ふと気がつくと俺は紫陽花に埋もれていた。

 辺り一面、噎せ返るような紫陽花の香りが立ち込めている。

 白く漂う水蒸気が身体にサラサラと纏わり付いてきて、ひんやりとした空気にひとつ身震いをした。

 

 

『 夢 魔 』

 

 

 で、ドコだココ。

 ズボンのポケットから紙巻煙草を取り出し、ひとつ咥えて火を点ける。

 自分の記憶が正しいのなら、確かに自分は先ほどまでヤードの捜査課の自分のデスクで書類に埋もれていたはずで。

 なのに気がついたら紫陽花のお花畑にいました、ということはつまり。

「あー・・・、夢か、これ」

 一応納得の得られる答えが出たことに安堵する。

 だがしかし。

「所在ないなー・・・コレ」

 道らしい道もなく、建物はおろか人の姿さえも無い。

 辺りは白く立ち上る水蒸気に包まれ、垣間見える空は紫煙に染まってはいるものの明けか暮れか判別がつかない。

 見渡す限りの紫陽花畑にただ一人。途方に暮れない方がおかしいだろう。

 少し歩いてみるも、景色は何も変わらない。

 大輪の紫陽花が、しっとりと濡れて美しく咲き乱れている。

「・・・・・何も展開の無い夢ってのもキツイなぁ・・・・・・・」

 せめて誰か出て来てくんないもんかね。

 気だるげにそう呟いたときだった。

 

「でもだからって僕が出てきたりしたら、絶対厭そうな顔すると思うんですけれど」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 実際ソイツの言うとおりだったので、俺は心底厭そうな顔を作ってやった。

 そんな俺の様子にソイツは苦笑いを浮かべた。

「ああ、やっぱり」

「なんでアンタが出てくんの、───ミスター・グレイ?」

 紫陽花の花の間から顔を出したのは、ふんわりとした柔らかそうな金髪に白い美貌に碧眼の持ち主。

 時代錯誤な貴族衣装は彼の生きた時代を示唆する───何故か頻繁にヤード捜査課に出没する幽霊、ドリアン・グレイだった。

 と言っても実際によく遭遇するのは自分とレストレイドだけな気がする。

「夢の中だって、幽霊の範疇ですよ。よく死んだ人間が夢枕に立つって言うじゃないですか」

「・・・・・・お前さんに夢枕に立たれる謂れが無いと思うんですケド」

 朗らかににこやかに爽やかにそんなことを言われても、相手が相手なだけにゲンナリするんですが。

 アンタに夢枕立たれるくらいなら、ブラッドが出てくる方がまだマシです。

「何なら姿だけでも変えましょうか」

「そういう問題じゃ無いっつーの」

 だいたい中身が誰だか分かってて、それで姿だけ変えられてもいっそ寒いだけだ。

「しかしネガティブな夢見てますねぇ、貴方」

 幽霊貴族はワザとらしく手を額の上に掲げて辺りをくるりと見渡す。

「こちとら見たくて見てるワケじゃないんだけど」

 というか何だって俺の夢の中に出てくるわけ。新手のイヤガラセ?

 横目で相手を睨んでやれば、ふと相手はこちらを真顔で見返す。

「たまたま捜査課の前をふらりとしてましたらば、貴方が紫陽花の花に埋もれて舟を漕いでいるのが見えましてね。

 これは危ないと、急遽お邪魔させていただいた訳です」

「・・・・・? 紫陽花?書類の山に埋もれて、なら分かるけど」

 至極真剣な顔でこちらを見る幽霊貴族に、何を言っているのかと首を傾げる。

「勿論、周りの方々にはそう見えてますよ。でも、僕には紫陽花の花に埋もれているように見えた。

 この夢は危険です。早くお目覚めになられた方がいい」

 さあ早く、と幽霊貴族は俺をくるりと反転させると、背中を押して歩くよう促した。

「なあ、的確な説明が欲しいんデスけど」

 訳が分からず、せっつかれて歩きながらも相手に説明を求める。

「・・・・・普通の夢ならば、展開があるでしょう。もしくは、急に場面が変わって全く関係の無い場所になったり。

 ですがこの夢にはそれが無い。ただ延々と紫陽花が咲き乱れている。・・・・・このままだと、この夢から醒めなくなりますよ」

 うーん、やっぱり何だかよく分からんが、この夢が普通じゃないのは自分も何となく察することが出来たので、一応肯定の返事をしておいた。

「つまるところ、この夢を見続けてると永眠しちゃうってことでOK?」

「まあ、そんなところで」

 うっかり三途の川渡り終えちゃったでも、何でもいいんですけどね。

 幽霊貴族はそんな物騒なことを軽口でのたまった。おいおい、死んだ覚えなんか全く無いぞ。

「だから危ないんですよ」

 

 さっさと起きてください。泣かせたくないでしょう?

 

 泣かせる?誰を?

 

 そこで落下するかのような感覚を最後に、世界が暗転した。

 

 

「───グレグズンッ!!」

 聞きなれた怒声に、ぱちりと目を開けた。

 眠気の抜けない頭をゆっくり起すと、何故か警部連が集まってこちらを見ている。

 中でも、自分の恋人は『心配・不安』と書いてあると言っても相違ない顔でこちらを見ている。

「あ、生き返った」

「え、何。もしかして俺死にかけてた?」

 ホプキンズの首に腕を回してこちらを見ていたブラッドこと詐欺師が口を開いたのに併せて、俺も口を開く。

 ついでに身体を起こすと、背中に雪崩れていたらしい書類が更に床へと滑り落ちていった。

「レストレイドがいつものように寝こけているお前を起そうと声を上げたんだがな。

 いつもなら起きるものが、ちっとも起きないものだから我が近づいて身体を揺すってみたのだが反応が無い。

 やけに身体が冷たいし、呼吸も脆弱だし、何より脈拍が弱っていた。

 よって我はお前が死に掛けていると判断し、皆にそう告げた。とは言えそう簡単に死に掛けていると認知できるものでもない。

 皆でお前の机の周りに集まって、容態を確かめ合っているところでお前が起きた。・・・・・で、大丈夫か」

 的確かつ冷静な状況説明をありがとう、魔王。

 寝起きで状況が全く把握できていなかった俺に対し、魔王は珍しく多弁に

俺が警部連に囲まれて様子を見守られるまでに至った経緯を話してくれた。

「あー、うん。たぶん大丈夫」

 確かにやけに身体が冷たい気がするが。まあ目を覚ましたのだし、大丈夫だろう。

「もう、皆で心配してたんですよ!」

「何なら医者行っとけよ」

 ホッとしたように、けれど心配げに声をかけてくるホプキンズとピーたんに大丈夫ーと返す。

 そこでふと棒立ちのままの恋人に気がつく。

「レストレイド?どした?」

「・・・・っ、」

 どこか気抜けしたような顔でこちらを見つめていたレストレイドは俺が声をかけた途端、くしゃりと顔を歪めて物凄い勢いで俺に抱きついてきた。

 ああ、もしかしなくてもこれは・・・

「レストレイド?」

「っ、心配、した、だろうが・・・・!!」

「うん」

「俺っ、が、呼んでるんだぞ、」

「うん」

「だったら、すぐに起きろ・・・・・・!!」

「うん、今度からそうする」

 俺の首にしっかりとしがみ付いて離れないレストレイドの頭を撫でる。

 俺にしがみ付いたレストレイドは、まだ冷たい、と呟いて更に強く抱きついてきた。

 さっきまであの世に行きかけてた俺の身体が冷たいから温めよう、ということらしい。

「・・・心配かけてごめんね?もう大丈夫だから」

 ふと顔を上げると、捜査課は俺とレストレイドだけになっている。みんな行動が早いなぁと思いながら苦笑する。

 捜査課の入り口付近で何か揺らめいたような気がしてそちらに視線を向けると、幽霊貴族の姿があった。

 あ、と声を漏らすも向こうが人差し指を口元にあてて静かに、とジェスチャーしてきたので黙って視線だけを向けていた。

 その手にはひとつの紫陽花の花が握られていた。それを幽霊貴族の手が無残にもグシャリと潰した。

 細かな花びらが霧散し、消えていく。

 そちらに気を取られ、ハッと気づいた時にはもう幽霊貴族の姿は無かった。

 ・・・・・・不本意だが、いづれ何か礼をしなくてはならないだろう。最も、幽霊相手にお礼なんて思いつきもしないが。

「グレグズン・・・?まだどこか悪いのか・・・・?」

 ぼんやりと明後日の方向を見ていた俺に、不安げな声が届く。

 視線を落とせば、そこには濡れた青灰色の瞳が揺れていた。

 

 ───泣かせたくないでしょう?

 

 ああ、そうだな。

 夢の中での幽霊貴族の言葉を思い出して、今更ながら苦笑する。

「だいじょーぶ。・・・・・だから泣くな」

 今度同じ目に遭ったら、そのときは泣かせる前に飛び起きよう。

 青灰色の髪に口付けながら、密やかな誓いを立てた。

 

 

(・・・・・・・やれやれ、今度だけですよ。本当に)

 ドリアン・グレイはゆらゆらと空気の流動に身を任せるように己の複製画がある喫煙室へと向かいながら溜息をひとつ吐いた。

 先ほど彼が握り潰したものは、所謂『夢魔』の一種であった。

 夢魔というと人の姿をしたものだと思われがちだが、何も悪魔がいつだって人の形を模して現れるわけではない。

 グレグズンの夢の中で見た、あの紫陽花群はその典型だ。

 花という形を模した悪魔。しかしそれには別に人を誑かそうなどという明確な意思があるわけではない。

 現実の植物と何ら変わらない、花をつけ実をつけ種を撒き・・・ただの自然界の生殖行為なのだ。

 その土台が土か人かという違いだけで。

 悪意無き悪魔、とでも言うべきか。だからこそ人の形を模した悪魔よりも恐ろしい。

 気がついたら肥やしになっていた、なんて洒落にもならないではないか。

「・・・・・・ま、悪魔にまんまとしてやられた僕が言えた義理でもないか」

 己の自画像に巣食った悪魔に食い尽くされた青年貴族は、自嘲的な笑みを浮かべると姿を消した。

 

(本当、泣かさないでくださいね?泣かしたくないでしょう?)

 

 

 

END

 途中途中は楽しいんだけどな・・・上手くまとまらなかった、な・・・・(しょぼん)
 まあネタがネタだけに難しいんだけど。
 グレの誕生日絵から、ずっとこんな感じの話を悶々してました。
 誕生日に全く関係の無い話になりましたが(笑)
 まあ、ドリアンとグレの軽口会話が実現したので良しとします。
 夢魔は本来は性的な魔です。サキュバスとかインキュバスとか言う、あれです。
 本来は理想の相手の姿で現れるそうなので、グレさんだったらレスさんじゃなきゃおかしいんですけどね!(笑)
 でもそれだといよいよ本格的にあの世に逝ってしまわれそうなので(ぇ)花の姿を模した悪魔さんに代行。

ブラウザバックプリーズ!

 

09.06.10.TOWEL・M