霧の都錯綜劇
しまった、迷った。
そんなことを胸の内で呟いたのは、寡黙な小説家。
しまった、はぐれた。
そんなことを胸の内で呟いたのは、怪盗紳士。
場所は、霧の都に相応しいロンドンでのことだった。
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事件現場からの帰りのこと。
路地を通りかかると、なにやら喧騒が聞こえて。
視線を向けるとそこには、夜のような髪の色をした紳士が、物騒な連中に取り囲まれていた。
☆★☆★☆
「んで、怪我なかった?あんた」
軽い調子でそう言って、目の前の相手を見やる。
こくりと頷く相手を視界の端に収めて、んー?と首を傾げながらグレグズンは言った。
「つーか、あんたこの国の人じゃないでしょ。駄目だよー、あーゆーとこに入っちゃ」
きょとんとした顔で見返す漆黒の眼に、これ一人で置いていったら駄目だよなぁ、と常識で考える。
何だか酷く危なっかしい気がする。
「…お連れさん、とかいないの?」
いなかったら、ホテルまで送っていかないと危ないな、と思いながら尋ねた。
「はぐれて、迷った」
簡潔だが分かりやすい即答に、ああ、そうですかと納得して頷く。
顔も知らないが、保護者(成人男性に使う言葉ではないが)の苦労と心配が目に浮かぶ。
今頃心配して探し回っているだろうことは容易に予想がついた。
「あー」
…レストレイドのとこに、直行する予定だったんだけど。
あいつ、今日は残業無いとか言ってたのになぁ。
などと思いながらも、目の前の妙に危なっかしい男を放っておくわけにもいかず。
「お連れさん、探しましょうか」
てゆーか、今度から手ぇ繋いで歩いてクダサイ。スコットランドヤードからのお願いです。
呟きながら先を促がす。
ヤードの名前に、僅かに漆黒の目が瞠目した。
「…スコットランドヤード?」
「ん?そーだけど」
どうかしましたか?とばかりに、顔を覗き込むといいやとばかりにゆるりと顔を振られた。
ふぅん?
そういいながら歩き出す。
「あ」
そういえば聞いてなかった。オレはグレグズンだけど、あんたは?
くるりと振り返ってそう聞けば。
黒い紳士は答えた。
「……ルブラン」
☆★☆★☆
ヤードから帰宅しようと、道を歩いていると。
前方から慌てた様子の金髪の紳士とすれ違った。
なにやらその紳士が落とした用紙を拾い上げて、呼び止めると、ウォーターブルーの目がこちらを見返した。
☆★☆★☆
「それで、ここに誰か知り合いはいないんですか?」
妙なことになったな、と思いながらそう尋ねる。
「いることにはいるんですが、先ほど尋ねてみると留守でして」
先生とドクター出張だよ…、と小声で付け足した相手の『先生とドクター』に何か引っ掛かるものを覚えながらも、
レストレイドはそうですか、と返事をした。
フランスから友人と一緒に旅行に来たらしいのだが、友人が迷子になったという。
『友人』というからにはいい大人だろうに。『迷子』というのもどうなのだろうかと思いながらも、視線を人混みに滑らせる。
「路地裏とか危ないところに入っていないといいんですが」
そんな不安を隣の金髪の紳士は口にする。
「いや、大丈夫でしょう」
そんな見るからに危ないような場所。普通の良識ある大人は入らない。
「…時々、思いもかけない行動をとるんですよね」
眉を寄せながら金髪の紳士はそう呟いた。
「時々、思いもかけない行動力を見せて…。体に爆弾埋め込まれた時も一人で出て行くし。
アイボリー色の料理、美味しそうなのに嫌いだし。それで食欲なくしちゃうし。紅茶は美味しいし。
怖い夢見た時は泣いちゃうし。いや、可愛いんですけど」
…体に爆弾って何だ。
そして途中から、愚痴というか惚気になってませんか。
「……あの」
咳払いして口を挟むと、はっとしたように相手が頭を振った。
「失礼しました」
「いえ」
というか、そんな風に危なっかしい相手から目を離さないでください。
ヤード一同某探偵に酷評されてますが、暇じゃないんです。
お願いだから、今度から手でも繋ぐか、首に鎖でもかけておいてください。
「…首に鎖…」
(どうしてそこに反応するッ!?)
なにやらその単語に、考え込んだ金髪紳士にそんなことを思ったが、突っ込まないことにしてレストレイドは言った。
「とにかく、探すのをお手伝いしましょう」
「ああ、ありがとうございます」
微笑んだ紳士にそういえばと尋ねる。
「お名前、聞いてませんでしたね?」
私はレストレイドですが。
名乗った一瞬に、わずかに相手の紳士の顔の表情が動いたような気がして思わず眉を顰めた。
しかし、次の瞬間にはにっこりと微笑に摩り替えられた。
「私の名前ですか?」
にこりと笑った相手の口元から流れ出た言葉は。
アルセーヌ・ルパン。
「…なっ!?」
現在フランス全土を騒がしている怪盗の名前に一瞬言葉を失うと、金髪紳士は冗談ですよ、と笑う。
「私の名前はラウールです」
どうぞ、よろしく。
金髪の紳士はそう言って、ウォーターブルーの目を細めて笑った。
☆★☆★☆
しまった、迷った。
思っていると妙なところに入り込んで。
なにやら柄の悪い男たちに囲まれて。
困ったことになったと思っていると、ヤードの警部に助けられ。
そして今、怪盗を探してもらっているという妙な事態。
「えーと、それで誰かお知り合いでもいないんデスか?」
彼とは違う金髪がさらりと揺れて、ライトグリーンの瞳が振り返る。
とりあえず、ベーカー街の住所を告げる。
「ああ、探偵サンなら今出張中」
事も無げにそう告げて、一応行って見ますかー?の言葉を投げ掛けられたが首を振る。
「そーですか」
言いながら目の前を歩く姿。
行きかう人の波に少しずつ間隔が空く。
それに気が付いた相手――グレグズン、が不意に手を伸ばした。
「あー、ちょっといいですか」
はぐれるとアレなんで。
その言葉と共に、袖を引かれる。
嫌だったら、別にやめますけど。
「いや」
そーですか。
短く言葉を交わして、そのまま歩き出す。と。
ぴたりと、グレグズンの歩みが止まった。
なにやら凄い目付きで前方を睨みつけている。
その視線の先に目を向けると。
青灰色の髪をした男を、抱え上げた自分の探し人が立っていた。
☆★☆★☆
しまった、はぐれた。
思って探していると、声をかけられ。
落し物を拾ってくれた親切な紳士はヤードの警部で。
しかしながらこうして一緒に行動して。
小説家を探してもらっているという面白い事態。
「大丈夫ですか?」
ひょこひょこと足を引きずるようにして、歩く青灰色の髪。
「いや、ご心配かけてすみません」
恐縮したように溜め息交じりに相手は詫びた。
つい数分前のできごと。
小説家を探すために歩いている途中、積み上げられた馬車の荷台から荷物が転がり落ちて。
下敷きになりそうだった子供を庇って、レストレイドが足をくじいた。
自分は下敷きになりそうだった老人を助けたので、そちらへの反応ができなかったのだ。
「すみません、これではお役に立てそうにありませんね」
申し訳なさそうにそう告げながら、片足を引きずるその姿にとんでもないと頭を振る。
「いえ。大丈夫です、それはなんとか探し出します。それより、足のほうが大丈夫ですか?」
「ああ、そんな大したことは――」
言った瞬間に顰められた顔。
「お家までお送りしましょうか?」
「いえ、とんでもない。それよりお連れの人を探すほうが」
「いや、それはありがたいですが。何より体を大事にしないと」
「大丈夫です。馬車でも拾って帰ります」
などと会話をしながら、結局足を動かしているので拉致があかない。
仕方ないとばかりに。
「失礼」
ひょいと体を抱え上げた。
「は――!?」
腕の中で硬直した相手に、ああ面白いなぁ、初々しいなぁ、と場違いな感想を抱く。
「いや、ちょ、あのできれば降ろし――」
そこまで言って相手の言葉が不自然に途切れた。
なにやら前方に注がれたその視線に、沿って目を向けると。
金髪の男に袖を引かれた、自分の探し人が立っていた。
☆★☆★☆
「モーリスッ!」
「…ああ、いた」
「何やってンの?レストレイド」
「お前こそ、何やってるんだ」
片や袖を引かれて、袖を引いて。
片や抱きかかえられて、抱きかかえて。
奇妙なカルテットが集合した。
さっさとモーリスの袖を離すと、歩み寄ったグレグズンがルパンの手から奪うように、レストレイドを抱きかかえた。
抱きかかえられていることに変わりは無いと、レストレイドが抗議の声を上げるがそれを当然のようにグレグズンが聞き流す。
一方、モーリスは良かった良かったとルパンの腕の中で身の安全を確認されていた。
「怪我無かった?危ないとこに行かなかった?」
「…怪我は無いが、危ないとこには行っていたらしい」
それでそこの人に助けられた。
そこの人、と示されたのはしっかりとレストレイドを抱きかかえているグレグズン。
「ああ、ありがとうございます」
にこにこと満面の笑みでルパンが礼を言う。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
連れがご迷惑をかけまして。
嘘くさいくらいにこやかにグレグズンが述べた。
「あ、会えたんですか?」
抱きかかえられたままのレストレイドがルパンに尋ねた。
「ええ、お陰様で」
「今度ははぐれないようにしてクダサイ」
モーリスに忠告するグレグズン。
「気をつけます」
素直に頷くモーリス。
それでは、どうも。
組み合わせを変えた二組が、そう言って別れを告げた。
☆★☆★☆
「楽しい人たちじゃなかったかい?」
怪盗が『はぐれたら困る』の名目で、しっかりと手を繋いだままそう聞いた。
「…ああ」
小説家がこくりと頷く。
どうやら今回の霧の都の訪問は楽しいものになったようである。
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拾った辻馬車の中。
「…モーリス・ルブランねぇ」
その友人といえば間違いなく…。
「…なるほどね」
一人納得するグレグズン。
「?グレグズン」
それを不審げにレストレイドが見やった。
「いや、別に。…それより、帰ったら手当てね」
言いながら、ひょいと背後から抱き込むようにグレグズンがレストレイドの後ろに座り込む。
☆★☆★☆
アルセーヌ・ルパンにモーリス・ルブラン。
ジョージ・レストレイドにトバイアス・グレグズン。
――こうして、霧の都の錯綜劇は密やかに幕を閉じたようである。
――なお、蛇足的後日談として。
後日、半泣きのレストレイドが上機嫌のグレグズンと恋人繋ぎでヤードに出勤してきたらしい。
何に影響されたかは言わずもがなである。
後日、フランスの某怪盗は首輪ではなくおそろいの腕輪を購入していたらしい。
いつ小説家に手渡すのか予定は未定らしいが。
END
名無しさんから癒しの贈り物が・・・ッ!!
グレレスだけでなくルパルブにまで手をかけていただいてありがとうございますッvvv
ルブさんはきっと野良猫の後とか追いかけて路地裏に入っちゃったんだよ(笑)
迷子になったルブはホテルでルパンにお仕置されてるといいですよね。
あとルパンに難なく抱きかかえられちゃったレスも。(オイ)
読んでる途中ですでにそんな妄想してる水仙をお許しください☆
名無しさんありがとうございましたーーーっvvv
ブラウザバックプリーズ!
06.10.13.from :通りすがりの名無し人さん