書き物のネタを頂戴したくて明智の下へと顔を出した。
今では素人探偵としてすっかり世間にその名を知られるようになった男は
私の姿を見とめるや否や、押し売りがやって来たとでもいうような渋面を見せて私を出迎えた。
『私はいつまでこの男を探偵として描けるのか』
「何か面白い話は無いかね」
「君、他に言うことは無いのかい?」
明智の部屋に通されるなり開口一番私がそう言うと彼が呆れ混じりにそう言ったので、
はて彼に何ぞ詫びる事でもあっただろうかと頭を巡らせた。
「此処に来る度にそればっかりじゃないか。たまには君の口から語る話も聞きたいよ、僕は」
どうも真面目に見当違いを起している私を見かねて呆れた調子は変えずに彼が言う。
ああ、と合点がいった私は何食わぬ顔でそれに返した。
「別に話しても構わんよ。作家山師どもの与太話ばかりだがね。私にしたって急ぎたいわけじゃないんだが、
どうにも横溝が煩くてね。自分だって書けるんだから、他人に頼まなくたっていいだろうに」
原稿をしつこく催促しては執筆を促してくる盟友を思い出し、少しばかり眉間に皺を寄せる。
「煩くしないと書かんのだろう、君の場合」
明智に図星をつかれ、押し黙る。だが、開き直りも早い。
「で、何か面白い話は無いかね」
「・・・・・・・・」
結局再び巡ってきた問いに、彼はひとつ間を置いて業とらしく大袈裟に肩を落としてみせた。
「やれやれ、仕方が無い・・・それじゃあ屋根裏の物好きの話でもしようか」
「屋根裏か、へぇ。ちなみに私は子供の頃に屋根上を散歩したことがあったよ」
「・・・・・ならその話を書けばいいじゃないか」
ムッとして声音を下げた彼に、私はいいから早く、と話をせがんだ。
「・・・・まあそういうわけで、僕は郷田が犯人だと突き止めたわけだ」
「君は相変わらず人の心理を突くのが巧いのだね。しかしカマをかけるとは」
「全ての事象は彼を指差していた。だが確証が無かった。自分の推理が正しいかどうか、それを知りたかっただけさ」
退屈のあまり屋根裏を徘徊するという奇行に興じ、遇たる機会からさして理由も無く殺人を犯した郷田という男の話と
その事件での彼の推理を聞き、凡人の私はいつものように彼の知己に感服していた。
「それで?その後、郷田はどうしたのだい?」
君のことだ、とくに警察に知らせたりはしなかったのだろう?
明智は犯人逮捕に興味が無い。彼が得たいのは真実のみだ。
それを分かっていたから、私は犯人のその後について明智に尋ねた。
「さあてね。僕はすぐその場を立ち去ったからね。あの分だと自首でもしたんじゃないか」
「だが、それならば新聞に載るのではないか?彼が君の名を出さなかったとしても、奇怪な事件だ。小さくとも新聞の話題には為ろう」
肩を竦めて答えた明智に、私は純粋に疑問を投げかけた。
私の趣味の一つに、新聞記事の切り抜きというのがある。
そんな話のネタになりそうな記事を、見逃す筈は無いと思うのだが。
「じゃあ、自首しなかったんだろうさ」
明智もそれを知ってか、少し目を眇めて面倒くさそうにしている。
「しかし君はそれ以来郷田に会っていないのだろう?」
「会っていないというよりは、会いに行ってない、かな。・・・しかし否に食いつくじゃないか」
「結末をどう結んだらいいのか分からないからね」
「適当に結べばいいだろう。それこそ、僕に罪を暴かれてその場で自殺した、とか」
はて、と思う。
どうも明智は郷田の行方を知らないというよりは、喋りたがっていないように見えるのだ。
ああ言えばこう言うではないが、事実先ほどから私たちの遣り取りは受け取って投げ返すというよりはただ投げ合ってるようにしか思えない。
郷田に自首する気があったようだと言いながらその行方について、明智が私の抛った言葉を受け取りたくないのは何故だ?
「なあ、君」
「何だい」
呼びかけてから、ふと言葉を切る。ここで明智の言うとおりの結末で終わらせるか、と折れることも出来るのだ。
だが、私は敢えて訊くだけ訊いてみることにした。
「君、ひょっとして郷田が自首しなかったことも、いま何処で何をしているのかも、了見しているのではないか?」
明智の沈黙は、彼にしてみれば長かった。
私の発言を聞いた途端、彼の茶色に灰色が薄く引かれた瞳がすうっと細められた。
微塵の動揺も感情も浮かばぬ目に、私は内心肝を冷やしていた。
普段は柔和な笑みで取り繕ってはいるが、それが決して本性ではないことを、短いながらも付き合のある私は充分すぎるほど知っていた。
「・・・・・・探し物があって、ね」
ややあって彼は絡みまくった髪をさらに引っ掻き回しながら口を開いた。
途端、凍っていた空気が動き出し、私は知らず止めていた息を吐き出していた。
「屋根裏を徘徊するなんて奇行、お江戸の昔はともかく今じゃなかなか遣って退ける奴も居ないからね。
情報収集の手段は幾つあっても事欠かない。とくに僕のような稼業の者は」
「つまり郷田を情報収集の手として雇ったのだな、君は」
なるほど、と頷いて私は納得の意を示して見せた。
確かに、彼ほどの探偵となれば情報収集の手段は事欠かないだろうがそれも彼一人では限界があるだろうし
正規の手段を用いるにしても警察の持っている情報など、彼からしてみれば既知なものが多いに違いない。
有効に使えるものはそれこそ犯罪者であっても使う、ということなのだろう。
「蛇の道は蛇、犯罪者の道は犯罪者というわけだな」
得心も行き、すっきりとしたところで立ち上がる。
「もういいのか」
「ああ、話も聴いたしね。これから戻って早速書くことにするよ」
横溝も煩いことだしなと付け加え、帽子と外套を身につける。
「平井、」
その様子を眺めていた明智に名を呼ばれ、一瞬そちらに顔を向ける。
「結末はどうする?」
珍しく伺うように訊いてきた明智を一瞥し、私は背を向ける。
「君が立ち去った処で終わらせればいいさ」
「それだったら郷田の詳細なんか最初から訊かなくても良かったじゃないか」
すぐ背後から明智の声が聞こえてくる。見送るつもりなのだろう。
「喋りたがっていないものを訊きたいと思うのは人の心理だと思わんかね?」
廊下に出、玄関に向かう。背後の様子を見れば彼は何とも面白く無さそうに髪を引っ掻き回していた。
「そういえば」
靴を履き、ステッキを手にしそれじゃあと挨拶しかけたところで私はあることを思い出し、もう一度明智を振り返った。
「君の探し物って何だい?」
「は?」
「さっき言ってただろう?探し物があるって。その為に郷田も使ったのだろう?」
「・・・・・・・」
本人にしてみれば言った自覚が無かったのか、単なる呟きであったそれにまさか私が食いついてくると思っていなかったのか。
とにかく、明智は今日一番の失言であったとでも言うように酷く苦い顔をして視線を逸らした。
「まあ、いいさ。それについてはまた今度の機会に尋ねる事にしよう」
「忘れた頃にやって来てくれ。答える気は毛頭無いんでね」
余程言いたくないらしい。眉間の皺をいっそう深く刻んで、憎々しげに言い放った。
「ふうん、そうか。では失礼するよ」
扉を閉める瞬間、二度と来るなと言われた気がしたが既にそう言われてから何度と無く彼の下を訪れているので気にすることなく家路に着く。
(しかし、欲しいものを得るためには犯罪者も厭わず、か)
コツコツと一定のリズムでステッキを突きながら、彼について考える。
今は素人探偵として私の著作に名を連ねる彼。
だが。
(いったい私は、いつまであの男を探偵として描けるのかな)
次の作では、もしや犯罪者として読者にその名を紹介することになるかもしれないなぁ。
それはそれで、世間の度肝を抜くのが目に見えるようで楽しみだ。
来るのかも分からぬうつつのゆめに思いを巡らせ、私はひとりほくそ笑んだ。
END
サブタイトルはウチの明智の危ない処、ですかね・・・。
でもいざ打ってみたら全然危なく感じない・・・(あれ?)
出す予定は全く無かったんですが、出てきちゃったよ乱歩。『平井』は乱歩の本名。
明智が高等遊民してた頃からの知り合いだとして、(D坂)
だったら本名で呼んでるんじゃなかろうかと思い、本名呼び。
ふざけて『乱歩先生』『乱歩君』呼ばわりすることぐらいはありそうだが。
実際横溝センセは屋根裏の担当はしてないですが。(爆)
事実ネタを、時系列ゴチャゴチャにして使ってます(殴打)
乱歩がちっこい頃に屋根上歩いてたってのは本当。
アルバムに屋根上での写真があって、そういう説明が添えられてた(笑)
あ、探し物はもちろん平吉(20)ですよ勿論!(爆)
今後乱歩は明智の危なさとか、平吉(20)を手に入れた後の明智を揶揄いに(ぇ)出てくると思われる。
だって犯人に明智の危なさ語らそうと思っても、犯人からすりゃそりゃ明智は怖いに決まってるんだからダメじゃんね!(爆)
てゆーか明智が犯罪者になったら、まず乱歩を消すと思うよ(怖)
ブラウザバックプリーズ!
09.06.13.TOWEL・M