明智を他の事件に取られてひと月。

 そろそろいい加減退屈にもなってくる。

 

 

 

『二十面相の憂鬱』

 

 

 

「今日も明智先生はいらっしゃらないのですね」

 予告状の現場に堂々と姿を現した怪人二十面相は見渡した顔ぶれに溜息を零した。

 居るのはこの家の主人と、中村警部を中心とした警察官たち。

 そこに愛しい人の姿は見えない。

「明智先生は他の事件でお取り込み中だ!お前ごときに出向いて来られるものか!」

 そんなことは分かっている。

 明智はいま他の連続殺人事件に掛かりきりで忙しいことぐらい。

「おや、そうですか。しかしそんな私ごときに手こずっていつも明智先生に泣きついておられるのはどなたでしょう?」

 紅い唇を弧に描き、中村警部を横に見る。中村警部がグッと言葉を呑んだ。

 それを見た二十面相がフッと肩を聳やかし、奇術師宜しく手を翻す。

 するとその手の中には予告に示したとおりの美しいネックレスが煌いていた。

「あッ!」

 一瞬の出来事に、その場にいた全員の身体が硬直する。

「さて、品物はこのとおり。確かに戴きましたよ」

 明智先生もいらっしゃらないことですし、早々に失礼させていただきますね。

 ふてぶてしくそう言い放つと、二十面相は手近にあったテーブルクロスを引っつかみ、バサリと音を立てて翻した。

 羽ばたいた布の向こう、二十面相の姿が刑事たちの目から見えなくなるのは一瞬のはずであった。

 が、その次の瞬間音を立てて舞い落ちた布の向こうには、ひとりの人間の影も形も無かった。

 眼前で起こった人体消失ショーに誰もが時を止め、ハッと我に返った中村警部の怒号でようやくその場にいた人々の時が廻り始めた。

 

「明智〜・・・は、まだ帰ってないか・・・・・」

 仕事を済ませてきて二十面相はそのまま明智邸に窓から明智の寝室へと舞い降りた。

 暗く主の居ない部屋を見て、溜息を零す。

「あーあ。タイクツ」

 部屋に入ると、服を着替えることなくベッドへと倒れこむ。

 懐から今日の得物を取り出して、手持ち無沙汰に指に絡めた。

 実を言うと然程手に入れたいという品ではなかった。

 歴史的価値はあるものの、美術品としての価値は薄い品だった。

 だが明智が他の事件に掛かりきりになり、暇を持て余し気味だったので退屈しのぎに予告状を出したのだ。

「でも中村警部相手じゃな〜」

 退屈しのぎのはずが、あっさり手に入れられたことにより反って退屈さ加減を実感することになってしまった。

 多勢の刑事たちを擦り抜けて来るのは確かに面白い、が・・・正直それはもう簡単に逃げられることが分かっているので、味気ない。

「明智、まだ終わんないのかな・・・」

 また今夜も事件先で泊り込みだろうか。

 一度事件に掛かりきりになると明智はその先で泊り込んだりと、あまり邸には帰ってこない。

「はーぁ」

 つまんないよ、ごろーちゃん。

 うだうだゴロゴロとベッドの上で寝返りを打つうちに、いつのまにか平吉は意識を沈めていった。

 

「・・・・・こいつは」

 自分の寝室のベッドの上に転がるものを見るなり、明智は重い溜息を吐いた。

 ベッドの上では自分の愛しい人が眠りこけている。それはいい。

 だが愛しい人はつい今し方仕事をしてきましたという黒尽くめの格好で、あまつさえ盗品までもが無造作にベッドの上に転がっている。

 やっと今日、手がけていた事件を片付けて久しぶりに我が家に帰ってきて見れば、これである。

「ったく・・・」

 自分以外の人間が見つけたらどうするつもりなのか。明智は痛む頭を押さえた。

「盗品は持ち込むなと、あれほど言っただろうに」

 煌き散っていた宝飾品を拾い上げ、明智がベッドに腰掛ける。

 ギシリと音を立てたが平吉が目を覚ます気配は無い。

「ああ・・・そういえば、予告状を出してたな・・・・・」

 出先で見た新聞で、二十面相の文字が踊っていたのを思い出す。

 おそらく明日の朝もまた、新聞の一面を飾ることだろう。

「だがこんなもの。お前の嗜好とは違うだろうに」

 この品に美術品的価値は少ない。

 サイドテーブルの上に盗品を置いて、平吉の寝顔を見やる。

 薄く開いた口元が色っぽいな、と思い、つと指先をその唇に持っていく。

「ん・・・・」

 ふ、と漏れた吐息が指に触れる。

 うっすらと、黄金色の瞳が闇に披いた。

「お目覚めか?」

「・・・あけち・・・・?」

「ああ。ただいま」

 寝ぼけ眼がしぱしぱと瞬いて、きょとんとした様子で明智を捉えた後、嬉しそうに顔を綻ばせると腕を伸ばしてきた。

「おかえり、明智。遅かったね」

 だが明智は伸ばされてきた腕を感受せずに鷲掴み、その身体をベッドへと沈みつけた。

 二人分の重みを抱えて、ギシリとベッドが軋んだ音を立てる。

「あけち・・・・・・?」

 腕を押さえ込まれて平吉が不安の色を見せた。

 それに明智は意地悪く笑って返す。

「全く、久しぶりに帰って来てみればベッドに盗品は転がってるわ、お前はさも仕事をしてきましたと言わんばかりの格好でいるわ。

 盗品はこの家に持ち込むなと言ったよな?」

「あっ・・・」

 この邸に一緒に住むことになったときに決めたことを思い出したのだろう。

 平吉の顔がサッと蒼褪める。

「ご、ごめっ・・・・」

「お前が二十面相だということがバレたら、俺の権威と信用なんてたちまち地に落ちる。

 そんなことになったら、お前も俺も、日本どころか世界中の何処にもいられない。何度も言っただろうに」

「う・・・・・」

「───少しお灸を据えてやらないとダメか?」

「え? ───ッ?!!、あけ、ち?!!」

 明確な意図を持って、ゆっくり、しかし強く足から腰にかけてのラインをなぞった。

 たちまち平吉が悲鳴を上げる。

「ああああああああっ!厭だ!!あけちっ!!」

 身を捩じらせて暴れて抵抗するが、明智の身体に押さえ込まれて自由にならない。

 その間にも、明智の手は当惑的な妖しさで平吉の身体を撫で上げる。

「あ、あ・・・!、いや・・・・・・・!」

 一瞬で萎縮した身体は、震え怯えることしか知らぬように身悶える。

「あけ・・・・・・!!」

 見開いた平吉の瞳の奥で、何かが割れた。

 その煌きに明智がしまった、と思ったときにはもう遅かった。

「うぇええええ・・・」

 平吉はぼろぼろと大粒の涙を零しながら、本泣きし始めてしまった。

「平吉」

 慌てて抱き起こすと、しゃくり上げ、嗚咽に痙攣する身体を必死に宥める。

「っ、うーーー」

「落ち着け、平吉。冗談だ。いや、半分本気だったが」

「どっち・・・」

 ぐす、と鼻を鳴らしながらも平吉は少し落ち着いたのか、聞き捨てならない明智の言葉尻にきちんと突っ込んだ。

 その様子にホッと胸を撫で下ろすと同時に、明智はクスリと笑みを零した。両手で平吉の顔を包み込む。

「誰だって、お前があんな無防備に寝ていたら据え膳食わぬは、と思うだろう?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 納得のいかない様子で、平吉がむすっと膨れる。

 涙目でそんな顔をされても可愛いだけ、ということを本人は知らない。

「しかし盗品はもう持ち込むなよ。ここで他の誰かにそんなものを見つけられたらアウトだ。ましてやお前が盗んだものならば尚更、だな」

「それは・・・・・ごめん。でも、すぐ返すつもりだったし・・・・・」

「? 欲しくて盗んだんじゃないのか?」

 元来欲しがりの平吉・・・もとい二十面相のこと。常の嗜好とは違えど、てっきり今回も欲しいと思うものを手に入れて来たと思っていた。

 明智にそう指摘され、う、と平吉が口篭る。しばらく逡巡したが、観念したように口を開いた。

「明智ぜんぜん帰ってこなくて・・・・・・・・退屈で・・・・・・・・・」

 それで、暇を潰す為に気晴らしのために盗んだのだと。しかし明智のいない現場は味気なく、結局気分は晴れないまま戻ってきたのだと。

 頬を赤らめやや下を向きながらごにょごにょと話す平吉に、明智は瞠目したがすぐに眼を細めた。

「そうか。淋しかったか」

「!べ、別に淋しいなんて・・・・・・!!」

 明智の手に顔を挟み込まれている為、赤くなった顔を逸らしきれずさらにその顔を赤くした平吉が目を泳がせる。

「淋しくなかったのか?」

 心底気落ちしたように明智が言って見せれば、今度はぎょっとしたように慌てふためきだす。

「えっ?あ、いや、その、えっと・・・・」

 おろおろと、それでも素直に『淋しい』と言ってしまうには抵抗があるのだろう。

 あー、うー、と意味を成さない言葉を使って呻いている。

 そんな平吉の様子に、珍しく上機嫌になった明智は平吉を抱きしめると一緒にベッドへと倒れこんだ。

「わっ!」

 二人分の体重を預かったベッドがギシリと悲鳴を上げる。

 先ほどのこともあり平吉は身体を強張らせたが、明智が落ち着かせるように頭を撫でてくるにあたってホッと力を抜いた。

「さて、俺は事件が一段落。お前も詰まらぬ一仕事をしたんだ。長期休暇を取っても構うまいな?」

「え・・・お休み?」

 驚きに目を瞠った平吉が明智の腕の中で彼を見上げる。

「勿論、俺とお前だけでな」

 いとおしげに艶やかな黒髪を指で弄りながら、柔和な笑みを浮かべる明智がそこにいた。

 うっかり明智の顔に見とれていた平吉はふと我に返って慌てて顔を伏せたが、今更意地を張ったところで明智には全て見通されてしまっているだろう。

 それならばいっそ素直に甘えた方が得というもの。

 きゅ、と彼のワイシャツを両手で掴むとそのままその胸へと顔を埋めた。

「・・・・・・平吉は何処へ行きたい?」

 耳を擽る優しい声音に、平吉はうっとりと目を閉じた。

 

 

 

END

離れ離れになる機会が多い分、帰ってきたらお互いに放さなさそうですよこの二人。
あれは何だったかなぁ『魔術師』だったけか。
明智が『蜘蛛男』だかの事件後に休養でどっかに滞在してるシーンがあって、あ、これ絶対明智20できると思った。(何故)
もう二人っきりで散々イチャこらこいてればいいと思うよ・・・!
しかし襲う予定はなかったんだが。
恐ろしいな明智。(笑)

ブラウザバックプリーズ!

 

09.02.07.TOWEL・M