「いやあ、明智君。君は探偵でありながら実に面白いモノを傍に置いている」

「そうですかね。犯罪学者でありながら自ら猟奇殺人に奔る貴方ほど面白いモノもないと思いますがね」

 

 居辛い。

 狂気を内包した怪しげな目と今にも切れそうなほどの叡智に満ちた目の間に挟まれて、平吉は素直にそう思った。

 

 

 

招かれざる客

 

 

 

 穏やかな昼下がり。

 まだ小林少年も学校から戻るには早い時間帯はだいたい平吉は明智と二人、書斎で資料や書棚を整理したりして過ごしている。

 それだって手持ち無沙汰からくるものだから、二人の手元もテキパキと動くわけでもなく。

 時には手に取った本にじっくり読みふけったり、茶を片手にペラリと資料をめくったりと穏やかなものである。

 リローン♪

 その心地よい静寂を、訪問者を告げるベルが打ち切った。

 平吉が顔を上げる。

「誰だろう?依頼人さんかな」

 そのまま立ち上がり、パタパタと廊下に出て行く。

 小林少年がいないときはいつも平吉が来訪者を出迎え、明智に取り次いでいる。

 なのでそのときも平吉が玄関で客人を出迎えた。

「いらせられませ、どういったご用件でしょうか」

「明智君・・・いや、明智先生にお取次ぎ願いたい。いやなに、法医学者の畔柳が来たと言えば判りますわ」

 招かれざる、その客を。

 

「畔柳だって?」

 取り次いでその名を告げたときの明智の様子に、平吉は首を傾げた。

 それは最初驚いたように目を瞠ったかと思うと急に険しい眼差しになり暫らくして、お通ししなさい、と答えた。

 知人ならば席を外そうかと申し出たが此処に居ていい、いやむしろ此処に居ろと言われ尚更平吉は首を傾げる。

「いや、私も是非貴方に同席して戴きたい」

「!」

「・・・・畔柳博士」

 不意に背後から響いた声に驚いて平吉が振り返ると、そこには法医学者だという畔柳氏が立っていた。

 平吉が何か言う暇も無く、明智がその腕を掴んで己の方へと引き寄せた。

「いやあ、しばらくだったね明智君」

「お元気なようで何よりですよ・・・・畔柳博士」

 ローテーブルを挟んで向かい合って座る二人の只ならぬ視線の往行に、平吉はこの二人はどうも穏やかならぬ関係のようだと首を竦めた。

「君の方は相変わらずその類稀なる叡智を以ってして世間に貢献しているようだね」

「貴方はどうされているのです?貴方の世間的地位は僕が完全に失墜させてしまったはずですが」

「・・・・・・・・・・・・・」

 できればこの場に同席したくなかった、というのが平吉の正直な感想である。

 畔柳博士は黒縁の丸い眼鏡に白髭をたっぷり蓄えた初老の人であった。

 博士と聞き、なるほど一目見て学者のような風体をしていると思えども、

 その眼鏡の向こうで三日月のように細められ笑う目はどこか不気味で平吉はぶるりと身を震わせた。

 第一に明智が地位を失墜させたなどと言っているのだ。平穏な関係であるはずがないし、ひとかどの男でもないのだろう。

 茶を淹れながら平吉がちらりと畔柳博士を盗み見ると驚いたことに博士はこちらを凝視しており、平吉は慌てて顔を伏せた。

 故にニタリと哂った博士の表情には気がつかなかった。

 それを見届けた明智だけが眉間に皺を寄せ、咳払いをひとつ零した。博士がわざとらしく明智に視線を戻す。

「しかし君も助手を雇ったのだね。私のときには、こんな可愛らしい青年は居なかった」

「彼は僕の助手ではありませんよ。単なる居候です」

 自分のことを話題にされるとは思ってもみなかった平吉は肩を跳ね上げた。

 常ならば、博士の言葉にも明智の言葉にも首を傾げたり複雑な思いを抱いたりするところがあるのだろうが、

 突然自身の話題が取りざたされた為、平吉にそんなことを思う余裕は無かった。

「さしつかえなければ、お名前は何と仰るのかな」

 淹れた茶を盆に載せ運んで来る平吉に目を向けて、博士がそう尋ねた。

 この場に漂う空気を感じ取って、平吉は何と答えたら良いものか、明智を見ては博士を見るを繰り返した。

 その様子に、これまた博士が感じの悪い歪んだ笑みを口元に浮かべた。

「言えないかい?私の方では、世間一般的な君の名なら大方予想が付いているんだが」

「───え?」

 この男は、何を言っている?

 厭な予感に捕らわれた平吉がふらりと膝を付き、茶を差し出そうとしたときだった。

「芸術をこよなく愛する二十の顔を持つ怪人。それ自身がこんなにも美しいとはねぇ───怪人二十面相君?」

「?!!」

「平吉!!」

 ガタン。ガシャン。

 平吉の視界は反転し、気づけば畔柳博士の顔を仰ぎ見ていた。

 ひっくり返ったティーカップから零れた茶がポタポタとテーブルを伝って落ちる。

「君は君自身が美しい石膏か、はたまた大理石のようだねぇ。なんと美しい・・・・・・・」

 ひたりと平吉の青白く細い首に、畔柳博士の獣のような手が愛でるように置かれた。

「は───」

「切断するのが勿体無いくらいだよ」

 殺される。

 平吉は素直にそう思った。

 そう、この男の視線の厭な感じ。これは───

「失礼」

 濁った闇に捕らわれていた平吉の身体がすうっと浮いて光の世界へと引き戻される。

「お茶が衣類を汚してしまいました。こちらの居候がとんだ不始末を」

 気づけば平吉は明智の腕の中に居た。

 見上げる明智の横顔。鋭い眼差しが、射殺さんばかりに畔柳博士を捉えている。

「なあに、気にも留めんよ」

 博士の指先が、値踏みするかのように平吉に向けられる。

「しかしそうか。君の名は平吉と言うのか」

 このときばかりは、明智の表情が硬くなった。

「さっきうっかり名前を呼んだね明智君。君らしくも無い」

 平吉を抱く、明智の手に力が篭る。

「明智・・・・」

 心配そうに、平吉が明智を呼んだ。

「まあ、そう硬くなりなさるな。君のモノも美しく興味をそそられるが、

 それ以上に私の愛すべき女性たちがこの世にはまだ五万といるからね」

 畔柳博士は椅子から立ち上がると上着を片手にソフト帽を被った。

「殺すべき、の間違いでしょう」

 厳しい眼差しのまま、明智が言い放つ。

 それに博士は薄く笑う。

「残念だが、そろそろ失礼するよ。もしも気が向いたら君のその居候を私のところへ寄越しておくれ。法医学的にも興味があるのでね」

 部屋から退出する瞬間、博士は捕食者の目で平吉を見た。

「では失礼明智君。そして美しい被捕食者≪モルモット≫さん」

 パタンと静かな音を立てて、扉が閉まった。

 

「明智・・・あの人、何・・・・?」

 博士の退出後、明智の腕の中で小さく震え出した平吉を慰めるように、明智は平吉の身体を擦りながら答えた。

「美しく舞う蝶を、その巣で待つだけでは飽き足らず捕らえに出てきた貪欲な蜘蛛さ」

 今にも泣き出しそうな平吉を、明智は困ったように見つめるしかなかった。

 

 

 

END

 江戸川乱歩著『蜘蛛男』より畔柳博士を引っ張ってきました。

 犯罪学者なんだけれども自身が実は、な人です。

 初めてこの話読んだときから、ずっと明智20と絡ませたかったんだ・・・!

 だって犯罪学者的にも二十面相は興味あるだろう!

 んでもってウチの受け20は美人なので猟奇殺人者的にも興味を持っていただければ二度美味しい、みたいな。(コラ)

 終わりが締まらなかったけどリハビリということで。

 

ブラウザバックプリーズ!

 

08.11.26.TOWEL・M