*芦辺拓の贋作『黄昏の怪人たち』のその後です。

 

 咄嗟(とっさ)に自分で跳躍したのか、放り出されたのかは分からない。

 気がつけば爆音と共に立ち昇った炎を逆さまに見ていた。

 爆風に身体も意識も飲み込まれる中、獣の断末魔を聞いたような気がした。

 

 

『黄昏の後で』

 

 

 眼を開けたのが先だったのか、意識が浮上し始めたのが先だったのか。

 二十面相の体は黒々とした葉が生い茂った枝の上に引っかかっていた。

 目覚めて暫くはその焦点は定まらず、鬱蒼と茂った針葉樹の闇をぼうとして眺めていた。

 闇と影の切れ間から、切り立った崖の上に山道のガードレールが見える。

 月でも出ているのだろうか。遠くに見えているはずなのに、そのシルエットがよく分かった。

 人間豹・恩田はどうなったのだろう、明智はどうしただろう。

 草小路邸で明智を狙った恩田の暴走車を思い出す。

 恩田がそれを使って逃走するのを見越して先に忍び込んでおいたのだが、

明智に狙いを定めたと知ってハンドルを奪い、思いきり切った直後に恩田に突き飛ばされてしまったので明智の無事を確認できなかった。

 俊敏な彼のこと、大丈夫だろうと思ってもやはり気になる。

 怪我などしてなければいいのだが。

 それにしても、

「・・・・あの、高さから落ちて、炎上にも巻き込まれずに済む、とは」

 私の悪運にも、ほとほと感心してしまう。むしろ呆れるほどに。

 だがしかし、この不安定な場所から如何して抜け出し、助けを呼ぼうか。

 そもそも四肢は無事なのか。

 のろのろと身じろぎ始めたところで、身体が不安定に揺れた。

 抜け出す手間は省けそうだが、今いったいここはどれ程の高さなのだろうかと二十面相は傾(かし)いでいく身でぼんやりとそんなことを思った。

 いくら徒手空拳に長けているとはいえ、さすがに今ばかりは着地も受身もできそうになかった。

 案外これが致命傷になりそうだと思っている間に身体を支えていた支柱がメキメキと音を立てて折れた。

 叩きつけられる衝撃を思い、反射的に息を詰めた。

 

 

 辺りはもう暗かった。

 この山中では針葉樹が重く茂り、その影がますます以って濃い闇を生み出していた。

 警察は今日の捜査を打ち切ったが、明智は一人現場に残っていた。

 人間豹・恩田の無残な遺骸は燃え落ちた車内から発見されたが、二十面相はそこにいなかった。

 追跡するパトカー内で確かにその姿を、車が崖に飛び出して行く瞬間まで捉えていたのだから

彼が恩田や車と共に崖下へ落ちたのは確かである。

 考えられるのはガードレールを越えたときに車外へと放り出されたか、あるいは落ちた車の下敷きになって今も其処にいるのか。

 未だ放置されたままの、黒焦げて巨大な鉄屑と成り果てた車を眼前に浮かんだ己の考えに、明智は寒気を覚えた。

 恩田の遺骸こそ回収されたものの、場所が崖下とあって今日のうちに車を引き上げるまでには至らなかったのである。

 暗い推測を招く要素はなるべく取り除いておきたかった明智にとって、その残骸の下を確認できないことが忌々しかった。

 恩田の断末魔などどうでも良かった。

『私を心配してくださったのですか?』

 自分を揶揄う二十面相の声。

 そんな彼の声を、あの時ほど聞きたいと思ったことは無いだろう。

 無論、今も。

 脳裏を掠める厭な考えを振り払うように踵を返すと、そこに広がる針葉樹の森の闇へと足を向けた。

 車から放り出され、あの爆風に吹き飛ばされたとするならばこの森の方へと飛ばされた可能性が高い。

 勿論警察にもこの一帯は捜索してもらったが、そのときは何も成果は得られなかった。

 だが薄暗く生い茂った針葉樹林のこと、見落としがあるかもしれないと、明智は単身二十面相を捜すことにしたのだった。

 暗い森の中に踏み込んで、どれほど経った頃だろうか。

 不意に明智の頭に何か小さなものが落ちてきた。

 何とは無しに視線を足元に落とすと、小さな釦が目に入った。

 素早く拾い上げたそれは、袖口を留める釦のようだ。

 まだ新しいそれを見つめた後、落ちてきた軌跡を辿るように上を見上げた。

 鬱蒼と茂った針葉樹の葉の影が重く垂れ下がっている中、形状の異なる影がひとつ垂れ下がっているのに眼を留める。

 先端が五つ程に分かれていて・・・まるで手のようだと思ったところで明智はハッと息を呑んだ。

 垂れ下がる木々の枝葉の間からだらんと下がったそれは、人の手だった。

 そうと分かるや明智はその垂れ下がった手の真下に駆け寄った。

 見上げた先に眼を凝らすと、枝葉の上に横たわる人影が見て取れた。

「・・・・ッ、」

 二十面相!

 明智が叫ぼうとしたそのとき、枝が重い音を上げた。

 

 

「・・・?」

 少なすぎる衝撃に、二十面相は固く閉じていた目を開いた。

 剥き出しの岩肌か、下手な場所ならば更なる崖下へと真っ逆さまと思っていたのだが

身体の苦になる衝撃はひとつも感じられなかったことを不思議に思う。

 同時に温かみを感じた。それは背中──つまり己の体の下で。

 まさか森の獣の上に落ちてしまったのかと何とも言えない厭な気分になる。

 確かめようにも容易に身体を動かせる状態ではなく、どうしようかと思案していると体の下の温もりが蠢いた。

 このまま体の下から這い出して、勝手にどこかへ行ってくれると有り難いんだが。

 そんな二十面相の思惑とは裏腹に、這い出してきた温もりは事もあろうか彼に話しかけてきた。

「おい、しっかりしろ」

 熊だったら嫌だな、とは思いはしたが、誰もまさかこんな状況で宿敵だったら嫌だな、なんて思わないだろう。

「おい、二十面相、」

「──あけ、ち・・・?」

 暗い視界にぬっと現れた影──目が慣れるとそこには不機嫌そうな明智の顔。

「僕じゃなかったら何なんだ。熊が話しかけるとでも思うのかお前は」

「そうは───・・・」

 思いませんけれど。続けようとした言葉は掠れて空を震わせただけで音にならなかった。

 二十面相の震えるだけの唇を明智はじっと見ていたが、ややすると徐に立ち上がった。

「明智、」

 自由の利かない二十面相の身体に肩を貸して。

「いつまでもこんなところで寝っ転がってるわけにもいかんだろう。熊にでも遭ったらそれこそ剣呑だ」

「しかし、」

 明智の歩く速度に追いつけず、二十面相が体勢を崩して倒れそうになる。

 そこで明智は自分が急いていたことに気づく。

「警察の捜索隊が見つけたのならお前の身柄は警視庁行きだが、いまお前を見つけたのはこの僕だ」

 今度は二十面相が歩むのに合わせて足を踏み出す。

「・・・・・それは、」

 不本意ですね、という後に続く言葉はやはり怪人の唇を震わせただけで音になることは無かった。

 

 

 

END

USBファイルを漁ったら打ちかけが出てきたのでそれとなく仕上げてアップ。
ファイル名には『20明智20』とあるからこれでも20、攻めらしいですよ(ぇぇぇ)
この後の明智邸での療養ではおかゆを自分で食べる、食べさせるの攻防が繰り広げられたに違いない(爆)

ブラウザバック!

11.07.15.TOWEL・M