探偵を庇ってできた銃創は日毎夜毎発熱し、二十面相を苦しめた。

 額から熱を吸収して温くなったタオルが取り払われ、新たに新鮮な冷たさが宛てられる。

 熱で朦朧とした頭で、二十面相は明智がずっと付きっ切りでタオルを換えてくれているのを感じていた。

 

『発熱と水』

 

 発熱から三日目の夜。

 二十面相は喉の渇きを覚えてぼんやりと目を覚ました。

 室内は真っ暗で、いまが深夜なのだろうということだけは何となく推し量れた。

 

 水が飲みたい。

 

 たぶん、彼のことだからサイドテーブルに水差しを置いてくれているのだろうが

 熱で頭も動作も回らない状態ではましてそれが本当にそこにあるのかどうかさえも分からない。

 傷から広がる熱と渇きの苦しさに、うう、と知らず呻き声を漏らす。

 水、水、と言おうとするのだが、口はただ薄く開き震えるばかりでちっとも動かない。

 荒く呼吸を繰り返していると、不意に唇に何か触れた。

 口の中に心地よい冷たさが流れ込む。

 待ち望んでいた潤いに、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。

 それから数回に渡ってそれが続き、喉の渇きを潤した。

 

 翌朝。

 二十面相が目を覚ますと額に明智の手が置かれていた。

「熱は引いたようだな」

 そういえば身体はまだだるいが幾分気分がすっきりしたように思える。

 今朝は何か食べられそうかと尋ねてくる探偵に、そういえば久しく何も口にしていないことを思い出す。

 軽いものならと肯いた二十面相にでは少し待っていろと明智が立ち上がる。

「すみません、ずっと付きっ切りで看ていただいて」

 どうぞ早くお休みください。昨夜も寝ていないのでしょう?と探偵を気遣えば、その言葉に何故か彼はピクリと反応した。

「・・・私が昨夜寝ていないと何故思う?」

 立ち上がり、すでにドアノブを掴みかけていた彼はこちらを振り返ることなく尋ねる。

「? 目の下が少し隈になってますし・・・・それに」

 抑揚の無い口調はいつもの彼のそれとは違い、首を傾げる。

 

「たしか夜、お水を飲ませていただいたと思うので」

 

 ビシィッ、と音を立てて、探偵が一瞬の動揺を見せて固まった。

 後姿でも分かるのだから、かなりのものだったと思う。

 おかげでかえって私の方が何か悪いことを言ったかと焦ったくらいである。

 耐え難い沈黙が部屋中に立ち込める。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・あ、あの・・・・せんせ・・・・・?」

 恐る恐る、探偵を呼ぶ。そこでふと探偵の耳に目がとまる。

「・・・・・・覚えてたのか。というか、起きてたのか」

 探偵の耳が、真っ赤に染まっていた。

「お・・・覚えてたというほどのことでも・・・・ホントにおぼろげですし」

 水が口の中に流れ込んできたな、ぐらいの認識です。

 何故か弁明するように言い募りながらも、探偵の朱に染まる理由を考えてみる。

「そうか」

 どこか安堵したような、拍子抜けしたような声。

 何か胃に優しいものを作ってくると言いおいて、そのまま出て行ってしまった。

 後に残されたのは私一人。

 ベッドに横になったまま、明智がどうしてあれほどまでに水を飲ませたことに過剰反応したのかを考える。

 消えてしまいそうな記憶の中から昨夜のことを掘り出し、そこではたと思考が止まる。

 

 そういえば。

 柔らかかったな、唇。

 

 ちらりと視線を横にやる。

 そこにはサイドテーブルと、その上に載った水差し。

 水差しで飲ませたのなら、唇には冷たく硬い感触が残るはずだ。

 しかし記憶に残っている感触は柔らかく温かい───

 

 そこまで思い至って、今度は私が固まった。

 

 水を飲ませたという事実に顔を赤らめた明智。

 水を飲ませてもらったときの柔らかく温かい感触。

 

 もしかして。いやもしかしなくとも。

 

 

 ────ええ?!

 

 

 そのとき私は思わず手で自分の唇を押さえていた。

 きっといま私の顔は、先ほどの彼のように真っ赤になっているに違いない。

 

 

 

END

 もちろん口移しで飲ませました探偵。(笑)
 まさか二十面相が覚えているとは露ほどにも思わず、ついノリで。(ぇ)
 二十面相はもっときちんと覚えておけばよかったと嘆くことでしょう。(ヘタレ)

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 07.11.25.TOWEL・M