A・J・ラッフルズ、南アにて生死不明。

 

 死んだんなら、もう三度と出てくるな。

 それが世の為、ヤードの為だ。(仕事が増える)

 

 もしも、生きているのなら。

 さっさと帰ってきやがれ。そして、一緒に消えちまえ。

 

 ───それが、お前の相棒の為だ。

 

 

 

『最後に二人で逃走を』

 

 

 

「で、その様子だとまだ不義の相棒からの連絡は無いのか」

「ふ、不義って・・・・」

 仄かに湯気の立つカップを二つ、トレイに載せてやって来たラッフルズのかつての相棒、

バニー・マンダースは危うくそれらを床にぶちまけそうになった。

「別に間違ってないだろう。ったく生きてるならさっさと戻って来いって話だよな。とっとと監獄にぶち込んでやるのに」

「ま、マッケンジー警部・・・・それは・・・」

 差し出されたブラックを一口飲んでそう言うと、優な男が何とも返答しがたいとでも言うように口篭った。

 ラッフルズを船上にて追い詰めた一件以来、自分は何故かすっかり国外逃亡専任扱いにされてしまったようで

一年の大半を港か海の上で犯罪者の尻尾を追いかける破目になっている。

 そうしてたまの帰還の際には必ず立ち寄るところがある。

 バニー・マンダース。ラッフルズの相棒だった男だ。

「こっちはお前が続巻を出すまで奴が戻ってきてたなんてちっとも分からなかったぜ。

しかもまた奴はお前を残して失踪か。ああ、腹の立つ」

 船上で捕まえた時だってそうだ。

 奴は海中に身を投げて、結局奴の罪はこの男が償う形となった。

 捕らえる立場としてはこれほど面白くないことも無い。

「ラッフルズは一つ所に留まっていられないから・・・」

 だのにコイツと来たら奴に文句のひとつも零さない。

 むしろ弁解に回る。今となっては二度もお前を置いていった男だろう、それは。

「お前・・・たまには奴に対する不満とかぶちまけようとか思わないのか?」

 怒りを通り越して最早呆れてしまった俺に、この優な男は何故か焦ったように口走る。

「え・・・ええ?そ、そんな彼の役に立てたことなんて、数えるほどしかないのに・・・

それだって、彼はそう思ってないかもしれない。なのに不満なんて・・・それに、」

 

 あのときは、彼が目の前にいる。

 戻ってきて、其処に居る。

 ただそれだけで良かった。

 

 拭えぬ憂いが印象的なその顔に、ふと更に影が差す。

 あのとき、と言うのはラッフルズが再び倫敦に戻ってきたときのことだろう。

 たった一人残されて、身代わり同然で服役させられた身だというのに。

 帰ってさえくれば、恨み言も無いというのか。

「はァ・・・・そんなんだから、様子を見に来ずにはいられないんだろうなァ、俺は」

「・・・・・すみません」

 申し訳無さそうに肩を竦めて縮こまる相手に、気にするなと言いつつ深い溜息を吐く。

 優で、いつだってその顔から憂いが消えることも無い。

 すぐにでも目の前から崩れ落ちてしまいそうな哀れな片割れが気になって、

気づけばこいつのところへ都度立ち寄るのが常となっている。

 前科モノに肩入れなど、公僕にあるまじき行為かもしれないが仕方ないではないか。

 恐らく───この男には本当は罪など無いのだろうから。

 本当に罪作りなのは、姿をくらましたあの男。

「ったく、お前がこういう奴だということはあいつの方が百も承知だろうに───

目の前に居るだけでいいって言ってんだから、さっさと帰ってくりゃいいのにな。

それで一緒に消えちまえ。俺に気苦労かけさせないように」

「え・・・え、えええ?」

 それしか言えないのか、お前は。

 おどおどと、意味の成さない音の羅列しか吐き出さない挙動不信な男を尻目に、俺はそろそろ仕事に戻ると言い残してその場を辞した。

 男は何のお構いもせずすみませんと戸口まで見送ったが、その顔には憂い、哀しさ、淋しさ───何でもいい。

 何でもいいが、とにかくそういった此の世の一切の負を背負っているように見えた。

 

「・・・・帰って来てやりゃあいいのに、な」

 先ほど見たバニー・マンダースの表情とは打って変わって、見上げた空は澄み切って、青い。

「英国一の紳士強盗、肝心の相棒を放っぽって何してるんだ?」

 遣り切れない溜息を零して、歩き出す。

 

 ───これが、バニー・マンダースへの最後の訪問になるとも知らずに。

 

 

 それからまた数ヶ月間、俺は船上の人となって飛び回っていた。

 俺は一体、年に何度大地の上にしっかりと足をつけて立てているのだろうか。

 船から下りても身体はまだ揺れている───ああ、勘弁してくれ。

 乗船後特有の後遺症に、俺は手で顔を覆った。

 このまま自宅に帰って休みたいところだが、面倒なことにこれからヤードに行って報告書を出さなくてはならない。

 明日だって構わないだろうに───

 ぶつくさと文句を頭の中で繰り返しながら、ヤードへと向かった。

「あ!マッケンジーさん!お帰りなさい!」

「よう、ホプキンズ。お前はいつ見ても若いな」

 ヤードの捜査課に入るなり真夏の晴天のような笑顔で出迎えた後輩に苦笑を浮かべながら答える。

 当の相手は『若いって、ブラッドだって若いですよ』と見当違いな事を述べては首をかしげている。

 あんなホラ吹きを引き合いに出す時点でいろいろ間違っているのだが。

「あ、そういえばマッケンジーさん宛にお手紙が届いてますよ」

「俺に?」

「マッケンジーさんの机の上に置いてあるんで───あ、僕これから現場なんで失礼します!」

 己の仕事を思い出したのか、ホプキンズが急に慌てた様子で踵を返した。それに「おお、」とだけ返して自分のデスクへと向かう。

 手紙なんて───なんで、家によこさねぇんだ?

 急ぎなら船に電信だろうし・・・何故に捜査課に。

 首を傾げつつ、確かに己の机上に置かれた一通の手紙を見つける。

 何の変哲も無い、普通の手紙。けれども差出人の名前が無い。

 ますます訝しく思いながら、一体誰で何の用件だと眉間に皺を寄せつつそれを開封した。

 

 

 ───マッケンジー警部殿

 

 大変、お久しぶりにございます。

 貴殿の活躍は、本国を離れてからも度々耳に挟んでおりました。

 斯く言う私も、船上では貴殿のお手並みにすっかりお世話になった口ではあるのですが───

 それに関してのお話は、すでに英国民の大半が既知していることですので、ここでは敢えて差し控えさせて戴きます。

 

 さて、この度貴殿にお手紙差し上げたのは、我が相棒、バニー・マンダースの件についてでございます。

 不本意ながら私が彼の傍に居られない間、貴殿が度々彼を見舞ってくださったこと。大変有り難く、思いまた感謝の意を申し上げます。

 

 しかし今回、私が英国に帰国するにあたりまして最早その必要が無いことをここにご報告いたします。

 

 大変急で、また身勝手ではありますが、今や英国ではラッフルズ冒険譚の著書として知られる作家、バニー・マンダースを

私は国外へと盗み出すことに致しました。

 前回の轍を踏まぬよう、貴殿の帰国と入れ違いに我々は出立いたしますので、

これを貴殿が読んでおられる頃には我々は既に船上の人となっていることでしょう。

 私の相棒に目を掛けてくださった方に挨拶も無しに旅立つのは私としては大変心苦しいのですが、如何せん

貴殿もご承知の通り、貴殿のご職業と私の功績を考慮いたしますとどう致しましても貴殿と私の謁見は困難極まりないことは明白であり、

この点については貴殿も同意して下さることと思います。

 お疲れのところ、これ以上長く申し上げることもないでしょう。

 

 あまりにも簡単ですが、これを持ってA・J・ラッフルズ、ならびにバニー・マンダースの退場とさせて戴きます。

 

 貴殿のこれからのますますのご活躍とご健勝を祈って。

 

 ───英国の紳士強盗、A・J・ラッフルズ

 

 

 あまりにも意外な人物からの手紙と内容に、ただ呆然とその場に立ち尽くした。

 さらに、本文の他にもう一枚、添えられていた小さな便箋に目を移す。

 

 

 ───追伸

 これがA・J・ラッフルズ、最後の犯罪となりましょう。

 最後に二人で逃走を。

 

 

「あっはははははは!!やられた!!」

 いきなり大声で大笑した俺に、何事かと捜査課の連中が目を向ける。

 だが俺はそんなことはお構い無しに腹を抱えて笑った。

 そのままの勢いでどっかりと椅子へと腰を下ろす。

「やれやれ。まんまと逃げられた」

 しかも、俺の言ったとおりになってしまった。

 確かにラッフルズは帰ってきた。だが、その姿は相棒と一緒に消えてしまった。

 今からでも、追おうと思えば追えるだろう。それこそ、手当たり次第に出航した船に電信を送れば。

 勿論、そんな気はしないが。

 向こうから退場する、と言ってきたのだ。

 既に伝説となりつつある男を、わざわざ現実に引き戻してまで捕らえに行くこともないだろう。

「だがまあ。しかし」

 

 あの憂い顔が、一点の曇りも帯びず笑う様が見れなかったのは少々心残りだな───

 

 記憶に残る儚く悲しさを称えていた男の顔を思い出して、俺は少し苦笑いを浮かべた。

「まったく、さすがは泥棒。好いトコ盗りだ」

 もう一度手紙の内容に目を落とすと、俺はそれを屑箱に破り捨てた。

 それから姿勢を正して机に向き直ると、報告書を書くため、何事も無かったかのように万年筆へと手を伸ばした。

 

 英国一の紳士強盗の伝記者失踪を新聞がこぞって取り上げるのは、それから一週間ほど後のことだ。

 

 

 

END

 なんかマッケンジー→バニーみたいに・・・!!
 いやでも一人残されてラッフルズの身代わり同然になったり戦場でも置いてけぼりくらって一人戻ってきたバニーを
 マッケンジーは気の毒に思ってればいいよ!ふとアイツどうしてるかなァとか思い出して、様子を見舞ってればいいよ!
 でもオチはラフバニ。ラッフルズの出てこないラフバニ・・・!
 いやもうラッフルズ、実は影から見ててこのままだとバニーが危ない!とか思って即行動に移してれば好いよ(笑)
 バニーはラッフルズが居るだけで幸せなので、急に目の前にラッフルズが現れても嬉しいだけなんです(爆)
 そしてそのまま新婚生活!ナポリで新婚生活!バニー女装させちゃったりしてね!(ぇ)
 しかしラフバニ・その後の話が好きだなぁ自分・・・!(笑)

 あとまだマッケンジーのキャラは固定じゃないので、喋り方とかまた変わるかもです。
 今回はなんか砕けた感じで自分でも意外(笑)

 

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 09.08.08.TOWEL・M