それはいつだか忘れた四月。

 庭園で彼は風景画を描いていた。

 私はその背中越しに、彼の絵を覗き込む。

 

 柔らかい若草色に彩られた、草花や樹木――。

 

 何より印象深かったのは。

 白いキャンバスを染めていく、淡くすみれ色をした――霞んだ春の空をした筆先だった。

 

 

 

 失くしたキャンバス

 

 

 

 ぼんやりと、空を仰ぐ。

 もう実体なんて持ってもいないのに。

 なのに記憶だけはいつまで立っても鮮明で。

 あの日の彼の筆使いが、頭の中に再現できる。

 彼の描いた、春の色が。

 キャンバスを染めた若草色が。

 今にも頭に蘇る。

 

 あの絵はいったい、今どこにあるのだろう――?

 

 わからない。

 思い出せない。

 だってすべてが、気づかず置き去りにした過去のことだから。

 無防備になくしてしまったものたちだから。

 すみれ色の空を仰ぐ。

 

 色が、足りない――と、何がが告げる。

 

 色が足りない。

(彼の瞳の、髪の。あの日いた、彼の色が)

 

 足りない。

 足りない。

 

 しゃがみこんで、目を伏せる。

 自分の実体なんて、温もりなんて無くして久しい体を抱きこんだ。

 足りない、と。

 彼を渇望する心が叫ぶ。

 

 自分の存在が覚束なくて。

 膝に顔を埋めた。

 

 どれくらいそうしていたかはわからない。

 不意に。

 躊躇いがちに掛けられた、最近、聞き慣れた声。

 

「…大丈夫、か?」

 

 視線を上げると、戸惑った顔があった。

 

 彼に良く似た――違う色を持った彼が、立っていた。

 

 幽霊に大丈夫も何も無いじゃないか。

 そう言って、自嘲気味に笑おうとしたが、どちらの動作も失敗した。

 何も言えずに。

 それでも温もりに飢えた、実体を持たない腕が。

 無意識に彼を抱き締めた。

 

「――!?」

 

 驚いたように、腕の中で硬直して体を強張らせる青灰色の彼。

 そのまま、目を閉じて。

 温もりだけを追うように、がむしゃらに彼を抱き締めた。

 

 バジル。

 バジル。

 バジル。

 

 ひたすらに呼ぶのは、ここにいない彼の名前。

 青灰色の彼の温もりは、過去を呼び起こすには十分で。

 空はあの日と同じすみれ色なのに。

 なのに。

 

 君の声が。

 君の温もりが。

 君の筆が。

 

 そして何より、君の色が。

 

 ――ここには、足りない。

 

 いない。

 いない。

 いない。

 彼に似た腕の中の温もりを抱き締めながら。

 開け放した窓にある空は、君が描いたのと同じ春の色――。

 

 

 

 END

 * * *
 名無しさんよりみどりの日に頂きましたよドリバジ・・・!!
 切ないーーーッ!!(涙)
 というかレストレイド抱きしめられちゃってますけど!
 グレさん・・・!グレさんが・・・!!(来る!/笑)
 こんな切ないお話をギャグ化させて精神のバランスを保とうとするのはいい加減止そうぜ自分!!
 名無しさんどうもありがとうございましたーーーッ!!

 ブラウザバックプリーズ!

 07.05.05.From:名無しさん