『兇器』のあとで
「お顔の色が優れませんね」
庄司巡査部長が暇を告げ、誰もいなくなった客間で明智に声をかけた者がいる。
明智がうろんげな目を動かすと、窓辺のカーテンがふわりと揺れ、黒衣の男が現れた。
言わずと知れた、二十面相である。
明智と相反する立場の彼であるが、事件で直接対立することさえ無ければ
こうして馴染みの友人のように明智を訪ねてくることがあった。
明智もそれを承知しているので、取り立てて彼に何を言うわけでもなく、視線を外した。
二十面相もそんな明智の様子を気にしたふうも無く、アームチェアに近づいてきた。
「お疲れならば、ソファかベッドで横になられては」
そう言いながら二十面相がしゃがみ込んで見上げた明智の表情は、酷く沈んでいた。
肘掛けに置かれたままの明智の手に、二十面相はそっと自分のものを重ね合わせた。
「先生、老いるのは悪いことではありませんよ」
「判っている」
間髪入れずに返ってきた応えに、二十面相は思わず噴き出した。まるで、拗ねた子どものようだと、
「……何を笑う」
二十面相の反応が面白くなかったのだろう。実際明智は拗ねた表情を見せた。
とうに五十を越した彼だが、人なつこい面立ちのせいかそんな顔が幼く映った。
「いえ……」
そのようなところは、まだお若くていらっしゃる。
とは言わないでおいた。ここでいよいよへそを曲げられても困る。
いたわるように宥めるように明智の手を撫でていると、ふとそちらに目を向けた明智が声を漏らした。
「きみの手か?」
視線の先には、纏うものの無い生身の手。
「ええ」
「珍しいな」
いいのか、隠さなくても。
生身の手が示す情報は多い。それこそ『老い』などは手を見れば判ると言われるほど。
いまはこうして穏やかに過ごす間柄でも、事が起きれば宿敵同士。
二十面相にとっては文字通り手の内を見せているであろうこの状況を、明智は指摘した。
「貴方と一緒にいったい何年遊んでいると思っているのです?
出会いはじめの頃ならばいざ知らず、いまさら何を隠すほどのこともないでしょう」
「確かにきみとの年月を考えれば、隠しごとなど今更か。……しかし僕はきみと遊んだ覚えはないんだが」
どちらかと言えば小林くんたちと遊ぶことが多いんじゃないのかね。
どこか意地の悪いことを言う明智に、二十面相はため息を吐いた。
珍しく沈んでいる彼を慰めようと思えば、もうこれである。
ふと気づけば明智の手を撫でていたはずの二十面相の手は、彼の手のうちであそばれている。
「とは言え、歳の割にずいぶんと若い手をしてるじゃあないか、きみ。アンチエイヂングかい?」
「……先生こそ。五十過ぎとは思えない好男子でいらっしゃる」
まだまだ女性におもてになるんでしょうねぇ……腹立たしい。
沸き上がった感情を隠すことなく吐露する行動──この場合は明智の頬をつねった──をすると、
二十面相は明智の抗議の声も後目にさっと身を翻した。
「老いを嘆くならば、小林君にまかせっきりにしていないで少しはご自分でも動いてください」
「老いては後進に道を譲るものじゃあないか」
客間から出ていこうとした二十面相の歩みがそこでぴたりと止まる。
「……若い者の相手も楽じゃ無いんですよ」
ため息のようにこぼされた言葉に、今度は明智が噴き出す番だった。
END
明智さえ出てくれば行間という行間に20が潜んでるんだなということがよーく分かりました(笑)
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14.01.21.TOWEL・M