「しかし明智君も変わったねぇ。法に触れる者に手を出すとは」

「三笠先生!!」

 

 先輩たる老齢探偵のからかいに、ほんの僅かに顔を赤くして明智は珍しく声を上げた。

 まだ若くも聡明な同業者のそんな様子に三笠は手を横にゆっくり振ると笑って言った。

 

「何、わしは彼をどうこうしようとは思わんし、お前さん方の邪魔をしようとも思わんよ。それこそ“野暮”というものじゃて」

 

 眼鏡の奥にある目を穏やかに細めて、三笠は柔和に笑った。

 

 

 

明智、老傑探偵に頭の上がらぬこと。

 

 

 

「ただいま、遠藤」

「おかえり、明智。・・・そちらの方は?」

 小用で出かけていた明智の帰宅を迎えるべく平吉が玄関へと出て行くと、明智の後ろにもう一人別の人物が居た。

 それはモジャモジャの白髪混じりの頭髪に、同じく顔を埋める頬髯に口髭を蓄えたロイド眼鏡をかけた老人であった。

「ああ、こちらは僕と同じ私立探偵の三笠竜介氏だ。遠藤、応接室にお茶の準備を」

「はじめまして」

 被っていた帽子を取ると、三笠老人は人好きのする顔でにっこりと微笑んだ。

 

 

「随分ご無沙汰してしまったが、明智君も元気そうで何よりじゃ」

「三笠先生もお変わりなく。まだ現役でご活躍なさっているそうじゃありませんか」

「なあに、君の活躍に比べればわしなんぞもう昔の人じゃよ。

 難事件は君ら若い者にまかせてこちらは隠居の暇つぶしに探偵やっとるようなもんじゃよ」

「ご謙遜を」

 平吉が応接室に入ると、明智と三笠は楽しげに会話を弾ませていた。

 歳の差で言えば親と子ほどもあろう二人は、確かに探偵界のそれであったろう。

 普段あまり見られない他者との交流を楽しむ明智の姿に、自然平吉も笑顔になる。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

 膝を折ってお茶を差し出すと、明智と三笠が遠藤の方を振り向いた。

「ああ、ありがとう」

「おお、すまんね。遠藤君と言ったかな。ありがとう」

「いいえ。どうぞごゆっくり」

 見る者誰もが感嘆の息を漏らしそうなほど優雅に微笑んで、平吉は応接室を後にした。

 平吉が行ったのを確認すると、三笠は楽しげに目を細めた。

「彼・・・本名は遠藤平吉で良かったかな。いい子だねぇ。少年助手が小林君なら、彼はお前さんの青年助手かな?」

 湯呑を手に取りながら、三笠は『本名は』というところをわざと強調したようだった。

 それにピクリと明智が反応する。

「そうですよ。でも、助手なんかじゃあありません。ただの居候ですよ。現場には滅多なことでは連れて行きませんから」

 そう言って明智もカップに口をつける。

 平吉は明智には紅茶、三笠氏には日本茶と頼まれもしないのにきちんと分けて淹れていた。

「それはあの子がお前さんの伴侶ということかな。それとも、それが立場の違うお前さん方で決めたルールなのかな」

「先生」

 明智は取り乱したりはしなかった。ただ、静かにカップを置いて真っ直ぐに三笠を見た。

 三笠もロイド眼鏡の向こうからじっと明智を見つめていたが、ややあって手を横に振って笑った。

「そう恐い顔せんでくれ。老い先短い年寄りの寿命が更に縮まるわ」

「誰がさせたんです。誰が」

 少々不貞腐れたような明智の物言いに、老傑は豪快に笑った。

「わははは、安心せい。彼を捕ろう何ぞ思っちゃいないよ。彼は君の好敵手じゃからの。横やりはせんて」

 それにさっきも言ったとおり、こちらはもう隠居の合間の探偵業じゃ。

 楽しげに笑う三笠老人に、明智は溜息を吐くしかない。

「からかわないでください」

「フォッフォ、しかし明智君も変わったねぇ。探偵にしては艶話の多かった君がまさか自分の好敵手を落とすとは。判らんもんじゃよ」

「先生!!」

 珍しくその顔に赤みを帯びて、明智が声を上げた。

「まあ、確かに美人じゃ。わしもあと十年若ければのう」

「・・・十年若くてもまだ初老じゃないですか・・・・・・・・」

「要らなくなったらわしの処へ寄越しとくれ。わしのむさ苦しい助手と是非交換したいぞい」

「残念ながらお譲りする気はありませんよ。それに彼は居候です。探偵助手には向きませんよ」

 きっぱりと言い切った明智は見た目にこそ判らないが何処か躍起だった。

 そしてふと、思いついたように明智は居住まいを正した。

「先生は、探偵が犯罪者を好くことをどう思われますか?探偵にあるまじきことだと、お思いになりますか?」

 明智の言葉に三笠は目を瞠った。その反面、そんな彼の様子に三笠は内心、ほほう、これは本気だなとほくそ笑んだ。

 同業者ゆえかさして顔を合わせることは少なかったが、やはり同じ生業の可愛い後輩である。

 たとえそれが世間体には許されざる関係であったとしても、本人たちが幸福ならばそれでいいではないか。

 探偵など所詮覗き屋。決して絶対的法の擁護者などではないのだから。

「良いじゃろう。世間を相手に、大芝居を打てばいい。探偵の権威なんぞ、そんなときこそ使ったらいいんじゃ」

 まるで息子を見るかのように、三笠は優しい目で明智を見た。

 意外な答えだったのだろうか。

 明智は驚いたように三笠を見つめたが、やがて大きく一つ溜息を吐いた。

「全く、先生には頭が上がりませんよ・・・」

 脱力した様子で額に手を当てる明智に、三笠は言った。

「当たり前じゃい。たとえ老いても名探偵三笠竜介、まだまだ人を出し抜く腕は落ちとらんよ」

 まだまだ修行が足りん、と三笠は持っていた杖で明智の頭をコンと小突いた。

「・・・精進します」

 観念したような期待の若い名探偵に、往年の名探偵は満足げに笑ったのだった。

 

 

 

END

江戸川乱歩著『妖虫』より老名探偵三笠竜介氏にお越し戴きました。

老人探偵、なら明智にしてみれば先輩か?ということで絡ませ隊☆ゲージが上がりました。

いつもは余裕な明智も、老傑な先輩には頭が上がらないといいよ。

ちなみに明智が現場に平吉を連れて行かないのは自分の扱う事件が血生臭いのが多いからです。

平吉、殺しや血が大の苦手ですから。

なるべく見せたくないという明智の配慮。^^

 

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08.11.28.TOWEL・M