気がつけば、私は見知らぬ屋敷の中にいた。

 肖像画が誰か別の人間の手に渡ったのかと、ぼんやり思いながら。

 ふらりと絵から抜け出せば、小さな悲鳴と共に、パタパタと遠ざかっていく足音が聞こえた。

 

 

 

亡霊と女神と邂逅と

 

 

 

「クラリモンド様っ…!」

 

 パタパタと軽い足音を立てて、走り寄ってきた芳黒。

 それにクラリモンドは、伏せたままの目を寄せて問いかける。

 

「どうしました?芳黒さん」

 

「大変なんですっ!」

 

 わたわたと動揺の素振りを見せながら、芳黒は必死に腕を振って言葉を紡ぎだす。

 

「パトロンが預けていった肖像画から…ッ、人が出てきたんですッ!!」

 

「まぁ、人ですか?」

 

 小首を傾げて穏やかな声音で言うクラリモンドをよそに、芳黒は尚も慌てた様子で言葉を続ける。

 

「それも、なんだか透けてるんですっ!どうしたらいいんでしょうか…っ!?」

「芳黒さん」

「はいッ」

「お茶にしましょう」

「へ?」

 

 にこやかに告げられた言葉に、芳黒は呆気に取られて目を瞬かせた。

 

「お茶にして落ち着きましょう?それから、ゆっくりお話を聞かせてください」

「あ…、はい…?」

 

 混乱した様子でそれでも何とかお茶を準備するために、走り出した小柄な姿の足音を聞き終えて。

 クラリモンドはくるりと背中を向けると、先ほど芳黒が駆けて来た方向に足を向けた。

 

 

 ******

 

 

 驚かせてしまったらしい。

 

 思いながら、このことでこの絵が処分されるようなことになっては困るな――と、ぼんやり思う。

 自分の姿を留めた、彼が自身を注ぎ込んだ、この絵。

 ――ここには、彼はいない。

 まだ、私は彼を探さなければならない。

 絵の中に戻ろうとした私に、不意に背後から声を掛けられた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ふわりとした、涼やかな声音。

 振り向いたそこにいたのは、淡い色の青いドレスに身を包んだ――目を伏せた女性だった。

 

「…お邪魔しています」

「はい」

 

 とりあえずそう告げたのに、彼女は特に私の姿を見ても動揺した素振りすら見せない。

 いや、見えていないのか?

 それでもよく分からなくて、私は思わず彼女を見たまま沈黙してしまう。

 

 清廉とした、雰囲気を放つ彼女。

 まるで、私とは正反対の。

 

「何かここに御用でしょうか?」

 

 問いかけられて、口を開いた。

 

「――『大事な人』を、探しているんです」

 

「大事な方を?」

 

「はい」

 

 

 ******

 

 

 屋敷の応接室に入ったときに見たのは、おろおろとティーカップを片手に右往左往する芳黒の姿だった。

 

「どうした?芳黒?」

 

「パトロンっ!」

 

 駆け寄ってきて、低い位置から必死に芳黒が視線を合わせる。

 

「クラリモンド様がいらっしゃらないんですっ!」

「…クラリモンドが?」

 

 その言葉に眉根を寄せた。

 屋敷のどこにもいないのかと問いかければ、まだ探していないと首を振られた。

 探していないのに、芳黒がここまで動揺する理由が分からなくて聞けば。

 芳黒が泣きそうな顔で口を開いた。

 

「……絵から、人が出てきた?」

 

 思わず眉を寄せる。

 先日、手に入れたばかりの預けていった肖像画。

 いわくつきでは、確かにあった。

 あの肖像画を描いた画家の失踪、モデルの美しい青年の突然の死。

 そしてあの絵を受け取った画家とモデル、両方の知り合いだったという貴族の怪死。

 

 

 

 だが、まさかと思っていた。

 

 

 

「芳黒。僕の分の紅茶の用意もしておいてくれ」

 

 告げて、肖像画の掛かっているだろう部屋へと踵を返した。

 

 

 ******

 

 

 開けた部屋の中に、彼女の前にひとつの影が立っていたような気がした。

 

「クラリィ?」

 

 足を踏み入れた瞬間に、その影が揺らいで消えた。

 いるのは自分と、彼女と、そして美しい青年を描いた肖像画だけ。

 

「いらっしゃいませ、アルセーヌ様」

 

 お久しぶりです。

 嬉しそうに微笑む彼女に、微笑み返して問いかける。

 

「―――ここに、誰かいたかい?」

 

 

 

 

 

「いいえ」

 

 

 

 

 にこりと微笑むクラリモンド。

 

「誰も居りませんでしたわ、アルセーヌ様」

 

 目を伏せたままそう告げたクラリモンドの背後の、肖像画を見やる。

 誰もが、目を奪われるような。

 瑞々しい美貌の青年が、一人。

 絵の中でたたずんでいる。

 

「――そうかい。それじゃあ、お茶にしよう。今、芳黒が僕のお茶も用意してくれているから」

 

 言いつつ、彼女の白い手を取った。

 

 

 

 

 

「…アルセーヌ様、お願いがあるのですが」

 

 お茶の時間に、静かな声で彼女の口からそんな言葉がもたらされた。

 

 ******

 

 ドリアン・グレイの肖像画の複製が大量に出回り、その内のひとつがヤードの喫煙室に掛けられるのは、それから間もなくのことであった。

 

 

 

 

 end

 飾るのが遅れてしまってすみません名無し様・・・!
 ふふふ、名無し様から戴いちゃいましたよvvv
 まさかのクラリモンドとドリアンのコラボ!!!
 ああもう死んでもいいvvv(待て)
 いつもいつもすみません名無し様。キリリクもまだお答えしてないのにこんな・・・!(平謝り;)
 いやでも毎回美味しく戴いてますv
 こんな水玉ですが2008年もお付き合いいただけると幸いですm(_ _)m  素敵作品ご投下ありがとうございましたー!!

 ブラウザバックプリーズ!

 08.01.01.from:通りすがりの名無し人さま