森閑とした住宅街。

 月明かりだけが煌々と降り注ぐ中で二十面相もとい平吉はふと思い出したように呟いた。

 

「センセたち、無事に逢えたかなぁ」

「人の家の庭先で、何を呆けている」

 

 見上げた月が思いのほか綺麗にまんまるだったことに、平吉がいつもの悪い癖で見惚けていると、この邸の主の膝が後頭部を強打した。

 

 

 

『此岸にて』

 

 

 

「何も蹴ること無いだろう、明智先生・・・・・」

「こんな真夜中に人の家の庭先に突っ立ってたんだ、文句は言えないぞ」

 カチリという音と共にパッと辺りが明るくなる。

 塗りつぶされた夜の闇から姿を現したのは明智の書斎──明智邸の庭先で探偵に膝蹴りを食らった平吉は

今夜は私情だと述べると呆れられつつも邸内へと上げられたのだった。

「で、何の用だ」

 明智が書斎机の椅子へドッカと腰掛け前を見ると、平吉はまだ後頭部を擦って尾を引く痛みを宥めているところだった。

「んん、あぁ、いや。大した用じゃ無いんだが・・・」

 男にしては少し伸ばし気味の髪を掻き回しつつ平吉は視線を泳がし、今更ながらに座ってもいいかと来客用のソファを指差した。

 好きにしろと明智が視線だけくれてやると平吉はストンとソファに腰を下ろし、またあの夢中を覗いているような目をしてみせた。

 そのまま暫くどちらも沈黙したままだったが、やがて平吉が口を開いた。

 

「先代がな、亡くなったらしい」

 

 まるで謳うかのようにぽつりと零された科白に、ピクリと明智の眉が上がった。

 平吉の言う先代とは初代二十面相───丈吉のことだ。

 平吉の目の前に居る明智がまだ小林と言う名の少年だった頃、初代明智と共に追いかけていたのが初代二十面相だ。

 ある事件以来生死不明だったが、その後平吉が初めて怪人二十面相を名乗った事件の際に再会を果たし、

最終的には平吉の母と共に異国へと渡っていった。

 そしてそれから、随分と長い歳月が経っていた。

「確かなのか?」

「俺のところに入ってきたときは風の便り程度だったが、その後確かな筋からの連絡があった」

「そうか・・・」

 またそれきり、二人は沈黙した。

 気まずい静寂ではなかった。

 むしろ二人を包むこの静寂の中に、追悼すべき死者たちがいた。

 口を挟むのは、むしろ無粋と言える行為であった。

 不意に明智が立ち上がり、傍らの硝子棚を開けるとグラスを二つと洋酒を一本取り出した。

 平吉の向かいに腰を下ろすと、二つのグラスにトクトクと酒を注ぎ、満たした。

 グラスに注がれる飴色のそれを眺めて平吉は綺麗だ、と零した。

「───悼むのか?」

 平吉が再びぼんやりと呟いた。

 明智の、二十面相に対する狂気とも言える憎悪を平吉はよく知っているつもりだ。

 常の事件以外にも条件付や交渉、取引を交わす上で──そしてごく稀にこういった私情も挟む──

明智とは同じテーブルの席につくことは何度かあったが、その度に彼には歪んだモノを感じていた。

 探偵としての高いプライドと、二十面相に対する憎悪。

 それらが執拗に絡み合い、一応『正義』に枠されるはずの探偵であるはずの彼が、平吉には恐ろしい魔に見えるときが度々あった。

 だから、明智のいまの行動が平吉には意外で思わず尋ねたのだ。悼むのか、と。

 あれほど憎んでいた相手を悼むのか、と。

「そりゃ、君、憎いさ。出来れば自身の手で僕が味わわされた屈辱以上のものを味わわせてやりたかったさ。

 だが、先代二十面相にそれを出来るのは先代明智だけだ。目と目を合わせ、火花を散らすのは二十面相と明智、だ。小林では有り得ない」

 それに、と明智は続けた。

 

「それに───死んだんだろう。死ねば善人も悪人も無い。百年の憎しみも醒めるさ」

 

「そういうものか」

「そういうものだ」

 そうか、と平吉はそこで言葉を切った。

 明智が酒の入ったグラスを掲げる。

 それに合わせて平吉もグラスをゆっくりと持ち上げる。

 

 明智が言う。

 

「在りし日、最も名高き怪盗に」

 

 平吉が言う。

 

「在りし日、最も名高き名探偵に」

 

 互いに悼んだのは、互いの師の宿敵。

 

 

『安らかな眠りを』

 

 

 日もとうに替わった深夜。

 グラスの交わる澄んだ音が小さく響いた。

 

 

 

END

 北村想版二代目20と明智。先代二人を悼んで。
 二代目明智は足癖の悪いツンデレです(ぇ?!)
 二代目20は真面目ボケ。明智が気に障ったと言えば素直に謝りに行く大ボケ。
 そんな平吉にさらに明智は腹を立てて足蹴にしてるといい。
 あ、言っておきますが20明智ですよ?(笑)

 

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 09.07.28.TOWEL・M