右も左も分からない真っ暗な闇の中。
夜の獣の鳴き声に怯え、大きな木の根に足を取られて転んだ。
月明かりも届かない鬱蒼と茂った木々に、小さな自分は押し潰されてしまう錯覚を覚える。
「ふぇ・・・・ごろーちゃあん」
涙声混じりに呼んだその名前。
『月夜の思い出』
「おまえ、男だってんならなんでそんな格好してんだよ」
「変な目だし。気味悪ぃ」
女物の着物を着た平吉を見て、近所の意地の悪い子達は必ず口々にそう言う。
「・・・・ッ」
実際その当時、平吉はどうして自分が女の子の格好をしているのか分からなかった。
ただ、彼の両親や祖父母を含めた家のもの全員がそうあるように望んだから。
大人たちからの言いつけに、子どもが逆らう術など無い。
平吉が何も言い返せずに、首を垂れて涙目になっていると、ひょいと顔を覗き込まれる。
「すぐ泣くー。男がそう簡単に泣くもんかよ。弱虫」
「ないてないもん・・・」
「泣いてんじゃん」
「ないてないもん。へーきち、よわむしじゃないもん」
零れそうなそれを必死に耐えて、平吉は頑なに否定した。
子どもなりの、小さな意地。
「んじゃ、弱虫じゃないってトコ見せてみろよ」
「?」
平吉が顔を上げると、正面にいた男児が意地の悪い顔で笑った。
「今日の夜、一人で山の神社まで行ってきな。ちゃんと行ってきたっていう目印を残して来るんだぞ」
「よるに?」
「そうだ。弱虫じゃないってんなら、夜に一人で神社に行くくらい平気だろ?」
平吉はしばし逡巡したが、囲まれた嘲りの視線から逃れようも無く。
「・・・・・わかった」
小さくひとつ、頷いた。
民家の少ない畑や田んぼの間に一本伸びる砂利道を、てくてくと小さな影が歩いて行く。
だが空はとうに闇が支配し、街灯もろくに無かったこの時代に頼れるものは月灯りぐらいしかなかった。
てくてくてくてく。コテン。
てくてくてくてく。コロン。
てくてくて・・・・べしゃ。
道が舗装されている現代と違ってそこは土の剥き出しになったでこぼこ道。
いくら月明かりがあるとは言え、足取りの覚束無い子どもではすぐに転んでしまう。
「うぇ・・・・」
じわっと目に涙を滲ませて、平吉が今にも泣きそうな声を上げる。
だが今夜の無謀な冒険に至った昼間の虐めっ子たちの言葉を思い出して、よろよろと起き上がる。
何度も転んでは立ち上がり歩き出す危なっかしい幼子の姿を、月だけが見ていた。
山の神社・・・と言っても、それは小高い丘のようなもので、神社自体も小さな鳥居に本殿というよりはお堂といった装いだった。
だが、そこまで行く参道が厄介だった。石畳など無く、長年蔓延った木の根っこが縦横無尽に這い回り、多い茂った木々が月明かりさえも遮っていた。
よって平吉は、さらによりいっそう慎重に進まなくてはならなかった。
そろそろと踏み出して、木の根っこにつまずかないよう注意する。
だが根の絡み具合は複雑で、立ち止まりながら進んでも、まともに立っていられない。
「ふわぁ!!」
木の根に足を滑らせ、ズデンと派手な音を立てて平吉が転んだ。
それと同時にカランコロン、という音。
「あ・・・」
足に直に感じる幹の感触に、下駄が脱げてしまったのだと理解する。
おろおろと手探りで探すが、どこに転がったのかこの闇では見当もつかない。
「う・・・・どうしよう・・・・・」
転んだときに擦り剥いた手や足も痛い。下駄も片っぽ失くしてしまった。
立とうにも、足場が悪くてすぐに転んでしまう。
二進も三進も行かなくなってしまった平吉は真っ暗闇の参道で蹲ったまま動けなくなってしまった。
「ううう・・・・」
今まで堪えに堪えてきた涙がふっくふっくと溢れてくる。
「ふえ・・・・・ごろーちゃあん、ごろーちゃあん」
ぼろぼろと涙を零しながら、日頃慕っている幼馴染の名前を呼んだ。
「う・・・ひっく、ごろちゃ・・・・」
痙攣し、それでも尚幼馴染の名前を呼ぶ。
何かあったとき、平吉の中で真っ先に思い浮かぶのは実の両親や親族よりも、まず幼馴染の彼だった。
「っ、ごろちゃ・・・うっく・・・ごろちゃっ・・・・・」
「・・・・・・・平吉?」
「!!」
この暗闇の中、聞き覚えのある声が平吉を呼んだ。
応えが返ってくるような状況ではなかった為、びくっと平吉は身体を竦ませた。
「ご、ごろーちゃんのおばけ・・・・・・?」
「勝手におばけにするな」
サクサクと音を立てて、暗闇からさらに暗い影が近づいてくる。
傍まで来ると、その影は平吉の身体をひょいと持ち上げた。
「やっ・・・!」
「落ち着け。いま、明るい方に移動するから」
声は確かに幼馴染のものだが──真っ黒な影に不意に抱き上げられて怯える平吉を、影は月明かりの差し込んでいる場所まで運んだ。
とさりと木の根元に下ろされた平吉が見上げると、そこには確かに幼馴染の顔があった。
「ごろーちゃん!!」
わっと抱きついてきた平吉の背を、幼馴染の手がさすった。
「平吉?ぼろぼろじゃないか。どうした?なんでこんな時間にこんなところにいる?」
安心感からか、再び泣き出してしまった平吉が落ち着くのを待って、幼馴染が尋ねる。
「んっとね・・・・・」
行きつ戻りつな平吉の説明を聞いて、幼馴染の目が少し剣呑さを帯びた。
「ふうん・・・それでこんな時間にこんなところまで来たわけか」
「ごろーちゃんは?ごろーちゃんも、きもだめし?」
そうそう歳も変わらぬはずの幼馴染こそ、こんな時間に何故こんなところにいるのか。
ようやく涙も引いてきた平吉が、小首を傾げて幼馴染に尋ねる。
「僕か?僕は・・・・あー・・・散歩だ」
「おさんぽ?」
涙に濡れた、空に浮かぶ月のような黄金目を平吉がしぱしぱと瞬かせる。
「まっくらなのに?」
「僕は夜の散歩が好きなんだ。ほら、平吉、おぶされ。帰るぞ」
幼馴染が平吉に背を向けておぶさるよう告げる。
言われるままに平吉がその背に体重を預けると、ふわりと一瞬浮遊感を感じた。
「うん?平吉、おまえ、下駄をどうした?」
片っぽ履いてないぞ。幼馴染に言われて、平吉は先ほど転んだ拍子に下駄が脱げてしまったことを思い出す。
「あ・・・あのね、さっきそこでころんじゃって、ぬげちゃったの」
「この暗さじゃちょっといま探すのは無理だな・・・」
明日、探しに来ようと言う幼馴染に、平吉は素直に頷いた。
が、そこでもうひとつ思い出したことがあった。
「あっ・・・めじるし・・・・」
「目印?」
「じんじゃにひとりできたっていう、めじるし」
虐めっ子たちに言われた目印を残しておかないと明日、やっぱり行けなかったんだろ、弱虫、と言われるのは目に見えている。
めじるし、めじるし、と言って足をバタつかせる平吉を幼馴染が諌める。
「こら、平吉。暴れるな。・・・その辺りにおまえの下駄が転がってるんだろ?それが目印になるから大丈夫だ」
「ほんとう?」
「ああ。だから、もう帰るぞ」
「うん」
平吉を抱えなおして、幼馴染が歩き出す。
帰り道、幼馴染は平吉の知らない、月明かりの差す参道を選んで帰った。
幼馴染と一緒とは言え知らない道で不安だったが、そこを抜けるといつもの知っている道にちゃんと出たので
「やっぱりごろーちゃんはすごいな」と思った平吉だったが、自分を負ぶっている背中の温かさにいつしか眠りこけていた。
「では、明智先生に遠藤さん、いってきます!」
「ああ、行っておいで」
「夜道に気をつけてね」
今夜は少年探偵団の肝試しがあるとかで、団長である小林少年は先ほど夜の闇に飛び出して行った。
団員の度胸を鍛える目的のそれは季節を問わず定期的に行われている。
「小林君たちもよくやるよねぇ・・・僕は絶対ムリ」
自分の分のコーヒーを口にし、もう片方の手で明智に湯気の立つカップを手渡しながら平吉が言った。
「何故だ?暗いところはお前の専売特許だろう」
それを受け取り、明智が不思議そうに言い返す。
「人を脅かすのは慣れてるけど、脅かされるのには慣れてないから、絶対ムリ。泣く」
「そんな大袈裟な・・・・・」
と、いうか大の大人が自信を持って泣くとか言うな。
明智は呆れ顔でそう言い、コーヒーを口にする。
そこで彼はふとあることを思い出した。
「そういえば、お前小さい頃に夜中に一人で抜け出して神社に行ったことがあったな」
「あ〜〜〜・・・・」
そんなこともあったっけ。目を泳がせて、平吉が応える。
彼は自分の幼少の頃の話になると分が悪くなる。
何せ当時、彼は幼女の格好で育てられていたのだから。男心には複雑だろう。
もっとも、今もその容姿の小柄さと細さを生かして女性に変装したりもするのだが。
「確かに大泣きしてたな」
「仕方ないだろ、小さかったんだから!」
「あの頃のお前は可愛かった」
「可愛いとか言わない!!」
「ああ、安心しろ。今も十分可愛い」
「真顔でそんなこと言われてもどう切り替えしたらいいの明智・・・・・」
とうとう平吉は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
うー、と不満そうに小さく唸るも、女の子の姿で過ごしていた幼年の手前、何も言えない。
そんな平吉の様子に明智がクスリと笑みを零す。
「まあ・・・まさか大人になってからも真夜中にお前を捜して散歩に出る破目になるとは思わなかったがな」
「・・・え?・・・・え?」
平吉はきょとんとした顔で、月のような黄金目を瞠らせるとしぱしぱと瞬かせた。
まるで、あの日の夜のように。
END
『夜光怪人』だっけか。
うん、少年探偵団が度胸を鍛える為に肝試ししてるとかいう話を読んだときに、思いついた話。
幼少20にありそうな話〜vvvとか思ってニヤニヤしてた覚えが。(キモ)
もう幼少20に「ごろーちゃん」を連呼させたくてしょうがない今日この頃。
いや、おっきくなってからも言ってますけど(笑)
ブラウザバックプリーズ!
09.02.07.TOWEL・M