招かれざる客というのは

 言葉どおり

 こちらが招いてもいないのに来るものなのだ。

 

「こんにちは、平吉さん。また来てしまいましたよ」

 

 そう、一度やならず、二度までも。

 

 

 

『招かれざる客�供�

 

 

 

 その日、明智邸では平吉が一人きりで留守を預かっていた。

 明智と小林少年は夕方までには帰ってくる、ということで小用で出かけていったのだ。

 一通り邸内を片付けた平吉はとくにやることもなくなり、リビングで読書をしつつ空いた片手で奇術をし、時間を潰していた。

 他に誰の気配もしない静かな邸宅内・・・の、はずだった。

「・・・・・・?」

 妙な違和感を覚えて、平吉は本を読む手と奇術の手を止めて顔を上げた。

 自分以外の誰かが邸宅内にいるような気配。

 いや、確実に、いる。

 すわ侵入者かと身構える平吉の目の前で、廊下へと続くリビングの扉が開いた。

「やあ、こんにちは平吉さん。また来てしまいましたよ。今日は明智君はお留守かな?」

「!!」

 開いた扉の向こう──紳士的に帽子を取って挨拶をしたその顔。

「貴方は───」

「おや、私の名前をお忘れですかな?私ですよ、私。

 犯罪法医学者にして自身も『蜘蛛男』という異名を取る、畔柳博士その人ですよ」

 博士の胸の前に置かれていた帽子の影から現れた、血に飢えて鈍く光る得物を見て、平吉の顔色が変わった。

 

「さあて・・・・・何処に行かれた・・・・?」

 畔柳博士の手に握られた鈍色のナイフ。その先端からポトリポトリと赤い露が滴り落ちている。

 博士が立っているリビングは酷い有様だった。

 置かれているソファは鋭利なもので幾度も引き裂かれ、リビングから続くダイニングにある食器棚もことごとく食器が破壊され粉々となって床に散乱していた。

 そしていたるところに飛び散った、色鮮やかな赤。

「血と殺人を厭う怪人・・・・ご自分の血は如何かな?」

 血のついた得物を自分の目の高さまで掲げ、甘い蜜でも舐めるかのように博士はそれに舌を這わせた。

「 へ い き ち さ ぁ ー ん 」

 さながら鬼遊びでもする子どものように、博士は平吉の姿を捜して二階へと上がっていった。

 

「くっ・・・・・」

 血の止まらぬ肩の傷を手で押さえて、平吉は呻いた。

 分が悪い。平吉の率直な感想だった。

 平吉だって裏社会に身を投じて長いのだ。逸れ相応の武術の心得はある。

 だが如何せん、体躯の差異から生ずるハンディは否めなかった。

 小柄な分、小回りは利くが力でこられるとどうしても負け気味になる。

 相手の攻撃をかわしたり相手の力を逆に利用して投げ飛ばしたりは出来るが、博士ほどの相手となるとそれも決め手にはならない。

 まして今は丸腰だ。尚のこと、状況が良くなかった。

 階下から、平吉を呼ぶ気味の悪い声が聞こえた。

 畔柳博士が上がってくる。

 窓から外へ逃げるか、邸のどこかに身を潜めるかするしかなさそうだった。

 だが外へ逃げても──万一博士が追って来たら、何の関係もない一市民が殺されてしまうとも知れなかった。

 あの男ならば、躊躇わない。あれは、人を殺す為だけに生まれてきた者の目だ。初めて博士を見たときから、平吉はそう感じていた。

 外が駄目なら邸の中だが───

「隠れるところなんて・・・・・・」

 無いよなぁ、と言おうとして、平吉ははたと思い至った。

 あるじゃないか。あそこに。

 明智の、書斎に。

 

「おや、そこに居られましたか」

 二階の廊下に出たところで、畔柳博士が階段からゆっくりと顔を出す。

 平吉はそれにハッと気がついたが、構わず博士に背を向けると明智の書斎へと向かって走り出した。

 それを博士が見逃すはずもない。持っていた得物を投げナイフよろしく平吉に向かって投げつけた。

 間一髪、平吉はそれを書斎の扉を開け、盾にすることでかわした。

 ビィン・・・とナイフの振動が、空気を揺らした。

「さすが、というところか」

 扉に突き刺さったナイフを乱暴に引き抜いて、博士は書斎に足を踏み入れる。

「!」

 そのとき博士の目に映ったのは壁に埋め込まれた書棚がどんでん返しに回り、その裏に今にも消えようとしている平吉の姿だった。

「おのれ!」

 博士は一気に走り寄り、平吉に向かってナイフを振り下ろした。

 が、ナイフが突き刺したのはどんでん返しの裏から出てきた、もう1つの書棚だった。

 それから博士がいくら書棚を押しても引いても、それはもうビクともしなかった。

「くっ・・・」

 博士が歯軋りして悔しがっていると、階下で新たな物音がした。

「ふん。明智めが帰って来よったか」

 そこで博士は手に握った得物を見つめ、

「口惜しや」

 と、呟くとズダン!と音を立てて明智の書斎机の中央にそれを突き立てた。

 

「遠藤さーん、ただいま戻りましたー!」

 小林少年が玄関の扉を開けて入っていく。明智もその後ろに次ぐ。

 いつもならばすぐに出て来て出迎えてくれるはずの平吉が出てこないことに、小林少年は首を傾げた。

「お買い物にでも行ったんでしょうか」

 だがそれはすぐに否定されることとなる。彼らの足元に、彼の靴があったからだ。

「遠藤さーん?」

「! 待ちたまえ、小林君・・・!」

 奥かな?と靴を脱ぎ邸の中に上がった小林少年よりも早く、明智が開け放たれたリビングの床から二階の階段へと点々と続くものに気がついた。

「? せんせ・・・?」

 靴もそのままにリビングへと急ぐ。

 明智の視界に飛び込んできたリビングは、まさに惨状だった。

「平吉!!」

 リビングを見回し、ダイニングを覗き込むが、求める人物の姿は無い。

 引き裂かれたソファに目を落とす。ここで斬りつけられたのか、大量の血痕が見て取れた。未だ、床に滴り落ちるほどに。

「先生?うわ・・・」

 追いついた小林少年も、リビングの様子を見て言葉を失くした。

 だが明智はそんな小林少年の脇をすり抜けると、二階へと急いだ。

 点々と続く赤い雫は、一度応接室へと行き、そこから再び廊下へ出ると明智の書斎へと続いていた。

 書斎の扉には何か鋭利なものが深々と刺さった痕跡があり、キイ・・・キイ・・・と明智を誘うように揺れていた。

「平吉?」

 明智が書斎に足を踏み入れると、窓は開け放たれていた。次いで鋭利な刃物で何度も突き刺したような後を残した書棚。

 そして書斎机の中央に突き刺さったナイフ。

 鮮血に光るそれが、一連の凶器であることを示していた。

 血痕は、書棚の奥へと消えていた。

 ここは隠し部屋の入り口となっており、平吉も二十面相として明智と対峙した折にその存在を知っていた。

 明智は書棚に近づくと埋まっている本を弄り、確かめると書棚扉は外から開かぬよう内側から鍵が掛けられていた。

 書棚を操作し、内鍵を外すと、書棚が開いた。

「・・・・・平吉?」

 暗い隠し部屋の中、身体をくの字に曲げて倒れている人影が目に入った。

「平吉!!」

 駆け寄り、その身体に触れた瞬間明智の手にべっとりとしたものが付着する。

「・・・・平吉?」

 明智の声が、震えた。

「・・・・・・ごろーちゃん?」

 起き抜けのような、ふわふわした声が明智を呼んだ。

「平吉!」

「・・・大丈夫、肩斬られただけだし」

 明智が書斎へと平吉を運び、長椅子へと寝かせる。

「やったのは、誰だ?」

 切れそうなほどに冷えた目で、明智が問いかける。

「まあ、いわずもがな・・・・」

 止血のために一瞬強く腕を締め上げられて、平吉がうめき声を上げた。

 ふう、と一息吐くと開け放たれた窓に視線を移した。

 

「いわずもがな、招かれざる客だよ」

 

 書斎机の中央に突き刺さった凶器が、外光に赤く煌いた。

 

 

 

END

なんか続けてみた。(笑)
明智の書斎になんかあったよねぇ、隠し部屋。
手元に資料となるべく本が無いもんだから・・・(これだから出先は!)
なんかもう、こういう詳細は思い出しと想像でまかなっている。
ただ単に平吉が流血して危ない目に遭ってればそれで良かったんですけどね!(殴打)

ブラウザバックプリーズ!

 

09.02.07.TOWEL・M