今の今まで、彼はまじまじとそれを見るということがなかったのだ。
未知との遭遇
女、というものを『これは女である』と認識して見たことなどなかったのだとジル・ド・レは思った。
彼にとって女というものは動く装飾品といったところだったろう。
面識のある貴族、ジェントリ、山師の男性陣の中にはよく女を連れている者もいたが
ジル・ド・レの視界にそれらが主として入ってくることなど皆無に等しかったので、個体としての女を認識することもなかった。
彼女たちは常に彼の視界の隅で行ったり来たりするだけのものだった。
その認識してこなかったものが、ジル・ド・レの目の前にいま、単体で存在した。
ここはホワイトチャペル近隣にある、世に言う“切り裂きジャック”の塒のひとつ。
当の本人がいつもいるとは限らないのだが、ジル・ド・レにとっては勝手知ったる他人の家。
気が向けばよく上がり込んでいた。そんなわけでいつもどおり彼はやって来たわけなのだが、塒の様子はいつもと異なるものだった。
「リパー、いるー?」
ノックも部屋の中からの返答も待たずに扉を開ければ、そこには一人の女が座っていた。
これは、何なのだろうか。
いや、俗に言う女というものだということはジル・ド・レにもよく判ってはいるのだが。
切り裂きジャックもご多分に漏れずよく女を連れ込む者であったので、
ジル・ド・レが訪れる際には連れ込まれた女と鉢合わせになることもしばしばだ。
だから彼の塒に女がいるのは決して珍しいことではない。ただ、いつも目にする女とは毛色が違ったために、
ジル・ド・レは図らずもそれをまじまじと眺めるに至ったのだ。
ジャックが連れ込むのは娼婦がほとんどで、この界隈にはよくいる類の女だ。
彼女たちはジル・ド・レと鉢合わせると一様に薄汚れた顔を醜く歪め、べっとりとした赤い唇を動かし、
キンキンと耳に響く声を上げた。ジル・ド・レにとってその声はただの不快な騒音に過ぎず、
けたたましく鳴り響く目覚まし時計を叩き壊すようにそれらを黙らせるのが、彼の常だった。
だが、いま目の前にいる女はどうだ。
突如現れたジル・ド・レに表情を変えるわけでもなく、かしましく騒ぎ立てるわけでもない。
ただじっと静かにジル・ド・レのことを見つめている。
そんな反応をされるのは彼にとって初めてのことだったので、つい彼もまじまじと彼女のことを見返してしまった。
女は女であるが、その面差しは幼く見えるため少女──子どもであろうかとジル・ド・レは当初思った。
顔立ちも着ている物も欧州人のそれとは違うもので、亜細亜人というものだろうと思われた。
しかしそれにしてもこの女は先ほどから微動だにしない。もしやよくできた人形であろうかと
ジル・ド・レは手を伸ばしてその顔に触れてみた。すると触れた頬には暖かみがあり、
若干くすぐったそうに相手が首をすくめたので、やはりこれは生きているものなのだと知った。
それでもこの女は声をあげない、荒げない。唇も、やたらと赤くない。
おもしろい。
今度は両手で女の両頬を包み込むようにして触ってみた。男のものとは違い、柔らかい。
けれど子どものものほど水っぽくない、肌。後ろに流れる長い黒髪にも触れてみた。
欧州人の黒髪よりも艶があって瑞々しく、触り心地が良かった。頬から髪にかけてを何度も撫でた。
それでも女はただ黙ってジル・ド・レのしたいようにさせている。
抱き心地はどうなのだろうと思い、ぴったりと抱きついてみた。とても曲線的で、骨ばっているところがない。
いささか頼りない感じもするが、子どもよりもしっかりはしている。
首筋に顔を埋めても、鼻につくような化粧の臭いもむせるような香水の匂いもしなかった。
これはよいものかもしれない。
そう思い始めたジル・ド・レはそこでふと思い当たる。
声は、声はどうだろう。この女も、やはり他の女たちと同じように甲高い声で、下卑た喋り方をするのだろうか。
「ねぇ、何か、何かしゃべってよ」
ねぇねぇ、と抱きついている女の首筋にぐいぐいと顔を埋める。駄々っ子のように。
「アナタはリパのオトモダチ?」
唐突に、彼の顔のすぐ真横からそれは聞こえた。
鼓膜を揺らした音は、不慣れな異国語に舌っ足らずな感じはしたが、不快ではなかった。
これはよいものだ。
「きみは何ていうの。きみはリパのもの?リパのものだったらボクのものだよね!
リパのでなくてもボクのだよね、そうだよね。ねぇ、きみ、何なの。何ていうの」
ジル・ド・レはがばりと顔をあげて彼女の両肩を掴むと彼女の質問には答えず、凄い勢いでまくし立てた。
ジル・ド・レの変貌ぶりに彼女は呆気にとられて驚いていた。
そのうえ耳慣れぬ異国語を早口で言われて、何を言っているのかよく解らなかったに違いない。
だが彼女はそのうちにどうも名前を聞かれているようだと理解したようで、小さく口を動かした。
「ハルヒ」
「? あるひ?」
「ハー、ルー、ヒー」
ハルヒと名乗った女はジル・ド・レの手を取ると、その手のひらに指でアルファベットを綴ってみせた。
「HA-RU-HI・・・、ハルヒ!」
「そう。アナタは?」
「ボクはジル。ジル・ド・レ。リパはジルドレって呼んでる。ハル・・・えーっと、」
「ハルヒ」
「それそれ。ハル・・・ハルも好きに呼んだらいいよ!」
「・・・・・・」
行動が奔放なジル・ド・レは物覚えも自由奔放である。
もう一度訂正してもおそらく変わらないと思ったのだろう、ハルヒが再度口を開くことはなかった。
「ハルー。ハルハルー」
ジル・ド・レは再びハルヒを抱きしめると、彼女の首筋に顔を埋めてすり寄った。
加減なしに体重を預けられたハルヒはそのまま後ろへひっくり返った。
「なぁに?ジルくん」
唯一自由に動かせる手でハルヒはジル・ド・レの髪を撫で梳いた。
髪の間を通り抜けていく指の感覚が心地よく、ジル・ド・レは上機嫌で目を閉じる。
これはいい。これならいい。
これが『女』というものならば
これはたいへんよいものだ。
ジル・ド・レはハルヒの匂いを胸一杯に吸い込んで、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
END
ジルドレとハルヒの初対面的な話。
リパを出そうかと思ったけど出すとギャグ落ちになるので最後までジルドレとハルヒで通してみた。
でもこの後ジルドレは帰って来たリパにひっぺがされるよ!(笑)
これでジルドレがハルヒを人として見てるかっていうとそんなわけはなく、あくまで物質的なお気に入りの域を出ない。
文中で何度も言ってるけど、『女』というモノの中ではこれが一番いいモノだ!という認識。
ハルヒにペタペタ触って確かめるのは、新しく手に入れたものを自分の手に馴染ませる行為と同じ。
ジルドレとハルヒは男女の行為に及ぶことは無いだろうな、ジルドレの中で女にそういうことをするという概念が無いから。
でも裸でいるハルヒに出くわしたら、その感触を確かめるために抱きつきはするだろうな。
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14.01.23.TOWEL・M