暑気払い〜ヤード百物語〜

 

 

 

「暑いですねぇ…」

「暑いな」

「…暑い」

「あっつい…」

 

「…いいから仕事でもしたらどうだ?」

 

 だれている四人組にそう言い放ったのは、この暑い中それでも書類仕事と向き合っているレストレイド。

「「「「無理」」」」

 綺麗な否定にあって片眉を上げたが、さすがにこの暑さにもレストレイドもうんざりしているのかそれ以上何も言わずに仕事に戻った。

「…暑いですね」とポプキンズ。

「…暑い」とピーター。

「暑い」とアルセニー。

「仕事のヤル気も起きないわ」とグレグズン。

「暑さのせいにするな」

 すかさずグレグズンのセリフに突っ込んだのはレストレイド。

 夫婦漫才の域に達しているような二人のやり取りをぼんやり聞きながら、ポプキンズが一つ提案を出した。

 

「暑気払いに怖い話でもしますか?」

 

 

 

 

 そしてそれから数時間後。

 日も暮れてヤードの捜査員はほとんど帰ったはず。その中に。

 なぜか居座っている警部の面々。明かりは蝋燭一本のみ。それを囲むように椅子が五脚。

 時計回りに、ポプキンズ、ピーター、アルセニー、グレグズン、レストレイドの順になっている。

「どうして俺まで…」

 レストレイドが暑さでぐったりとしたように呟いた。その横で人の悪い顔をしてグレグズンが笑っている。

「いいじゃん、付き合えよ」

「こんな馬鹿馬鹿しい。大体、どうしてこの時間まで残っていないといけない…」

「この時間帯のほうが雰囲気でるでしょ。つーか、もしかしてレストレイド」

 口の端を歪めて。いつものへらりとした笑いに乗せて、グレグズンが言った。

 

「怖い?」

 

「…そんなわけあるかぁッ!」

 微妙に反応が遅れたのは、暑さのせいではないだろう。心なしか顔色が青い。

「大丈夫だって。そんなに怖かったら、抱きしめといてやるから☆」

「いらんッ!」

 そんな二人のやりとりを、これ以上暑くしてんじゃねーよ的な視線で他の面々が見ている。

「まぁ、それじゃあ始めましょうか」

 

 ポプキンズの話

 

 ええと、怖い…っていうとはちょっと違うのかも知れませんけど。

 結構前、資料室のドアを開けっぱなしにして仕事をしてたんです。丁度、廊下のほうが見えるような格好で。

 ええ、夏だったんで。風通しのいいように。

 それでしばらく仕事をしていたんですよ。

 そしたら、いきなり。周りの音がすって、波が引くみたいに聞こえなくなったんです。

 あれ、と思って。おかしいなって気分になって。

 それでも集中したらこんな風になることもあるのかなって、そのまま気にしないで仕事をしていたんですけど。

 そうしたら、今度は足音と人の話し声が妙にはっきりと聞こえてきたんですよ。

 廊下から。

 一人や二人じゃなくて、結構な人数みたいで。

 資料室の前を歩いていくんですよ。ああ、捜査会議でもあるのかなーって。ちらっと前を歩いていく人たちを見て思ったんですけど。

 それであんまり深く考えないで仕事していたんですけど。

 仕事も一段落して。ふっと前を見て。

 よく考えたら、捜査会議なら資料室の方に誰かが来るはずないんですよ。

 だって、資料室通り過ぎたら突き当たりの廊下じゃないですか。

 だから、そんなに大人数が資料室の前を通り過ぎてもすぐに引き返してくるはずなんですよ。

 大体、ヤードのことに詳しい人間ならそんな馬鹿なことしないでしょう。

 なのに、廊下の前は行ったきり誰も帰ってきてないんですよ。

 廊下は突き当たりなのに。

 おかしいなって思って、念のために廊下に出てみたんですけど。

 やっぱり誰もいないんですよ。

 

 一人や二人なら見間違いだと思ったんですけど。かなりの大人数だったんですよ?

 

 見間違いだとは思えなくて。

 

 でも、よく考えるとおかしなことがあって。

 

 何人かの服装は見たんですよ。髪型まで覚えているのに。

 

 どうしてか、その人たちの誰の顔も見ていないんですよ。

 

 なんだかどうしても、そこだけは黒い影みたいに頭の中でなっていて。思い出せなくて。見た覚えもなくて。

 

 今でも時々、資料室で。

 

 あれは一体なんだったんだろうなぁ、って考えます。

 

 

 僕の話はこれで終わりです。にっこりと爽やかなくらいに笑って、ポプキンズが話を締めくくった。

 レストレイドは気のせいではなく部屋の気温が二度下がった気がした。

 蝋燭の明かりの下に、空気が揺れる。

 

 

 ピーターの話

 

 怖い話?

 ああ、ポプキンズとの話とは大分違うが一つあるな。

 雨の夜だったか。

 傘さしながら歩いてたわけだ。橋の上を。

 別に風も無い静かな雨でな。ただ、歩いていたわけだ。

 

 それで、橋の真中あたりまで来た時に。いきなり、足が重くなったような気がしたんだよな。

 

 いや、別に。気のせいだと思えば、気のせいになるくらいなんだけどな。

 ただ動かすたびに足が重いんだよ。

 

 もちろん、足を見たけど何も無い。

 

 だからそのまま歩いてたんだけどな?

 

 橋を通り過ぎても、違和感はそのままで。それでも構わずに歩いてたんだが。

 しばらくしたら、男とすれ違ったわけだ。

 そしたらすれ違ったそいつが、立ち止まって振り返って言うんだよ。

 

 君、その子はどうしたんだ!って。

 

 ほぼ怒鳴りつけるみたいに言われて、俺もさすがに呆気にとられたぞ。

 子供なんて当たり前だが連れていないからな。で、怒鳴った男のほうを見たらその男も不思議な顔をして首を傾げてるんだよ。

 なんだって、聞いたら。

 

 俺の足首に子供がしがみ付いてたように見えたっていうんだよ。

 

 当たり前だが、俺の足首にそんなもんいないぞ。

 

 酔ってるのかと思ってそのまま相手にしないで帰ったが。

 

 帰って、俺の足首を見てみたら。

 

 真っ赤な手形が、べったりとズボンについてたんだよ。

 

 丁度、子供の大きさくらいの手形が。

 

 俺には見えなかったんだが、しがみ付いてたんだろうな。子供が。

 あの橋の上から。

 

 あ?別にそれからだって普通にその橋使ってるぞ?そんなことは後にも先にもそれっきりだしな。

 

 

 話が終わった途端に、ふっと辺りが更に暗くなったような錯覚が。

「…雨?」

 ざぁぁぁぁぁぁぁ。

 どことなく視界が窓辺に集中する。

 

 

 アルセニーの話

 

 雨か…。そういえば、こんな雨の日だったな。

 

 とある事件の現場での話だ。

 なんでも空き家に身許不明の死体が放り投げられていたという事件だったな。

 一応、空き家の中を全部調べている時。

 一つだけ開かない部屋があった。なんでも中から鍵が掛けられていたようだ。南京錠と鎖でドアが厳重に縛られていた。

 

 犯人はまったく別のところで見つかったし、事件は解決したんだが。

 なんとなく、他の捜査員が撤収した後も我はそこに残っていたんだ。

 

 その内、雨が降ってきた。

 

 仕方ないから空き家の中で雨宿りをしてたんだが。

 

 音が、した。

 

 開かない部屋のほうから。

 

 なんでもその次の週にはその屋敷は取り壊される予定だったらしい。

 だから猫でも迷い込んだなら外に出しておいておかねばと思ってな。

 

 残念ながら猫も何もいなかった。そのままそこを立ち去ろうと思ったら。

 

 雷が鳴って。

 

 その時に。

 

 目が、あった。

 

 鎖で縛られていたドアが、細く開いて。そこから目だけが二つ、並んでこちらを見ていて。

 

 いつの間にか、雨も止んでドアも閉じていた。

 

 中に誰かいたのか?そんなわけは無い。

 その開かない部屋は、ドアが鎖で縛られてるだけじゃなく、煙突もふさがれていたし。

 外から窓も板で止められていた。

 

 『何か』閉じ込めたかったのかも知れないな、あの空き家の主は。

 

 今?その屋敷か?

 さぁ。我は知らぬ。ただ。

 

 あの目の主はどこにいったのかが。

 

 気にならないでもないが。

 

 

「…こうして話をすると、少し怖いですねぇ…」

 ポプキンズが言った。顔がぼんやりと蝋燭の明かりに照らされる。

「だな」

「うむ」

 らしくなく無言のグレグズンに、レストレイドが何か違和感を覚えてふとその横顔を眺めた。

「…?」

 レストレイドが口を開きかけるより先に、グレグズンの口元が動く。

 

「…なぁ」

 

 …ぞっとするような、悪寒がレストレイドの背中を這い上がった。

 

 なんだ、これは。

 

 この違和感と、寒気は。

 

「…足音、しないか?」

 

 カツ、カツ、カツと。

 足音が。

 

 雨の音が鼓膜を叩く。

 

 

 

ざぁぁぁぁぁあああ。

 

 

 

 息を呑んで、一同が見守る中。

 

 捜査課のドアが、ガチャリと開く。

 

 

「…?何やってんの、お前ら」

 ドアを開けて顔を覗かせたのは、金髪にライトグリーンの目。いつも通りの紙巻煙草。

「…なんだ、グレグズンさんですかぁ…」

 

 驚かさないで下さいよぉ、言いながらポプキンズがぐったり椅子に背中を預けた。

 

「ったく」

 

 言いながらピーターが溜め息を付く。

 

「は?何やってたの、魔王」

 

「暑気払いに怪談話だ」

 

「ふぅん?」

 

 言いながら、グレグズンがレストレイドに視線を向けた。他の三人が日常に戻りつつある中、一人だけ顔が真っ青だ。

 

「どしたの、レストレイド?」

 

 言いながら近寄る。レストレイドの体が、この暑い中に小刻みに震えていた。

 

「ぐれ…ぐれずん…?」

 じっと上目遣いに見つめられて。

「何?そんなに怪談怖かったのか?」

 ひょいと手を掴むと、思いのほか冷たい手がぎゅっとグレグズンの手を握り返した。

 

 レストレイドがグレグズンの目を見据えたまま、聞いた。

 

「お前…、今日今までどこにいた?」

 

「ん?今日はずっと捜査で現場に行ってたけど?」

 

 暑いのに大変だった。なんて言葉に、更にレストレイドの顔から血の気が引いて。そのまま凄い勢いでグレグズンに抱きついた。

 

 やめてくださいよ、せっかく涼しくなったのに。

 外でやれよ、お前ら。

 などと嘆く外野二名の声は聞いているのかいないのか。

 

「…どうしたのよ、レストレイド?」

 

 首に手を回してかじりつくように抱きついたまま、レストレイドが涙声で言った。

 

「…で……た……」

 

「何?」

「…でた……」

 

 二人の会話を聞いていたアルセニーが言った。

 

「グレグズン」

「何?」

 

 腕の中の恋人をあやすように撫でながらグレグズンがアルセニーに視線を向ける。

 

「…お前、今日の午前中も午後も現場か?」

「? ああ」

「…今の今まで?」

「ああ」

 

「じゃあ」

 

 一言、アルセニーが呟いた。

 

 ざぁぁああああああ、と雨の音。

 

「さっきまでここにいたグレグズンは――…誰だ?」

 

 場の空気が凍った。

 

 

 その後、グレグズンに抱きついて離れないレストレイドは当然そのままお持ち帰りで。

 ポプキンズは涼しくなりましたねぇ、と爽やかに笑いながら。

 ピーターは疲れたと呟きながら。アルセニーは別段、普段と変わる様子もなく捜査課を後にした。

 

 誰もいない捜査課の開いたままのドアが、風も無いのにバタンと閉じたのを知る人間はいない。

 

 

 夏に怪談?

 

 いいですねぇ。

 

 ただし、あの世とこの世の境目が曖昧でございますから。十分お気をつけ下さいませ。

 

 ああ、ほら。

 

 となりにすわる、あなたは。

 

 ―――だあれ?

 

 

 

 完

 * * *
 グレグズンのセカンドオピニオンが!!(違)
 お持ち帰りされた後でグレがレスから話を聞いて、自分が居ない間にレスの隣に居たオバケに嫉妬とかしてそうです。(暑気掃えてないよソレ)
 きっとレスとグレの日常のラヴラヴっぷりに妬いて出てきたんだ。このオバケはレスが好きに違いな(黙れ☆)
 さりげに捜査課のオバケ×レスでもイケると思った水仙はアホですか。そうですか!!(爆)
 ああっvvv毎度毎度素敵文章をありがとうございます名無しさん・・・!!(うるうるキラキラ☆/キモイから止せ)
 この話を真夏の英気に変えて!! ありがとうございましたーーーーっ

 ブラウザバックプリーズ!!

 06.08.03.from :通りすがりの名無し人さん