( 先生、お起きになってください )

 もう、誰にも邪魔されない。

( 先生、 )

 もう、誰に憚ることも無い。

( ・・・・・・・・・・先生? )

 二人だけの、

 

( あ け 、 ち 、 )

 

『共に骨の白むまで』

 

 

 

 探偵明智小五郎の葬儀はしめやかに営まれた。

 彼が死ぬのはこれが最初ではなかったが、それもこれで最後であることは参列者の誰もが判っていた。

( 私との勝負を差し置いて、そんなところにいらっしゃるなんていい度胸ですね )

 事件に際し犯人に狙撃されて、などという衝撃は何も無かった。( 目を閉じて。ベッドにいたから )

 彼はただ静かに逝った。( 悪戯心に起こしてやろうと思って )

 自宅のベッドで。眠るように。( それなのに、 )

 面白い夢でも見ていたのか───口角を少しだけ上げて。( 貴方は一人で勝手に夢を見た )

( 予告状は、出したでしょうに。ご覧にならなかったのですか )

 明智の穏やかな死に顔を思い出しながら、小林少年は明智からの二通の遺言状のことを考えていた。

 正確には遺言状は三通あった。文代夫人宛が一通と、小林少年宛が二通である。

 この時点で何故二通なのかと疑問が浮かぶが、さらに不可解なのは二通中一通には

 封に『遺体焼却中に、封を切ること』との但し書きがあり、小林少年をますます困惑させた。

 何故、『遺体焼却中』なのか。

 考えても出ぬ答えに悶々としている間に葬儀は進み、出棺となった。

 問題の火葬場が近づいてくる。

( ───私は聞いていなかった。貴方が、死ぬなど。そんなこと。一言も  )

 作業は何の滞りも無く進んだ。( 酷い人だ、人の気も知らないで )

 棺の中の遺体を確認し、焼却窯の中へと木棺ごと入れる。( 望むところだと仰っていたじゃないですか )

 どうとでもないはずの過程の最中、しかし小林少年の心はざわついていた。

 愛すべき師との別れも辛いが、いまはそれ以上に最後の最後で途方も無いことが起きるような気がしてならなかった。

 そうこうしている内に窯の扉が閉じられ、焼却が始まった。

( これでもう、貴方と私、二人だけ )

 緩慢な動作で、小林少年は上着のポケットからあの遺言状を取り出した。

 不可解でならなかった遺言状の中身をいよいよ見られるというのに、今となっては全く気が進まなくなっていた。

 出来ることなら中身も見ずに捨ててしまいたい衝動に駆られるが、故人の意思を無碍にするのは憚られた。

 ましてそれが己の世話になった恩師ならば尚更。

 遺体焼却中の待合室で小林少年は遺言状を手にしたまましばし逡巡していたが、とうとう徐にその封を切った。

 出てきたのは薄っぺらい便箋二枚───だがそこに書かれていた内容が、更に小林少年を悩ませることとなる。

 そこには確かに生前、明智の手で綴られたであろうよく見知った字でこう書かれていた。

( 清められたはずの貴方の身体から芳る、エジプト煙草の匂いに誘われ、 )

( 苦笑を浮かべてこちらを眺める、 )

( 貴方の夢をみる )

 小林君───(「明智──」)

(「君も大概莫迦だな」)(「貴方に言われたくありませんよ」)(「追って来て何になる」)(「貴方以外に誰と勝負をしろと言うんです」)

 これを見ているということは、葬式を終えて出棺も済み、僕の遺体の焼却完了待ちというところだろう。

 まだこの後、──それこそいろいろあるだろうが──事後処理が残っているとは言え、まずはお疲れ様。

 敏捷で気の利く君のことだから、葬儀の最中も文代のことをよく手伝ってくれたことだろう。

(「まったく───やはり小林君に言伝を残しておいて正解だったよ」)(「言伝?何を?」)

 さて、この遺言状についてだが。

 きっと君は何故こんな『焼却中に開けろ』などという遺言状を残したのか不思議に思ったことだろう。

 僕にしても、僕の死後起こりうることに──つまり、これから起こりうることだが──半信半疑なのだ。

 だから結果、この遺言状は必要なくなるかもしれない。

 けれども万一、ということもある。

 その万一に備えて、やはり一筆残しておこうと思ったのだ。

(「焼かれた後、また別々になったのでは意味が無いだろう?」)(「そうですか?」)(「そうだろう」)

 つまるところ、普通ならば起こりえないことが起こった場合、それをどうしたらいいのか。

 そのことに関して、僕の意思を残しておきたかった。

(「小林君に、何を言伝なさったのです」)(「こうなってしまったときの、対処法を」)

 君がこの遺言状を読んでいる間。(「対処法?」)

 僕の遺体は焼却中だ。(「ああ、」)

 焼却窯に入れる際に遺体の確認もした。(「・・・何を教えたのです」)

 僕の遺体は、確かにそこで骨になりつつあるはずだ。(「教えたんじゃない。伝えたんだ」)

 だが、もしも。(「・・・何を?」)

 焼却が終わりそれが窯から出てきたとき───

(「君と僕の骨を、共に一つの壷の中にと」)

 

 もしも、遺体が無くなっていたら。

(「この悪党めと、骨壷を共にしてくださると仰るのですか、」)

 もしも、そこに 二 人 分 の 骨があったら。

(「最初に言ったろう。別々になってしまったのでは、意味がないと」)

 

 その場合における事後処理の旨を、君に伝えておこうと思う。

(「・・・やはり、貴方には莫迦と言われたくありません」)

(「何故だい?」)(「何故でもです!」)

 まずは、もしも僕の遺体が無くなっていたら。

(「不本意だったかな」)

 このときは、何もしてくれなくていい。

 無くなった遺体を探すなど、してくれなくていい。

 墓の中に入れるものが無くなって困るだろうが、そこにはまあ、僕の生前の所持品とか、そういったものを代わりに入れておいてくれ。

(「・・・・いいえ。いいえ・・・・先生こそ、不本意ではないのですか」)(「不本意?何が?何処が?」)

 次に、もしも二人分の焼骨が出てきたら。

(「本望だ」)

 むしろこの事態に陥ったときのことを懸念してこの遺言状を残したといってもいいくらいなのだが、

 こんなことは起こっていいことではないし、元来起こるわけも無いことなのだが───如何せん、僕には心当たりがあり過ぎる。

 そしてこの事態が起こったとき、一番困るのは後始末だ。

 これだけは断言できるが、もう一人分の焼骨はたとえどんなに警察が尽力したとしてもその身元も正体もわかることは無いだろう。

 だからこそ、余計に始末に困るはずだ。

(「・・・・・あけ、ち、」)

 無縁仏として墓所に葬るか、僕の墓の隣に小さな墓でも義理立てて作ってやるか。

 僕としての答えは、どちらも否だ。

(「何だ」)

 できることなら──可能であれば──どうか、その骨を僕と一緒の骨壷に入れて葬ってやって欲しい。

(「私は、貴方を起こそうと」)

 これが僕の望む、この起こってはならない事態に対する処置であり、遺言だ。(「・・・・・・・・・」)

 勿論、何事も無く全てが万事済むことを僕も願っている。(「貴方を、起こそうと。何度も、起こそうと、」)

 長々と読ませてしまってすまない。(「・・・・・・・・・すまない」)(「謝るくらいなら!」)

 もうくどくどと書くのは終わりにしよう。(「・・・・・・謝るくらいなら」)

(「死なないで下されば、よかったのに。生きていてくだされば。こんな、」)

 ただ最後にひとつだけ。(「・・・・・・・二十面相」)(「なんですか」)

 たとえどのような結果になろうとも、僕がそれを屈辱と感じることはなく、むしろ幸福に思うであろうことを述べておく。

(「もう行こう。これからは同じ穴の狢なのだし」)(「私は狢じゃありませんよ」)(「厭か?」)(「・・・・いいえ」)

 それでは小林君、君の将来が明るく希望に満ち溢れていることを祈る。

(「本望です」)

 

 

 手紙はそこで終わっていた。( ───これは私の、臨終の夢 )

 読み終えた小林少年は遺言状の封を切る前以上に奇妙な気持ちにならざるをえなかった。

 頭はひどく混乱し、困惑していた。

 焼却が始まってから、長い時間が経っていた。

 静まり返った待合室のドアが開く。

 遺体の焼却が終わったのだ。

 

( 私の犯罪も、終わりました )

 

 窯の扉が開かれ、死者が呼び戻される。

 遺体は、無くなっていなかった。

 明智の焼骨は、確かにそこにあった。

 おかしいところは何も無かった。

 

 ───明智の焼骨に寄り添うように、そこにもう一人分の焼骨があること以外は。

( 貴方と共に。添い遂げて、あっという間に白い骨になる。嗚呼───途方も無い、幸せ )

 

 その後、蜂の巣を突くような騒ぎがあったことは言うまでも無いだろう。

 ただちに警察に連絡が行き、葬式にも参列した中村警部が跳んで来て捜査にあたってくれたが

 結局、第二の焼骨が誰のものなのか身元はついぞ判明しなかった。

 せいぜい、その骨が明智と同年代の男性のものであるということが判ったぐらいである。

 明智の遺言状は、当たったのだ。

 身元不明の焼骨は明智の残した不可解な遺言状通りに明智と一緒に葬られた。

 おそらく自分の遺体と共に焼かれた者の正体を明智は知っていただろうに、それをあえて言及しなかったことや

 焼却前、遺体確認時には確かに明智の遺体しかなかったのに、この謎の人物はどこからやって来たのかという謎が、

 残された者たちの心に消えきれぬ靄として残った。

 

 それでも葬儀も埋葬も済むと人々には日常が戻ってくる。

 きっとこれから先、その日が巡るたびに脳裏に何とも言われぬ不可解が甦ってくるのだろうが、

 それでもただ過ぎ去るだけの時間は生きる者に忘却をもたらす。

 

 

 ある日、小林少年が街を歩いていたときだった。

 多々溢れる会話の中、誰かが言ったその言葉だけが何故か明瞭に小林少年の耳に届いた。

 

 

「そういえば最近、二十面相の話をトンと聞かなくなったねぇ」

 

 

 脳髄を走る白い衝撃。

 小林少年の歩みが止まる。

 

 

 まさか。

 

 あの焼骨は、まさか、

 

 

 こんなことは起こっていいことではないし、元来起こるわけも無いことなのだが───如何せん、僕には心当たりがあり過ぎる。

( それはそうです。私を残して勝手に逝くなど。誰が許すと言いました?逃げることは許さない。たとえそれが死だったとしても )

 

 一人茫然と雑踏の中佇みながら、小林少年は明智の遺言状の一文を思い出していた。

 

( ねぇ、明智先生? )

 

END 

 明智も20も出てこない明智20。もしくは20明智でもいいよね、これなら。(笑)
 詰まるところ、死にネタでごめんなさい・・・!!!
 ホントは棺の中で明智の遺体に寄り添って幸せそうな20も書こうとか思ってたんですけど、こっちの方があっさりしてていいかなと。
 このネタで四苦八苦調べたのは火葬or土葬という点。
 始めっから火葬で考えてたんだけど、待てよ、昔は土葬が一般的だったんだっけ?昔ってどれくらい昔??
 と考え始めて調べまくり。(笑)昭和初期まで土葬が一般的だったと調べ上げて、その後明智年表を調べて、
 んー、まあ火葬でいける、よな??という結果に辿り着き、無事火葬でネタを運びました(何)
 土葬でもいいですけどね・・・結局一緒に入る点では変わんないし・・・(ぇ、)
 明智の死因書いてないですけど(面倒くさくて/オイ)シニア年代に入る前には死んでる感じで。
 まだ死ぬには早すぎるって歳で死んでる設定で。
 まだまだまだ(Ω)明智も20も対決する気満々で、その中途で死んじゃった感じ。
 明智が先に死んだら、20は絶対追うか何かしてくるだろうなーと生前から明智は思ってたので、
 あらかじめ事が起こったときに備えて対処法を書き記して残しておいた、と。(そこは割りと早いうちから/笑)
 まあいいんです。何が起こっても大変なのは巻き添え食らう周りの人々で、明智と20は幸せですから(笑)
 なんてはた迷惑なカップル・・・!!(いやそれいつもか・・・!/ガクリ)

 ちなみにこの話、反転すると明智20度が増加したりします。
 見づらいけど。(ダメじゃん)

 

ブラウザバックプリーズ!

 

09.04.21.TOWEL・M