四月の狂騒曲

 

 

 騒ぎを起こす発端は、やはりこの男で。

 

 喫煙室でたまたま居合わせたブラッドが、「あー、グレさん」と声を上げていった。

 

「レスさんと別れて、僕と付き合いましょ」

 

 やる気の無い顔をしたグレグズンが、紙巻煙草の煙を吐き出しながら言う。

 

「何?実は俺のこと、愛してたの?気付かなかったー」

 

 棒読みな口調。

 返すブラッドの声も棒読みで。

 

「そーなんです。実はめちゃくちゃ愛してたんですー」

 

「あー、浮気でいい?」

 

「いいですよー」

 

 沈   黙。

 

 煙を吐き出したグレグズンが、投げ遣りに聞く。

 

「…で?」

「あー、駄目だ。つまんない。人選間違えた。吐く嘘間違えた」

 

 本日は四月一日。

 世に言うエイプリールフール。

 

 少しもどころか微塵も騙されないんだもん。

 言いながら、ブラッドが不満げに口を尖らす。

 

「当たり前だ。大体、おまえ普通に棒読みだし」

「実行してみると、あまりのありえ無さにやる気が起きなくなったんで」

「ならやるなよ」

「あー、『レスさん押し倒して頂いちゃった』って言えばよ「嘘でも殺すぞ」

 

 はあいと、つまらなそうに言ってブラッドが出ていく。

 あの様子を見ると、本日ブラッドの被害にあうヤードの捜査員が続出するだろう。

 この程度にすんだことを幸いと思うべきか。

 思いながら灰皿に、吸い殻を放り込むと喫煙室を後にした。

 ――まさか、この会話がこの後グレグズンにどんな作用をもたらすか知らないで。

 

 

 おかしい。

  捜査課に戻ってすぐに、異変を察知する。

 

  レストレイドが、まったく自分と視線を合わせようとしない。

 

 気付いて、それを訊ねようとすると今度は徹底的に逃げられた。

 …なんでだ。

  苛々する。

  青灰色の瞳に、自分の姿が映らないことに。

  自分の視界に、青灰色の髪が映らないことに。

  苛々する。

 

  ホプキンズに聞き出したレストレイドの居場所に直行する。

  曰く、喫煙室でぼんやりと葉巻をふかしていたらしい。

  どうかしたんですか?

  そう聞いて来る相手にも、わからないんだよなあと告げて喫煙室に駆け付ける。

 

  いた。

 

  日差しの中。

  開け放した窓に寄り掛かって、葉巻を指に挟んだまま。

  ぼんやりと、外を眺めるレストレイド。

  気配を殺して近寄る。

  ほとんど指の間際まで灰になった葉巻に、眉を寄せた。

  火傷するぞ。

  口には出さないで、背後から近寄りそのまま葉巻を取り上げて、灰皿に投げると。

  逃げようとするレストレイドの細い肩を掴んで、壁に押しつける。

 

「なんで避けるの?」

 

「さ、避けてな…っ」

 

「じゃあ俺の目、見て」

 

  顔をうつむけたままのレストレイド。

 

「レストレイド」

 

  焦燥が胸の中を迫り上げる。

  強引に顔を上げて、唇を重ねようとすると。

 

「…ゃっ!」

 

  パシン。

 

  頬に走ったわずかな痛み。

  ただ、その痛みを与えた本人は目を見開くと、すぐに泣きそうな顔で。

 

「…ッ」

 

  何も言わずに腕の中を擦り抜けて出ていく。

  呆然とする。

  これがエイプリールフールの余興で無いことは、明白だ。

  じゃあ、自分は。

  どうしてレストレイドに頬を張られたのか。

  理解も納得もできずに、ただただ唖然とつぶやく。

 

「なんで…?」

 

 

  仕事が終わり、自分から逃げるように去ろうとするレストレイドを強引に捕まえて。

  そのまま、二人無言で帰宅する。

  部屋の中は、朝出てきた時と変わらないはずなのに、寒々とした印象を与えた。

  そのまま寝室に直行し、ベッドに腰掛けさせ。自分はその前に跪く。

 

「レストレイド」

 

  相変わらず頑なに自分を映そうとしない青灰色の瞳を、下から覗き込む。

 

「…っ、グレグズン」

 

  ようやく、自分の名前を呼んだ恋人は擦れた声で言った。

 

「…わ、かれ…よう」

 

  息が止まるかと思った。一瞬、呼吸することを忘れるほどの衝撃。

  心臓が端から冷えていく。

  強ばり指先から感覚という感覚が消えていく。

  たった一言。

  たった一言を聞いただけで、世界すべてが色を無くした錯覚。

 

「…本気、か?」

 

  こちらを見ない瞳は、何を考えているのかわからない。

 

  弱く縦に振られた頭に、目の前が真っ白になって。

  気が付けば細い体をベッドに押し倒していた。

 

「何でだ…」

 

  泣きそうに歪む、自分の下の青灰色。

 

「なんでだ…ッ」

 

  みっともないほど、あがいている自分がいた。

 

「…っ、レストレイド…ッ!」

 

  無くしたくない。

  無くせない。

  無くすくらいなら、このまま自分の腕の中で壊してしまいたい衝動。

 

「…エイプリールフールの、嘘じゃないよな…?」

 

  情けない表情をしながら、小声で呟く。

 

  途端に、びくりと体の下にある相手が目を見開いた。

 

「…え?」

 

  涙を目の端に溜めたまま、呆然と自分の顔を視界いっぱいに収めながら、レストレイドが言う。

 

「…今日、四月一日なの、か…?」

 

  その姿を訝しく眺めたまま、グレグズンが頷く。

 

「じゃあ…」

 

  次の瞬間、レストレイドから聞いた言葉にグレグズンは脱力した。

 

「浮気、するっていうのは…?」

 

「明らかにブラッドも棒読みだったでしょ…」

 

  言いながら肩口に顔を埋める。あー…、と呟く。

 

「…死ぬかと思った」

 

「…俺だって、」

 

  泣きそうな声。

 

「俺だって、昼間聞いた時…っ、死ぬかと思った…っ」

 

  言いながら、ぎゅっと背中に回された手。

  それに安堵しながら、耳元でささやく。

 

「ごめんね」

 

  もう嘘でも絶対浮気しないから。

 

  こくんと頷く、相手の目の端に溜まった涙を舐め取ってそのまま深く口付ける。

 

  そのまま、朝までシーツに二人で溺れた。

 

 

  ちなみにその翌日。

 

「やっぱりおもしろいことになった」

「こら、詐欺師。確信犯か」

「たまにはこれくらい刺激がないとマンネリするでしょ」

「しないから、余計な世話焼くな」

 

 きっぱりと言い切るグレグズンに。

 口を尖らせるブラッド。

 

  相手を選んで時と場合を考慮した笑い話で済む嘘を付きましょう。

  それが大人のマナーです。

 

 END

 * * *

 まさかエイプリルフールにいただけるとは思っても見ませんでした!
 不意打ちにいただけるとやっぱ嬉しいですねーvvv
 あ、もちろん常時頂いても嬉しいですよ☆(ぅおい)
 ブラッドがまたまたちょっかい出しに来てくれました^^
 棒読みでやり取りしてる二人が容易に想像できますね(笑)
 レスさんに別れるなんて言われたらグレさん死んじゃいますよレスさん^^
 名無しさんいつも素敵作品をありがとうございます!!

 ブラウザバックプリーズ!

 07.04.19.from:名無しさま