解放された左手は、動く術を知らない。
『脱白前夜』
本日、七夕も過ぎ去った夏のある日。
突然、医者から『点滴を取る』との御達しを受けた。
一ヶ月・・・いや、二ヶ月・・・と、半分くらい。
その間、左手はずっと添えものと一緒に白い包帯でぐるぐる巻きにされていた。
しばらく動かしてもいなければ見てもいなかったモノとの対面は、実に奇妙に感じられた。
実際、点滴の針が抜かれる時など左手はまるで自分の身体とは別のもののような気がした。
包帯も点滴も取れ、管という束縛の無くなった自分は途端に歩き出したくなった。
ので、母親に了承を取って散歩に出た。
散歩に出た、と言っても歩くのは自分が知ってる範囲内。限られた院内を歩くだけである。
思った以上に、身体は動かなくなっていた。
歩くにも身体に力が入らず、骨どころか筋肉がギシギシと軋みあっているのが体内からの伝導でわかった。
それでも右手に感触はある。
それでも両足はまだ自分の意に添って動かせる。
それなのに
左手は添え物を当てられた恰好のまま動かない。
肘から下、手にかけてがまったく言うことを利かない・・・・というよりは
まったく自分の意思が肘から下に伝わっていない、というのが正確だった。
肘から下は、椅子の肘掛けに納まったような恰好のまま。
身体はとうに歩き出しているのに、左手はいまだ座ったまま動こうとはしなかった。
なんとか、動かそうと試みる。
けれど約二ヶ月分の汚れにまみれ、
ほとんど栄養の摂取を受けていなかった左手は僅かに痙攣するだけだった。
動かない左手の前に、右手を出して比べてみる。
その差は凄まじかった。
右手も病人の手で、見る人が見たら「痩せ細った」と思うのだろうが
左手はそんなもので済まされるようなものではなかった。
ガリガリに痩せ細り、干乾びているのかと言えばそうではない。
包帯で包まれていたから湿気は保たれていたらしい。
ガリガリに痩せ、右手よりも一回りかそれ以上に小さくなったそれは
湯か水に浸しすぎてふやけてしまったかのように見えた。
これらが持ち主の同じ手だとは到底思えなかった。
院内を歩き回る間も、左手から上ってくるだるさと痺れが肩にまで上って来そうで、
私の身体はそれから必死に逃げ回っていた。
きっと食べれば元に戻るだろうけど。
なんの確信も無く、栄養を取れば治ると判断して
私は一度回った道をもう一巡してこようと、スリッパの足を一歩。
前に踏み出した。
ぱすん
それはなんとも気の抜けたような音だった。
点滴が取れたあの日、左手は座ったままだったことは確かに憶えているのに。
いったいいつ左手が立ち上がったのか、私の記憶にはトンと残っていなかったのだった。
END
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体験談。(笑)
ほんとにこれ元に戻るのかなぁと思うくらい凄いことになってました^^
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