夏休み
この部屋の主は帰ってくる
扉が開け放たれたままの、隣の部屋を見る。
この部屋は兄の部屋
他県の大学に進んだため、いつもは居ない。
蒼い静寂だけが漂う、部屋。
肌寒く、虚無感を感じると同時に、私はいつもほっとしている。
夏休み。
兄も何週間かの帰省をする。
だいたいお盆の前あたりには帰ってきて、お盆が過ぎて数週間後にはまたアパートへと戻っていく。
帰って来た兄は夜は1時か2時くらいまで起きていて、次の日は午前中いっぱい寝ている。
午後2時くらいに母親が帰ってきていっしょに遅い昼食(兄には朝食も兼ねている)を取り
二階の部屋に戻るとベッドに横たわり、寝る。
窓は網戸、夏のすがすがしい風を取り入れては開け放たれたままの扉の外へと流していく。
部屋の片隅には主不在の頃の静寂が若干の名残を見せてはいるが、部屋は息を吹き返している。
右手を腹に軽く乗せ、仰向けに自然体で眠る兄。
寝息は聞こえない
兄はいびきも寝言も無い
よく ねむる
階下の居間では母親も寝ている。
父も居るときは、よく横になる。
みんな、よく眠る。
たいがいいつもこのままで、夕方、晩御飯が出来ても兄は目を覚まさず眠っている。
それゆえ、いつも「死んでるんでね」(死んでるんじゃないか)と言われる。
「見でくる」(見てくる)と言って起こしに行くのは私。
薄暗くなった階段は、ちょうど13段目で二階へと私を運んでくれる。
薄暗くなった部屋
網戸から入ってくる風もすっかり夜だ。
兄はまだ眠ってる
いびきを掻くことも無く
寝言を言うことも無く
兄の眠りはいつだって深い
深い眠りの最中に見た夢は忘れてしまうのだったっけ。
兄は夢を見たことがあるんだろうか
あまりに深い眠りの中、心地よい深層の夢があまりに居心地よくて。
兄の思い描く深層の夢はどんなだろう───
想像もつかない。
傍らに突っ立って見ていても兄が起きる気配は無い。
仕方なく、「兄さん、ご飯だぁ」と声をかけて兄の肩に触れる。
私が起こすのを渋るのは、起こすのが悪いような気が擦るからだ。
あれだけ深く眠っていた兄が、「ん、」と言ってすぐに目を覚ます。
ぼーっとしてはいるが。
食卓についても兄は半眼でぼーっとしている。
ぼさぼさに寝癖のついた髪で。
じっと見ていると、兄が気づいて視線をよこす。
じーっ
じーっ
この見つめあいはいつも長く続かない。
なによ、と言った兄に対して
いつも私が負けて、んんっ、と笑うからだ。
しかしそのときの兄も、いつもわずかに含み笑いをたたえている。
夏休み
兄は帰って来たのだ
END
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我が家の人々はほんとうによく眠りますね。
死んだように眠るのは何も兄だけじゃなく私もそうで、よく「死んでるんでね」と言って様子を見に来られます。
夢は覚えてないけれど、沈んでいるようなあの眠りが好き。
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