「遠藤さんって、お強いんですね!ちっとも知りませんでした!」

「あ・・・うん、まあね」

 無邪気に羨望の眼差しを向けてくる小林少年に、平吉は引き攣った笑みを浮かべた。

 背後から感じる明智の視線が痛い。

 

 

 

体力勝負

 

 

 

 平吉はその日、珍しく明智の仕事現場に来ていた。

 ワイシャツにベスト姿で跳び出して行った明智にジャケットを届ける為である。

 いつもならば平吉が明智の仕事場に来ることなど無い。

 明智の現場は大概血生臭さに満ちたものが多い。

 そういったものが苦手な平吉を案じて明智がそう決めたのだ。

 だから、その日も平吉は明智邸にいるつもりだったのだが、明智が軽装で出かけていったのに気がついて困り顔になった。

「どうしよう」

 明智のジャケットを抱えて、窓の外を見る。

 今は昼間なのでまだいい。だが捜査が長引いて夜になったらさすがにベストでは寒いだろう。

「うーーーん・・・」

 明智には現場には来るなとキツク言われてはいるのだが。

「・・・・・ジャケットを届けたらすぐ帰ればいいよね」

 うん、と一人頷くと平吉は手早く出かける準備にかかった。

 

 

「あ、いたいた。明智」

「・・・・・・平吉?」

 なんでお前がここに。明智の顔にはそんな言葉がありありと浮かんでいる。

「ごめん。でも、明智、ジャケット忘れてったからさ」

 すぐ帰るよ。バツの悪い苦笑いを浮かべて言う平吉に、明智は何か言いかけたが溜息を零すだけで終わった。

 平吉はそれに内心ホッとする。

「まあいい。犯人も捕縛したし、もう終わったしな」

「そうなんだ。あ、晩御飯まだなんだ。今日は何がいい?」

「ふむ。そうだな・・・・・」

 かたや突然現れた艶のある黒髪の美青年、かたや容姿端麗の名探偵。

 周囲の目が集中したのは言うまでもないが、むしろ周囲が注目したのは明智の氷解した表情だろう。

 まだ事件の緊張が解け切らない空気の中、夫婦のような会話を繰り広げる彼らに周囲の人々は局地的に癒された。

「あれ?!遠藤さん!」

「小林君」

 来てたんですか?!と明智の小さな助手が駆け寄ってくる。

 今日のお夕飯は何ですか?と平吉に懐く小林少年に、明智は微苦笑を浮かべて見やる。

 そんな様子を見て、周囲が『親子だ。親子』と呟いていたのを三人は知らない。

 場の空気が完全に和んでいた、その時だった。

「うわあ!!」

「?!!」

 瞬時にその場が凍りつく。

 捕縛されたはずの犯人が、刑事の手から逃れ、三人のいる方に向かって走ってくる。

「危ない!」

「わ!」

 咄嗟に平吉が小林少年を背後へと隠す。明智の目が鋭くなる。

 だが、先に動いたのは明智ではなく、横に居た平吉だった。

 向かって来た犯人の胸倉を掴むとそのまま勢いを利用して一気に背負い投げ犯人を地に叩き伏せた。

 それらの一連の動作があまりに無駄が無く行われた為に周りの人間は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

「・・・・あ、」

 しまった。ハッと我に返った平吉が感じた悪寒に恐る恐る振り返ると、

 時間を取り戻して動き始めた周りの喧騒を他所に、恐い顔で彼を睨みつけている明智が目に入った。

 

 

「遠藤さんってお強いんですね!ちっとも知りませんでした!」

「ああ・・・うん、まあね」

 明智邸に戻り食卓の席。無邪気な小林少年がキラキラとした目で平吉を見る。

 それに引き攣った笑みで返しながら、向かいに座る明智の凶悪な目に冷や汗が流れた。

「柔道とかなさってたんですか?」

「え?ああ、うん。昔ちょっとね」

「へえー凄いなぁ。あ、明智先生も柔道の達人ですよね!」

「達人と言うほどのものではないよ」

 よく言うよ・・・・。平然とそんなことを言う明智に、平吉は内心呆れた。

 自分だって結構柔道の腕には自信があったのに。

 どんなに頑張っても明智の腕前には敵わない。

 その割には見た目普通の成人男性だし。

 いったい何処にあの莫迦力を蓄えているのか。

 自分のことを棚に上げ、平吉は口の中で毒づいた。

「どうかしたか」

「いえ。何でも」

 いつの間にか平吉は明智のことを凝視していたらしく明智が怪訝な表情を見せた。

 それにさっと視線を逸らし、平吉はこっそり溜息を吐いた。

「明智先生と遠藤さんだとどっちがお強いんですか?」

 小林少年が首を傾げて、素朴な疑問を投げかけた。

「それは明智じゃないかな。僕より段が上だし」

 実際勝負して負けてるしねぇ。言葉には出さず、明智に視線でそう語る。

 明智はそれを目を伏せることで受け流した。

「そうだな。だがしかしお前の場合体力が続かないだけだろう」

 昔は身体も弱かったしな。そう言って明智は手を伸ばすと平吉の頭を撫でた。

 こういう子ども扱いがちょっとムカつく。

 平吉は少しムッとするが、抵抗しないということは厭でもないのだろう。ほんの少しそっぽを向いて、それでも触れてくる手を拒まない。

「そうなんですか?」

「うん、まあ・・・・あ、でも今はもう元気だよ?」

 驚いたように見上げてくる小林少年に、平吉は笑顔で返した。

「じゃあ、鍛えなおしてみるか?」

「えっ?」

 明智の突然の科白に、平吉は思わず声を上げてしまった。

「体力をつければ僕と互角になれるぐらい強くなれるだろう、お前なら。今日も無駄のない身体捌きだったしな?」

 ニヤリと笑って平吉を見た明智の顔に陰を覚えて、平吉の顔からサッと血の気が引く。

 やっぱり昼間のこと怒ってる・・・。

 どんな些細なことでも正体に繋がるようなことはするな。

 平吉が身をもって、キツク言われていることのひとつである。

「いや、あの、明智。僕別に明智並みに強くなりたいとか思ってないから。全然。うん」

 明智が身を乗り出し、平吉の顎を人差し指でツ、と撫でる。

「遠慮するな。早速体力つけてやるぞ。今夜から」

「今夜って・・・・」

 ひくっと平吉が顔を引き攣らせた。

 平吉はガタンと、音を立てて椅子から立ち上がると後ずさりを始めたがもう遅かった。

「遠慮するな、と言っているだろうが」

「ちょ・・・・!」

 サッと立ち上がった明智が平吉の腰に腕を回して肩に担ぎ上げる。

「明智!下ろしてよ!!」

「小林君、少し早いが僕たちは先に休ませて貰うから。此処の片付けはお願いするよ」

「はい!」

 助手の了承を確認すると、明智は平吉を抱えたまま廊下へと歩き出す。

「明智!!・・・ひィ!!」

 ゆっくりとラインを撫でられビクン、と平吉の肩が跳ね上がる。早くも涙目で明智を見る。

「・・・・・ごろーちゃん」

「うん?どうした?」

 それに明智がニッコリと作ったような笑みで返す。

 ・・・・・・・・鬼。

 平吉は素直にそう思えた。

「おまえ、俺に対していま何かとても失礼な単語を思い浮かべたろう」

「無い無い無い無い!!!」

 平吉は蒼褪めてぶんぶんと首を横に振った。

「まあいい。寝室で体力勝負といこうじゃないか。朝まで」

「朝まで?!!」

「何を驚く?お前の為だろう・・・・?」

 恐いぐらいの爽やかさで明智が言う。

「ううううううううう・・・・・」

 ごろーちゃんの鬼畜。

 抵抗も諦めてくたりと明智の背に垂れた平吉がぽつりと漏らした科白を明智が聞き逃そうはずもない。

「おや?そういうのが好みだったか?それはすまなかった。早速実践してやるから安心しろ」

 キラリと明智の目が光る。

「ひ?!!」

 明智邸の寝室に向かう廊下の奥で、平吉の断末魔が響いた。

 

 

 

END

打ってて思ったんだけど、平吉を現場に連れてきたくないのは

他の人に平吉を見られたくないってのが本音じゃなかろうか明智。

小林君が懐くのにもヤキモチ妬いてるといい。

そのとばっちりが全部平吉の身体に返ってくる、と。(笑)

いえ、ちゃんと優しくしてますよ勿論(笑)

 

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08.12.11.TOWEL・M