『初心─ういごころ─』
後ろで佇む君の視線が、その瞳が、雑然とした世界を。
きっと、彼らから見れば何のヒントも解くための鍵も錠も無いように見えるのだろう。
しかし自分にはありとあらゆる無限の情報、解決に必要なピースが大方見えてしまっているわけで。
でも、その中には解決には何ら関係のない、不必要なピースも混ざっているわけで。
無造作に散らばるその沢山のカケラの中から、本当に必要なものだけを見出し、取り出さなくてはならない。
これがけっこう骨の折れる作業で。
それを見つけ出して組み立てることを好んでやっているのだから文句は言えないのだけれど。
ただ、どうしても。
こんなに雑然とした世界を見続けていると、辟易して溜め息の一つも吐きたくなって来るのだ。
実的に大したことの無い事件ならば尚更。
法の擁護者だとか、尊大な言葉で呼ぶのは世間の勝手だが私はそんなに勤勉なタチじゃない。
いっそレストレイドに必要なピースだけ預けて帰ってしまおうかという怠惰な考えが浮かんで。
つい、と後ろを振り返った。
途端に飛び込んでくる緑の目。
しずかな、しずかな目。
ざわついていた思考が、世界が、一気に落ち着きを取り戻す。
反れかけていた心が、まっすぐに元の位置に立ち返ってくる。
ゼロになるのではなく、在りし日に立った、スタートラインへ。
じっとこちらを見つめる瞳に目だけで笑ってみせるとほんの少しだけ、彼は首を傾げた。
そのまま視線を彼から前へと戻せば、目の前にはもう事件解決に必要なピースだけが残っていた。
行き過ぎては戻りを繰り返し、立ち続けていた白線の上に、独りで立っていたその位置に。
彼も共に立つようになったのは何時からだっただろうか。
「「ホームズ/ワトソン」」
互いが互いに相手の名を呼ぶ声が重なった。
驚いて振り返れば彼も同じだったようで、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
ぽかんと見つめ合ったのは一瞬で、私たちは同時にその口元に微笑みを浮かべた。
「レストレイド警部を呼んでこようか?」
「ああ、お願いするよワトソン」
いつしか二人で立ち返るようになった、白線の上。
君となら、いつでも初心に立ち返れるから。
ゼロにはならずにいられるから。
だから、いつも、共に在ろう。
『敵役─かたきやく─』
悪口雑言が多少過ぎる処はあるが
なんだかんだ言っても、彼は優しい。
ときに残酷な仕打ちと成り得るも、不殺生を貫き通す彼。
死にかけているもの、殺されかけているものがあればすぐにも闘う彼。
だが、私は。
「たっ、助けてくれッッ・・・・」
私はそんなに優しくない。
そう、彼が思っているほどには。
「たっ、助けてくれッ こ、殺されるッ!!」
「・・・・・・・」
深夜、突然庭に転がり込んできた男。
額は割れ、腕や腹にも切り傷が見え、流血していた。
その傷跡は、所謂ナイフといった類のものとは異なっていた。
そして、私はそれをよく知っていた。
まさに血だるまで転がり、縋りつくように私を見上げてくる男は、死の恐怖を感じているようだった。
私はじっと彼を見下ろした。
無表情で
無感慨で
無関心に
私は知っている。
私がいまこの場でこの男を助けたとしても
この男が、助からないことを。
だから。
「ッ・・・・な、なぁ、助けてくれよぉ・・・礼な・ラッッ」
「みーっけ♪」
助けない。
一瞬にして立ち昇る鮮血。
ふわりと風にたゆたう、青。
「・・・片付けていけよ、ジルドレ・・・・」
「あーいっ♪」
夜色の瞳で血溜まりに潰れたもう動かない男を一瞥する。
あそこで助けてたって、死んでいただろう?
だから
だからあのまま逝かせてやることが、私の優しさ。
私はそんなに優しくない。
そう、彼が思っているほどには───
『花筏─はないかだ─』
ちるさくら のこるさくらも ちるさくら
うかうかしていると、花はその花弁を筏にして流れていってしまう。
するりとその手をすり抜けて。
「てめっっ!!この、待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ人なんていませんよーっだ!!」
ここ二・三日、自分のまわりにフラフラと現れては混ぜっ返してまたフラリと姿を消す。
アジア系の顔をした、異国の少女。
自国の服なのか、ロンドンではまずお目にかかれないような恰好をしている。
最近、貴族どもの間で流行ってる・・・ジャポニズム?ジャポン?それ系だ。
しかし、動きにくそーな恰好してやがるクセになんっっっで捕まんねーんだッ?!!
いつのまにか倉庫街にやって来てしまった。
そこを抜けるともう河岸で、はるか向こうを臨めば広がる海が見える。
ぜーはーぜーはー!!!!
「あー・・・くそ・・・何処行きやがったあのアマ・・・!!」
けっきょく今日も取り逃がしちまったのかよ。
不意に自分の前に現れて、突拍子も無いことを言って纏わりついてくる異国の女。
毎度毎度、終いには俺がキレてロンドンの通りという
通りを駆け抜ける鬼ごっこを展開してしまうのだった。
しかも毎度毎度捕まえられずに、逃げられてしまうという情けない次第・・・
切り裂きジャックの名で巷を騒がせてる身としては何とも・・・
「はぁーあ・・・・・」
ヘコむところである。
転がってる木箱に腰掛ける。
キシッと木の軋む音がした。
体を反らせて見上げた空は抜けるように真っ青で雲ひとつ無い。
なんか、情けなさが倍増するんスけど。
だいたい、なんでこんなにムキになってんだ俺・・・
明らかに、低レベルな行為だこれは。
こんなことしてる暇があったら、次の獲物を絞って、刃を磨いで・・・・
ガリガリと、紅い髪を掻き毟る。
「・・・行くか」
立ち上がり、ジャリ、と土を踏んだ。
カツン、と何かが靴のつま先に当たる。
「・・・んだ、コレ」
拾い上げたのは、赤地に花の模様が入った髪留め。
思い出す、少女の後姿。
確か、揺れる長い黒髪には赤いものが留っていた。
「・・・・・・」
手のひらの上で、くるくると持ち遊ぶ。
そのときふわりと鼻をくすぐった香。
香水?とも思ったが香水とは違って匂いがきつくなく、淡く漂うような、髪留めの移り香だった。
それを鼻に宛て、クンと今度はしっかりと匂いを嗅ぐ。
「・・・うっし。次はこの匂いを追いかけりゃいいんだな」
誰もいない倉庫街を一瞥して、颯爽とした足取りで後にした。
花筏。
流れに流れるその花弁。
残った香だけを手がかりに
掬い上げてみせよう、この奇なる手で───
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苦し紛れだったのがモロバレです;;;
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