今夜の舞踏会は静かに荒れる――彼はそう言って笑った。

 

 

 政界の要人たちが集うパーティの会場に、三人の人物が到着した。

一人は《影の政府》と呼ばれているマイクロフト・ホームズ、もう一人はその弟で探偵のシャーロック・ホームズ。

そしてもう一人は……。

「おや、その女性は?」

「私の知り合いでしてね。初めてパーティに参加出来る年頃となったもので、失礼かとは思いつつ連れて来てしまいました」

シャーロックの後ろに半ば隠れるようにして立っている女性は、彼よりも頭一つ分程小さかった。

ブロンドの髪の毛を後ろでアップにし、薄付きの化粧が穏やかな表情を際立たせている。

俯き加減で控えめに視線を向けるその姿は、確かに世慣れしていないようだった。

「それは…舞踏会デビューがこれ程の豪華なところだとは、何とも羨ましい」

マイクロフトの説明に出迎えた男は何処か嫌味な笑みを浮かべた。

男が手を差し出すと、彼女はおどおどした表情を浮かべ、ぎこちなく握手した。

「お名前は?」

「……」

彼女の口が何度か動くものの、そこから声は聞こえなかった。

「申し訳ない、彼女は」

そう言ってホームズが彼女の肩を抱いて引き寄せた。

「言葉を発する事が出来ないんですよ……病気のためにね」

 

 

 和やかに時が過ぎる会場の中、周囲を警備する護衛に混ざって、ホームズの姿があった。

(何だってこんな事…)

明らかに不機嫌な表情を浮かべながらも、何時しか周りに注意を向ける事に集中する

――これだけの要人が集まるパーティに彼らが呼ばれた事には理由があった。

 イギリスとフランスとの友好関係を築こうと、毎年数回行われる極秘会合があった。

その情報を二国の友好関係に反対する過激派が入手し、今夜のパーティで暗殺が行われると……政府に情報がもたらされた。

それを阻止するため、マイクロフトを通じてホームズに捜査協力があったのだ。

「ホームズさん、今日はワトソン先生はいらしてないんですね」

スコットランド・ヤードの知り合いの刑事が、ホームズの姿を見て話しかけて来た。

「彼は風邪を引いていてね」

短くそれだけ返すと、彼は再び周囲に視線を廻らせた。

(随分と不機嫌だ…)

彼は触らぬ神に崇りなし、とばかりに会釈をしてその場を離れた。

ホームズはちらりと視線で彼を見送り、そして小さくため息をついた。

――不機嫌なのは自覚していた。別に今回の捜査が不満な訳ではない。ただ……。

(兄さんも無茶ばかり言う)

この後に起こるであろう状況を考えると、とても事件だけに集中する事が出来ないのだった。

 

 

 淡いブルーのドレスの裾を翻しながら、彼女は辺りを歩き回っていた。

その姿は会場と各個室をつなぐ渡り廊下へと移っていた。

「どうかしましたか、お嬢さん」

その声に思わず身を竦め、彼女は立ち止まった。

ゆっくりと振り向くと、そこには入り口でホームズたちを出迎えてくれた男が立っていた。

「そちらは要人たちの控え室です――いくらあなたでも、そこまで立ち入る事は出来ませんよ?

 ホームズさんたちを探しているのでしたら、まずは会場にお戻りなさい」

「―――」

彼女は何度も頭を下げ、来た道を引き返そうと歩き出した――その足がふと止まる。

(……?)

男の後ろに、外灯に反射した細い光の帯のようなものが見えた。

目を凝らせば、それはゆっくりと外側の手すりに向かって流れていた……

赤い液体が流れ出る先には、確か物置か何かの小さな部屋があったはず。

今歩いて来た時には確かに何もなかったはずなのに。

「……」

怯えたような視線を男に向ければ、彼は人の良い顔を悪意あるものに変えていた。

「――舞踏会の原則は」

男が彼女に一歩近付くと、彼女は後退りする。

「パーティ会場から出ない事。出る時は必ず意中の異性と共にいる事」

男が進むたび、彼女もまた逃げようと後退りし、何時しか壁に追い詰められた。

「そして用意された個室で二人の時間を過ごす…だから周囲で起きている事など、気にしてはいけないのですよ」

分かりましたか?と問い掛ければ、彼女は震えながら一度頷く。

男の両腕が彼女を囲うようにして壁に手を付き、身動きが取れない。

「………」

彼女が再び流れる血痕に視線を向ければ、男はその意味に気付いたのか、ああ、と頷いた。

「私が殺したんですよ。ターゲットではないが、先に気付かれてしまってね……

 だが君が口の利けない娘さんでよかったよ。まずターゲットを始末した後、君をどうするか考えよう」

男は胸元から薬の染み込んだハンカチを取り出そうと片腕を引いた。

その隙を突いて彼女は男の縛めから抜け出した。そして素早く男の背後に回ると、何かを頭に突きつけた。

「…此処まであっさりと話してくれるとは、僕もちょっと拍子抜けだけどね」

聞こえたのは明らかに男の声だった。その事に男は一切の動きを止めた。

「余計な事は考えないように。これでも僕は平和主義者なんだけれど――

 戦場で何度も引き金を引いているから、いざとなったら何をするか分からないよ?」

穏やかな口調ではあるが、そこには少しの温情も感じられなかった。

騙された、との怒りよりもまず、この男から感じられる圧力に、抵抗する気力も失せた。

 「ワトソン!」

廊下の向こう側から、数人の警官を率いたホームズがやって来た。

その言葉に男は思わず声を上げそうになる。

だが頭に突きつけられた銃口が強く押し付けられ、男は辛うじて口を閉ざした。

「遅い!」

はっきりと怒りを含めた声でそう言い返すと、彼女――いやワトソンは男の腕を乱暴に掴み、ホームズたちの方へ向き直らせた。

「こいつが実行犯だ。全て話してくれた。セルヴァ卿を暗殺する前に――その小部屋で一人殺してる」

「な……何の事だか…」

思わず口を突いて出た言葉――だがそれを後悔した。

ワトソンは銃を向けながら、男の顔を覗き込んだ。妖絶とも言える笑みとは裏腹に、その目は――。

「言ったよね?」

「……はい」

このまま射殺されるかと思った――男は後でそう呟いた。

 

 

 警察の捜査が行われている間をぬって、ホームズは用意された控え室に入った。

そこには既に着替えを終えたスーツ姿のワトソンが一人、黙ってテーブルに片手で頬杖をつくようにして座っていた――

彼がかもし出す不穏な空気に、誰もが逃げ出したのだと知り、ホームズは心中で苦笑する。

「……殺されたのはセルヴァ卿の腹心だそうだよ。

 彼がどうしてあの男――《ジャック》を怪しんだかはまだ分からないが、ずっと行動を見張っていたようだ。

 それに気付いた《ジャック》が先手を打った。

 そしてあの部屋で待っているはずのセルヴァ卿を殺そうとしたところで君が現れた…そう言う事さ」

「……で?」

「《ジャック》とは通称で、あっちの方面では有名な暗殺者だ。

 奴は依頼人について口を割らないだろうけど、

 僕には二、三人心当たりがあるし、捜査当局もその辺は見当をつけていると思う。依頼人が捕まるのも時間の問題さ」

「……他には?」

何の感情も含まない口調は、発せられるだけでホームズに言い知れぬ恐怖を与えた。

不機嫌だ、怒っている……そんなものを通り越したものが、そこにはあった。

何を言うべきか考えを廻らせていたホームズに、ワトソンがちらりと視線を向けた――

何故だか分からないが、その視線に促されるように、ホームズは人生最大の失言を口にした。

「その…よく似合っていたと…」

その瞬間、ばきっと音がして、テーブルの天板が割れた。

とある有名な家具メーカーに特注で作らせた、かなりの額になるテーブルだったな、と考えている間に、ワトソンが目の前に立っていた。

「もう君はいいんだろう?じゃあベーカー街に帰ろうか」

「――」

帰りたくない、とは言えなかった。言ったら自分も、あのテーブルのように真っ二つに割れているかもしれないのだ……。

「あと、約束はちゃんと守ってね」

何処か楽しそうに微笑むワトソンの笑みがこんなに恐ろしいものなのだと、ホームズは初めて知った。

 

 

 馬車に乗り込む二人の姿を、窓から見下ろす人物がいた。

(助かったよ、シャーロック…ドクター)

そもそも今回の潜入を思いついたのはマイクロフトだった――

彼は最初弟を女装させ、二人でパーティに忍び込むつもりだった。

それが……気が付けば目の前には可憐な姿のドクターがいた。

その経緯については、きっと誰も語ろうとはしないだろうが――とにかく今にして思えば、この人選は最適だったと思う。

(後の事は任せろ……出来る限りお前をサポートするから)

走り出した馬車を、彼は深い敬愛と感謝の気持ちを込めて見送った。

 

 

 

END

* * *

えへへvショウさまが水仙の描いた女装ワトを元に書いてくれましたよ小説をvvv
ショウさま宅でも見られますが頂いても良いとのことでしたので強奪しました♪
ワトかっこいい〜〜〜(惚れ惚れv)でも銃殺されるぅ〜〜〜(笑)

ショウさまの素敵サイトはこちらから!

モドル