ハッピー・バースデー

 

 最後に祝ってもらったのはいつだっただろう。

 吹き消した蝋燭の灯火と共に消えた幼い記憶。

 

 

 

『深夜、6月1日5分前』

 

 

 

 梅雨時。

 ヤード内もも世間のそれと変わりなく室内の湿度が上がる。

 だが捜査課内にはもうひとつ多湿となる原因があるようで───

「グレグズンッ!今すぐその書類の山をどうにかしろーーーーッ!!」

 レストレイドの絶叫の先には、溜めに溜めまくった書類の山、山、山。

 この時期になるとその多くが部屋中の湿気を取り込み、さらに湿っぽいこととなる。

 名物の書類御殿は、捜査課の湿度上昇に目に見えて加担していた。

「ってぇーーーレスさん、グレさんが居ないのに咆えたってしょうがないんじゃ?」

 デスクに頬杖をつきながらそう言うブラッドストリートに向かって、凄い勢いで振り返ったレストレイドが叫んだ。

「そこにいるッッ!!埋まってて見えてないだけだッッ!!!」

 それは確かにレストレイドの言う通りだった。

 元凶のグレグズン当人は、自分の溜めた書類の山に埋まって舟を漕いでいた。

「いたんだ、グレさん」

 全然見えなかった。わざとらしく手をかざしてみせたブラッドをレストレイドは苦々しく見た。

 最近のグレグズンは珍しく多忙だ。

 デスクワークをこなさないのはいつものこと。だから事務処理が忙しいわけではない。

 このところしょっちゅう現場の仕事に呼び出され、夜になっても家にすら帰らない──帰れない日が続いていた。

 出勤してくれば大概デスクの上で書類にまみれて眠っている。仮眠室にすら行っていないようだった。

 そして、今日も今日とて。

「おい、グレグズ・・・」

「グレグズン警部はいらっしゃいますか?!」

 レストレイドの声がバタバタと入ってきた警官の声に遮られる。

「呼んだ?」

 バサバサと書類を撒き散らしながら、グレグズンが立ち上がる。

 いつもは光を弾くライトグリーンの瞳が、今はどこか陰を落としているように見えた。

「現場に・・・」

「すぐ行く」

 説明しようとする警官の言葉を遮って、グレグズンが上着を羽織る。

「グレグズン!」

 書類を蹴散らし、扉へと向かうグレグズンをレストレイドが呼び止める。

 グレグズンの歩みがピタリと止まった。

「・・・・・あとよろしくー」

 呆気羅漢と呟いてひらひらと手を振ると、グレグズンは振り向きもせず出て行った。

 後にはその背中を見送ったレストレイドの溜息と、舞い散った書類の束だけが残る。

 

 グレグズンはきっと今夜も帰れないのだろう。

 せっかく、今夜日付が変わった暁には。

「・・・・誕生日なのにな」

 昨年は知らなかったために祝えなかった。と言うか知らされた時点ですでに彼の誕生日は終わっていた。

 だから、今年はきちんと祝おうと思っていたのに。

 今日何度目か知れない溜息が、レストレイドの口から零れた。

 

 

 最後に祝ってもらったのはいつだっただろう。

 甘くて白いクリームの載ったケーキなんて、そんなたいそうなものではなかったけれど。

 それでも焼き立てのほかほか湯気の立ったパウンドケーキに頬を綻ばせたものだ。

 誕生日なのだからと蝋燭をたてようとするのだけれどほかほかふわふわなパウンドケーキにはなかなか蝋燭が刺さらない。

 必死になって蝋燭を立てようとするその姿がなんだかとても可笑しくて、笑いが堪えきれなかったのを覚えてる。

 それなのに。

 祝ってくれたのが誰だったのか。記憶はすでに遠く霞み、人の形すら成してはくれない。

 

「・・・・・・・・・寝てた」

 顔を上げると、背後でバサバサと何かが落ちる音がした。考えるまでも無い。溜めまくった書類の束だ。

 時は深夜。捜査課には残っている者など誰もおらず、真っ暗だった。

「あー・・・やべ、帰んねぇと・・・・」

 ここ数日まったくアパートに戻っていない。昼間もレストレイドはおかんむりだった。今夜こそ帰らないと怒られるだろう。

 いつもに比べたら今日はまだ早くカタがついた方なのだ。決して早い時間ではないが、この職種ならば遅すぎるという時間でもない。

 今ならまだ、帰れる・・・そう思いつつも、疲労と睡眠不足の溜まった身体は容易に起きてはくれない。

「んーーー・・・」

 そういえばさっき夢を見ていたような気がする。随分と懐かしい夢を。

 昔の記憶でいいものなんて少ないのだが。さっきの夢は優しい夢だった気がする。

 どんな夢だっけ。

 霧散してしまおうとする夢の感覚を、どうにか掴み取ろうと必死に意識を傾けていたとき。

「こら。こんなところで寝るな。いい加減体壊すぞ」

「う?」

 ぼすっと何かが頭の上に落ちてきて、それと同時にかけられた声に眉を顰める。

「・・・・帰れるか?・・・・・・仮眠室の方がいいか」

「れすとれいど・・・・・?」

 開かない瞼に、仕方なく尋ねることで確認を取る。

「ああ。・・・・・遅くまで大変だったな」

「んーーー・・・さすがにちょっと疲れたかもー・・・」

「当たり前だ」

 明日はお前に休暇を出してもらえるように言っておいた。だからいい加減休め。これじゃいつもと逆だ。

 呆れたように言うレストレイドの言葉を、夢心地に聞いて苦笑する。まったくその通りだ。

「・・・・・あ、もうすぐだな」

「?」

 

「3、2、1、・・・・Happy Birthday,Gregson」

 

 起きたらケーキでお茶にしよう。

 パウンドケーキくらいだったら、そんなに甘くないし、食べれるだろう。

 

 耳元で落とされた優しい声に、グレグズンは知らぬ間に笑みを浮かべていた。

 

 

 

END

ハッピーバースデーグレグズン。
この人は素直に祝せてもらえないタイプなような気がする(笑)
なのでささやか(?)に。
でも誕生日にお休み貰ったんだからきっとレスが添い寝してラブラブですね。
なんだいつもと変わらないじゃないか(爆)

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08.06.01.TOWEL・M