと中を覗き込んだ。

 良かった。

 今日も、生きている。

 幸せそうに。

 良かった。

 どうか僕らの様にはならないで。

 僕らのように。

 どこにいるのかもわからずに。

 どうすればいいのかもわからずに。

 探しまわる様な事には決してならないで。

 どうか。

 

「ん?」

 レストレイドが首を伸ばして捜査課のドアを見た。

「どしたのレストレイド?」

「いや、誰かいなかったか?」

「え?」

 ホプキンズも振り返った。

「いない…と思いますけど?」

「気のせいか…?」

「睡眠不足か?」

 グレグズンが真剣な顔でレストレイドの顔を覗き込んだ。

 一瞬きょとんとしたレストレイドだったが、すぐに意味するところを察して真っ赤になる。

「だ…だからお前と言う奴は…!!!」

『誰のせいで睡眠不足だと思ってるんだ!』

「ブラッドいい加減にしろぉ!」

「ぐっじょぶ詐欺師」

「毎度」

 グレグズンとブラッドストリートが笑顔を交わす。その笑顔のまま、グレグズンは歩き出した。

「ちょっとオレ煙草吸ってくるわー」

「何ッ!?」

『俺も行―――』

「ブラッド!」

 ホプキンスが小声で今度はシャツの背中をつまんで引っ張った。

 怒髪天アゲイン。レストレイドはしばらくブラッドストリートを睨みつけていたが、やがて息を吐いて椅子に座った。

 

「……言わなくったってわかるだろ…」

 『好き』だなんて。

 露出した額を両手で押さえながら、レストレイドはそっと呟いた。

 

 

END

ふふふ、赤形さんから誕生日プレゼントいただきましたー!!!
なんだか見直したよブラッド!おまえカッコイイな!(ぇ?)
あああああなんか無性にヤード連を描きたい気分ですッ・・・!
赤形さんどうもありがとうございましたーーーッ!!!

ブラウザバックプリーズ!

08.05.27.from:赤形和水さん