間に合わなかった
遅すぎた
これは断罪
君から逃げ続け、目を背き続けた僕への。
だから。
最後に一人で泥棒を。
帰ってくるのがあまりにも遅すぎたんだ。
一日でも、一年でも早く、いやもっともっと早くこの地に戻ってくるべきだった。
君との思い出溢れるこのロンドンへ。
空は鈍色(にびいろ)に濁り、しとしとと雨が降っている。
真っ白な墓石群も、今日はどこか灰色に霞んで見える。
わかる。
これは僕の世界だ。
これから生き続ける、僕の。
きみのいない、
はいいろの、
せかい。
ひとつのちいさな墓の前に辿り着く。
≪バニー・マンダース≫
しっとりと雨に濡れた墓碑にはその名が刻まれていた。
「嘘みたいだ」
ここには彼を示すものが何一つ無い。
清廉された墓石がただ土に埋もれて佇むだけ。
真実味は何処にも無く、何処を捜しても彼に会えないという事実だけが唯一それを証明してくれていた。
「嘘みたいだ」
もう一度呟いた。
何度呟いたところで変わりはしない。
けれどもあまりにも実感が湧かないから、そうするしかないだけで。
「嘘みたいだ」
頭の上に差した真っ黒な蝙蝠傘。
そのさらに上で、ランダムにしかし一定のリズムで雨が落ちてくる。
着ている服もしっとりと水分を含んで。
でも、目の前にある墓石のそれと同じようにはならない。
まっしろな無機物と
さまざまざな不純物質を含んだ僕と
違うものになってしまった、ふたり。
『ラッフルズ』
もう聞こえない
聞けない、呼び声。
指から力が抜けて、傘の柄が手から抜けていく。
くぐもった音がして、背後に傘が転がった。
微風に玩(もてあそ)ばれながら引っくり返って転がる様は、なんとも無様に見えた。
まるで、いまの自分のように。
「バニー」
膝を折ると、ひたりと墓碑に手を置いた。
手を滑る雨の冷たい感触が心地よく愛しい反面、残酷だった。
これはバニーじゃない。
この下で眠ってる
それももうバニーじゃない。
だけど
きっとこれは僕への断罪だから。
だから。
「だから僕は最後に、一人で泥棒をするよ。」
雨がもたらす静けさの中、自分が紡いだその言葉だけが唯一の音のように、僕の耳に届いた。
それから数日後、奇怪な事件が新聞の一面を飾った。
ロンドン郊外のとある墓地の一角の墓が盗まれたというのだ。
墓があった場所にはまるまるひとつ大きな穴が開いており、墓碑も埋葬された遺体もすべて綺麗に持ち去られていた。
時代の古い墓を荒らし遺骨を盗んだりする墓泥棒は稀にあるが、墓ひとつまるまる盗まれるなんて聞いたことがないと
発見者であり墓地を管理する牧師は首を傾げながら答えたと言う話だ。
その後の調べで盗まれた墓はバニー・マンダースの墓で、かつて世間を騒がせた盗賊ラッフルズの相棒であったと知れるや否や、
ラッフルズが生きていて相棒の墓を移したのだの彼をよく思わない者の仕業だなどひとしきり世間では噂が続いた。
だが結局盗まれた墓の行方は要として知れず、この奇怪な事件は未解決のまま人々の記憶から姿を消していった。
それから数十年後、イギリスのある地方の田舎で身寄りの無い老人の遺体が発見された。
都会からその田舎へ引っ込んできたその男は森の中の小屋で一人静かに暮らしていたようだった。
ようだった、と言うのは隣家が離れていた為で、その遠い隣人ですら、たまにしか彼に会うことがなかったからである。
それでも月に一度は顔を見せる彼が姿を現さなかったため、心配に思った隣人が彼の小屋へ訪れ彼の遺体を発見したという次第だった。
遺体は家の裏庭に建つひとつのちいさな墓の前で見つかった。
その墓の存在は隣人も全く知らず、墓碑に刻まれていた名も長年の雨風にやられて読み取れなくなってしまっていたため、誰の墓かはわからなかった。
老人は墓の上に覆いかぶさるようにして倒れて死んでおり、遺体はすでに腐乱が始まっていた。
END
* * *
こっちがバッドエンドバージョン。水仙的にはある意味ハッピーエンド要素も含まれてるんですが。
死んじゃったけど、結局最後まで一緒に居通したので。この話ではラッフルズはバニーの墓守になったわけですな。
最後に一人で泥棒をってフレーズを使いたかっただけです(オイ)
バニーが死んだら、こういうのじゃなくてもラッフルズはバニーの弔いに『最後に一人で泥棒を』やってくれそうな気がするので。
ラフバニは最終巻以降の物語に想像力を掻き立てられますね。
ああでもやっぱ『二人で泥棒』して欲しい。(どっちだ)
ブラウザバックプリーズ!
06.11.20.SUISEN