だから僕は喜んでその胸に刃を突き立てる。

 

 

 浅ましく、惨めな男が埃だらけの部屋に入ってくる。

 美しく瑞々しく、若々しい青年。

 けれどその顔には陰が差している。

 恐怖に慄(おのの)き、戦慄(わなな)き。

 その顔はすっかりやつれて、くたびれていた。

 

 やっと来たか。遅すぎたくらいだ。

 

 そうして『わたし』を見て彼はまた恐怖に顔を引き攣らせ悲鳴を上げる。

 何をそんなに驚くことがあるのか。自分じゃないか。

 こんな有様になって当然のことをしてきたじゃないか。

 あまつさえ、『きみ』は彼を殺してしまった。

 最後の最後まで『きみ』を説得し、『わたし』を取り戻そうとしていた誠実な彼を。

 

 やっと来たか。この時が。遅すぎたくらいだ。いや、遅すぎた。

 

 人を殺した罪は、その命でもってしか償えないんだ。

 よく、生きて償え、と人は言うけれど。

 それは償いではなく、罰。

 拷問なんだ。苦しみ味わえと。

 だから『きみ』が彼を殺した罪を告解しようと、『わたし』は何も変わりはしない。

 人殺しの罪を贖(あがな)う方法は、ひとつしかない。

 

 やっと来たか。この時が。解放の時。『きみ』も『わたし』も。

 

 ああ、そのナイフを使うんだね。

 彼の首を突き刺したあのナイフ。

 『わたし』も見ていたよ。

 目を覆いたかったのに、できなかった。

 悲鳴を上げたかったのに、上げられなかった。

 何度も振り下ろされるその恐ろしい手を

 止めたかったのに。

 『きみ』は何度も血を拭っていたね。

 莫迦だね。

 落ちるはずも無いのに。

 

 動かなくなった彼を見て、泣いていたよ。

 

 すすり泣き声も上げられずに。

 ひとしずくの涙を零すこともできずに。

 

 

 美しい、美しい惨めなけだものが狂ったようにこちらにむかってナイフを振りかざす。

 ナイフはカンバスに突き刺さった。

 けれど悲鳴を上げたのは『わたし』ではなく『きみ』の方だった。

 

 カンバスがナイフに突き刺さった瞬間、『わたし』はそれを瞬時に翻し力強くその柄を握った。

 すべてを終わらせるために。

 この哀れなけだものを救うために。

 彼を殺した罪を贖うために。

 

 

 『わたし』は『わたし』の肉体に向かって、白銀に光るナイフを突き立てた。

 

 

 

 END

 * * *
 肖像画内ドリアン(わたし)VSけだものドリアン(きみ)。
 だったと思うのですよ、最後のあのシーンは。
 絵画に封じ込められた良心を破壊して自由になろうとしたケダモノは、結局死によって解放されましたが。
 元の美しい絵に戻った良心ドリアンは終わることなく、存在し続ける。バジルを捜して。
 あーこの作品いいよ。ホント萌えます。

 ブラウザバックプリーズ!

 06.12.29.SUISEN