声が出ない。

 体が強張る。

 

 だくだくと赤い血が。

 

 流れ出る。

 

 誰から?

 

 この血は誰の血?

 

「……ぁ……」

 

 やだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 目の前には簡素な診療台が置かれて、その上に力なく横たわるぐったりとした見慣れた姿。

 

 何をやっている?

 そんなところで。

 なんで?なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで。

 

「………レスト…レイ…ど…?」

 

 やめろ、そんな。

 そんな。

 

 ライトグリーンの、焦点のぼやけた目はそれでもはっきりと自分を捕らえて。

 

「……ごめんね?」

 

 へらりといつも通りのように、笑ったグレグズンの顔。

 

 

 

 ――必要不可欠なモノ――

 

 

 

「………馬鹿」

 

「うん、ごめん」

 

「馬鹿」

 

「ごめんなさい」

 

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」

 

「……レストレイド」

 

 ごめんなさい、許してください。

 

 情けない顔でそう言う、グレグズンを無視して枕元に着替えを置いた。

 何で犯人に刺されるんだ。

 死ぬかと思ったろうが、馬鹿。

 あんまり心配かけるな、馬鹿。

 …やっぱり、腹が立つ。

 

「馬鹿」

 

 止めとばかりに睨みつけると、本気でへこんだ顔のグレグズンがいた。

 その様子に溜め息をつきながら、顔を覗き込む。

 

「…レストレイド」

 

 ライトグリーンの瞳が真剣に自分を見上げて。

 

「ごめんね」

 

 言われた言葉にフラッシュバックするのは、あの日の担ぎ込まれたグレグズンの姿。

 振り払うように、目をきつく閉じて下を向く。

 

「………早く、よくなれ。馬鹿」

 

 そんな言葉を一つ投げつけて、後ろを振り返りもせずに病室を出た。

 

 

 

 入院し始めて、三日目。

 そして覚えたのは違和感にも似た、物足りなさ。

 

「なー、魔王」

 

 見舞いに来た魔王に起き上がって、一言訊ねる。

 

「レストレイド、どうしてる?」

 

 初日に自分の行動を散々罵って、大激怒した恋人はあの日以来ぱったりとこの病室に姿を見せない。

 

「お前の分の仕事まで引き受けて、忙殺されている」

「…ははは」

 

 自分の積み上げた山のような書類を、青筋を浮かべながらも律儀に片付けていく姿が妙に鮮明に頭に浮かんだ。

 

「つーか、元気なの?」

 

 その質問に、不意に沈黙が訪れた。

 

「……おい?」

 

 不安になるんですけど。

 

「グレグズン」

 

 妙に真剣な声で、魔王はこうのたまった。

 

「さっさと怪我を治して、戻って来い」

 

 

 

 

 ここ数日のヤードの日常。

 ものの見事に、ふらついたレストレイドが階段から滑り落ちた。

 

 だだだだだっ、どんっ!!

 

「大丈夫ですかっ!!?」

 

 走り寄って来たのはホプキンズ。

 無理やりという感じで体を起こして、「大丈夫だ」と告げるとふらつきながらレストレイドが廊下を歩き出した。

 

 いやいや、あなた大丈夫じゃないでしょうが、全然。

 そう思ったのはその場に居合わせたヤードの人間全員の感想である。

 ホプキンズはその姿を見送ると、溜め息をつきながら捜査課にと戻った。

 

「おい、ホプキンズ。さっきの音なんだ」

 

 ピーターの質問に、ホプキンズは困ったような笑みを浮かべながら答えた。

 

「……レストレイドさんが…」

「………また落ちたのか」

 

 それだけで了解できるのは凄い。いや、了解できるほど頻繁にそんな事象が起こっていることが、既に危ない。

 

「…絶対、ここ数日寝てませんよ」

「ああ。残業でほとんどヤードに泊り込みだろ」

「おまけに、捜査会議でかなり絞られていたからな」

 

 いつの間にか、アルセニーまで加わってそんな会話が繰り広げられた。

 

 現在、レストレイドは誰の目に見ても絶不調である。

 何故か?と、聞かれれば。

 原因なんてものは、ヤードの捜査課に席がある人間ならば分かりきっている。

 

「…グレグズンさんですよね」

「だろうな」

「それしかないだろう」

 

 そう言って、三人に沈黙が訪れる。

 ヤードの姫の過保護すぎる保護者は現在入院中である。

 

「…早く戻ってきてくれませんかね…」

 

 ホプキンズの言葉は、捜査課全員の気持ちの代弁だった。

 

 

 

 

「グレさん、元気?」

「入院してるのに元気も何もあるか。何しに来た、詐欺師」

 

 暇を持て余す昼下がりの病室に、ふらりと一人でブラッドがやって来た。

 

「んー、ところで」

「なによ」

「早く帰ってこないと、とっ捕まえて売り飛ばしちゃうよ?」

「……ぶん殴るぞ」

 

 主語が無くても、誰が、誰をかは丸分かりである。

 剣呑な雰囲気を声にのせて言えば、ブラッドはにやにやと笑いを浮かべながら、言う。

 

「ん〜、だけど何だか儚い雰囲気でとっても捕まえやすそうなんだけど」

「…レストレイドがか?」

「うん。よく転ぶし」

 

 …どこから。

 

「よくふらついてるし」

 

 …飯食べてるのか、あいつは。

 

「大抵、徹夜明けだし」

 

 ……どんだけ、仕事抱えてんだ。

 

「…詐欺師」

「何?グレさん」

 

 ブラッドに言い放つ。

 

「退院するから、医者呼んで来い」

 

 

 

 

 せめて後二日は入院を、と縋る医師の懇願を無理やりねじ伏せて帰宅したのは結局夜になってしまった。

 アパートのドアを開けると、レストレイドは帰ってきていないらしくしん、と部屋の中は静まり返っている。

 一応、鍵を掛け直して久しぶりの我が家に足を踏み入れた。

 

 そのまま寝室に荷物を置きにいけば、全く誰かが寝た形跡の欠片すら感じないベッドに対面した。

 …帰ってないのか、ここ数日。

 ヤードまで迎えにいくか否かを考えながら、紙巻煙草に火を点けようとした時。

 

 玄関の方から、がちゃりと、ドアの鍵を回す音が聞こえた。

 続いて、ドアの開く音。

 

 足音が聞こえて、それが寝室まで届かずに途絶えたのが気になって居間へと足を伸ばした。

 

 見るとソファの上に、腰掛けて。

 ぼんやりと膝で頬杖を付くレストレイドの姿があった。

 

 すっかりと見ない間に痩せていて。

 顔色は最悪に悪い。

 青灰色の目の端は、寝不足の所為か赤く染まっている。

 

 自分の存在に気が付かないレストレイドの背後に回りこんで、そのまま抱きしめた。

 

「!!?」

「おかえり」

 

 大きく眼鏡の下で瞬きした瞳が、ようやく俺を映し出した。

 

「……ぐれ…ぐずん?」

「うん」

「…退院したのか?」

「うん」

 

 半ば呆然とした様子で俺を見上げるレストレイドの顔を、顎を固定するように持ち上げる。

 

「ていうか、どうしたの」

「…何がだ」

「見舞いには来ないし、入院してた俺より具合悪そうになってるし」

「……そんなことは、無い」

 

 言いながら、視線を逸らそうとするレストレイドの動きを封じ込めて、顔を近づけて言う。

 

「何で寝てないの」

 

 

 

 

「何で寝てないの」

 

 小さく責めるように言われたその言葉に、気が付けば完璧に理性の箍を緩めてしまった。

 

「……お前のせいだろうがっ!!」

 

 怒鳴ると、きょとんとした顔のグレグズンの顔が視界一杯に広がる。

 

「お前が、怪我するからっ!第一、なんだあの、『ごめんね』って。

 怪我するのもいい加減にしろっ!こっちが、こっちが、どんなに心配したかわかってるのかっ!!?

 あんな風に、血塗れで、謝られたって、―――いなくなるかと思っただろっ!」

 

 ここ数日間、ずっと胸の中に溜まっていた感情を吐き出すように、捲くし立てる。

 

「家に帰って寝れるわけないだろ、一人で、誰もいなくて、お前がいなくなったみたいで!

 ベッドで弱ってるお前なんて不安になるから、見舞いになんて行けるかっ!!」

 

 最後のほうは不本意ながら、涙で視界がぶれた。

 ただの自分のエゴ。

 こんな風に弱い自分が、ただひたすら情けない。

 

 叫び終わって荒くなった息を吐き出すと、いつの間にか隣に回りこんだグレグズンに、頭を抱えるように抱きしめられた。

 

「…ごめんね?」

 

 だから、謝るなと思いながら、グレグズンの胸に顔を埋めたまま呟く。

 

「…馬鹿」

「うん、ごめん」

 

 背中に手を回して、ぎゅっとシャツを握りながら呟く。

 

「……いなくなるかと思っただろ」

「うん」

 

 ぽろ、と涙がこぼれた。

 

「………心配させるな」

「うん」

 

 一つ息を吐いて言う。

 

「…………側にいろ」

「うん、いるよ」

 

 優しく耳元に聞きなれた声が、落ちてきて。

 安心してじわりと目に涙が浮かぶ。

 

 亡くすかと思った。

 いなくなるかと思った。

 ――そんなことを考えただけで、目の前が暗くなった。

 どうしていいか分からなくなった。

 

 考えないようにしたけれど、頭の隅でちらつくその想像がひたすらに恐くて。

 夢に見ることさえ恐くて、眠れなくなった。

 

「…………よかった」

 

 ここに、いる。

 望んだ存在は。

 

 ゆるゆると息を吐き出す。

 そのままその存在の確認をして、重くなってきた瞼をそのまま閉じた。

 

 何日かぶりの、眠りの中へとそのまま引き込まれていった。

 

 

 

 

 腕の中で眠ってしまったレストレイドに思わず苦笑を漏らす。

 ブラッドの言葉が無ければ、このまま過労と睡眠不足で倒れるところだったと、安堵の息を付く。

 背中に回した手をそのままに、静かに寝息を立てる愛しい人の背中を抱えなおす。

 起こさないようにと注意をしながら、抱え上げてそのままベッドに運ぶ。

 

 どうも腕の中の重さが、いつもよりも軽い気がして仕方が無い。

 

「…痩せたか」

 

 憔悴したような顔をしていた先ほどまでのレストレイドを思い出す。

 その原因が自分にあるのを、忌々しいと思う反面、嬉しいという気持ちが湧き上がってどうしようもない。

 

「……どーしようか」

 

 抱きしめたままの腕の中の温もりに、滅茶苦茶に泣きたくなってしまった。

 

「…本当に」

 

 顔に少し血が上るのを感じた。

 青灰色の髪に顔を埋めながら、深く息を吐く。

 

 自分がそれほどまでに、相手にとって必要不可欠なモノ(者)だったことが、ひどく嬉しい。

 自分がそれほどまでに、相手に思われていたことが、思っていてくれたことが。

 嬉しくて嬉しくて仕方ない。

 

「…ホント、どーすんのよ。レストレイド」

 

 これ以上、俺を惚れさせてどうする気だ?

 

 とりあえず、もうこれ以上泣かせないように怪我には気をつけようと思いながら。俺もそのまま目を閉じる。

 腕の中には愛しい人。

 自分にとっても必要不可欠なモノ。

 

「…おやすみ」

 

 一つ、額に口付けてそのまま眠りの淵へと落ちた。

 

 

 

 後日、無理やり退院したことがばれたグレグズンが、

 レストレイドに思い切り捜査課で怒られたのを、警部連が暖かく見守ったのは、また別の話。

 

 

 

 自分が思う気持ちも

 

 相手が自分を思う気持ちも

 

 しっかりと、心に刻んでおきましょう。

 

 

 

 END
 * * *
 うはーいvBBSの英字書き込みがウザーイ☆とか言ってたら名無しさんが英字対抗ご投下を!!
 しかも大好物の怪我ネタです!!これが小躍りせずにいられようか!(いやいられまい!!)
 乙女レストレイド、大 歓 迎 で す ! !
 名無しさんいつも本気でありがとうございます・・・・!!!
 地球の寿命も延びる勢いです\(T▽T)/

 ブラウザバックプリーズ!

 07.02.07.from:名無し人さん