どんなにあなたに会いたかったでしょう。

 殺すことは、愛すること。
そう宣(のたま)った女性は、いつかどこかで耳にしたことのある科白を口にした。



『 化人(けにん)たち 』



「きみはどうして僕に会いたかったんだい」
「はい?」

 客間の絨毯の上に暖かな日差しが降り注ぐ、冬の日の午後。
“友人”として明智宅を訪れていた二十面相は、ティータイムの穏やかな静寂を破った明智の言葉にわずかに首を傾げた。

「今日はお邪魔でしたか?言ってくださればすぐにでも日を改めましたのに」
「そうでなくて、」

 てっきり今のことだと思っている二十面相に、そうではないと明智が言う。

「きみと初めて帝国ホテルで会ったとき、きみは言ったろう。僕に会いたかったと。何故僕に会いたかったんだい」

 そのときの話だったかと思うと同時に、ずいぶん昔の話を引き出してきたものだと二十面相は思った。

「またずいぶんと懐かしいことを・・・・・・。それを言うなら明智先生だって、
私に会いたかったと仰っていたじゃありませんか。どうしました?そんな昔のことを尋ねてくるなんて」

 明智との昔話に花が咲くこともあるにはあるが、何だか幾分話題が唐突だった気がして、
二十面相は自分の正面でどこか難しい顔をしている明智に問うた。

「いや・・・最近同じようなことを言われてな。それで、お前が昔言っていたのを思い出した」
「最近、と言いますと」
「愛することは殺すこと。そう言った、蟷螂の女(ひと)に」

 嗚呼、最近紙面を騒がせた、あの貴族殺人鬼か──
ここしばらくどの新聞も一面トップで扱っていた、愛人を立て続けに殺した元侯爵婦人。

「愛することは殺すこと、ですか・・・また極端ですねぇ」

 二十面相の言葉に、明智は呻くように同意した。

「あんなに理解できないものに出会ったのは初めてだ。五十にもなってね。愛情の極致のあらわれなのだそうだ」
「殺すことが、ですか」
「愛しいあまりに抱きしめるのだそうだ。頸(くび)を、ね」

 愛しいあまり抱きしめたくなるのは解る。
 だがその方法では一人につき一度しか愛せない。

「なるほど、それは確かに愛人がたくさん必要な愛し方ですね」

 愛情の極致で相手を絞め殺すことで充たされる心。
 しかしそれも一人の相手につき一度きりの絶頂。
 彼女の心を充たすためには、彼女はまた次の愛人へと手を伸ばさなければならない。

 愛して、愛して、愛して。
 殺して、殺して、殺す。

 それはなんて不毛な、なんて非生産的な愛なのか。

「彼女は言った。僕に会いたかったと。
彼女の犯罪を暴いた僕に敵意を向けるでもなく、むしろ彼女の瞳には僕への好意があった」


 どんなにあなたに会いたかったでしょう。


 そう言った大河原夫人の表情(かお)が、昔のきみと重なった。
などと言えば彼は怒るのだろうなと明智は思った。

「私は彼女の異常な愛情表現は微塵も理解できませんし、
したくもありませんが・・・貴方に会いたかったという気持ちは、解らなくもないですね」
「え?」

 二十面相の言葉に、明智は怪訝そうな顔をする。

「普通の人ならば目を背けたくなるような内の醜悪を、貴方は直視し、暴き、さらけ出してくださる。
そう、本人もまだ知らなかったようなことさえも。上っ面だけなら誰でも暴けます。
一番醜いところを見てくれる貴方という人は、我々のような化人たちにとって恐ろしくもあり、また魅力的でもある」

 ヒトの形をしていながらそうではない者たちは、常に生きるために人の振りをし続けなければならない。
 それは決して容易なことではない。
 その他大勢の中で、化人たちは声にならぬ声で叫ぶ。



 ──ここにいるぞ

(正しいって、いったいどういうことなのでしょうか)

 ──ここにいるぞ

(多数決なのでしょうか)



 けれど道行く人々にその声が届くことはない。



「見破って欲しかったと、彼女もそう言っていた。もし折りがあれば、自分のことをもっと詳しく聞いて欲しいと」
「それはそうでしょうね。でも、それは戴けません」

 間髪入れずに響いた肯定とぴしゃりとした否定に、明智は短く何故と問う。

「彼女はもう明智先生のことを深く愛しておいでだ。
“折りがあれば”先生のことを抱きしめて、頸をしめて殺してしまうでしょう。それが私には戴けない」

 それに、と二十面相はさらに言葉を紡いだ。

「それに、貴方に話を聞いて欲しい化人は、彼女だけとは限りませんよ」

 まずは目の前の怪人の話を聞いてやってはくれませんかね。
にっこり笑ってそう言う二十面相に、明智は呆れとも安堵とも言えないため息を吐いた。

 お前の相手ならば、それこそ何年もしてやっているだろう、と。



 その通りですわ。

(いつも頸がしめたいのです)

 あなたを愛していますわ。

(抱きしめて殺したいのです)



 客間の床に落ちる冬の日差しの中に、明智はあるはずのない蟷螂の白い羽が煌めいた気がしてならなかった。

 

 

 

END

 大河原夫人の独白シーンが好き過ぎてパーンッしました。
ウチのジルドレも、きっとこんな犯罪者心理だろうな。

 

 

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14.01.21.TOWEL・M