「ぎゃあああああああ!!!」
春の息吹も和やかな日。
倫敦の街で日常を切り裂く悲鳴が上がる。
もっともその悲鳴は
天下のスコットランドヤードから発せられたものであったが。
『詐欺師の春』
ブラッドの凶行は春先が目立つ。
春で脳みそ沸いたからというのもあるだろうが(ぇ)、主な理由はヤードに新人が入ってくる時期だからだ。
入ってきたばかりで何も知らぬ哀れな新人は、詐欺師ことブラッドの生け贄と化すのである。
顔が良ければ売り飛ばされる寸前までいくか(あるいはそれ以上まで行って帰ってこなかった者もいるとか)
気に入らなければそれこそ凄惨なまでの悪戯(というか犯罪の域)をされる。
ほどほどと見なされ、担当の被疑者の脱獄・逃走で済んだものたちはまだ良い方なのである。
「お、また新人が一人灰になったか」
「・・・縁起でもないこと言うな」
「事実でしょーが」
「・・・・・・」
ピーターが気づいたようにひとりごちたのをレストレイドが重く受け止め、グレグズンが止めを刺した。
はああ、とレストレイドが深く溜息を吐いたときだった。
「今日、捜査課に新人が入ってくるぞ」
そう言ってアルセニーが顔を出した。
あーおもしろかった♪
鼻唄交じりに上機嫌にヤードの廊下を歩いていくのは渦中のブラッドストリート。
新人をハメまくって機嫌も調子も絶好調である。
彼の横をすれ違う同僚たちは皆一様に視線を落として彼と目を合わせぬように必死だ。
そのキラキラとした、危険な好奇心に満ちた目とかち合ってしまったら、もう正気で生きていることは望めないだろう事をヤードの刑事たちは知っている。
一般人にとっては心浮き立つ春でも、ブラッドの配属以来2年、ヤード内では生きた心地のしない修羅の春だ。
ブラッドの度の過ぎた悪戯は基本的に慢性のものだが、それでも春のこの頻度に比べたらまだマシなもの。
早く春が過ぎ去ってくれないものか、早く梅雨が来ないものか───
ヤードの、とくに捜査課の者たちは切にそう願っていた。
その切なる願いは、案外早く聞き届けられることになる。
「ん?」
捜査課へと向かう道程の途中で、ブラッドは見たことの無い後姿が前方にあるのを発見する。
茶色い地の髪に黒髪が少し混じった頭。
クセが強いのか、後ろからでも分かるくらいに髪が四方に跳ねている。
見かけないアタマ。ひょっとして、新人サン?
ブラッドの顔が、ぱあっと輝く。運悪くその一瞬を目撃してしまったものは小さくヒッと声を上げてしまうほどだった。
そうと分かるや否や、ブラッドはタッと駆け出しその青年に声をかけようとした。
あと少しで青年の肩に手をかけられる───が、次の瞬間。
その青年が突然くるりとブラッドを振り返った。
「わあ!」
「!」
いきなりのことに、思わずブラッドは声を上げてつんのめってしまった。
なんとかバランスを整えて、転倒するのを防ぐ。
「あーびっくりした」
「す、すいません!後ろに誰かいると思わなかったもので!」
大丈夫ですか?と尋ねてくる青年を、胸を撫で下ろし乱れた呼吸を整えながらブラッドは見上げた。
青年はまだ随分と若かった。凛々しさよりも幼さの方が先に立つ、そんな感じ。
捜査課に入ってくるにしては、随分と若いように思われる。
自分も十代だけど・・・ひょっとして、歳近い?
「ねえ、きみ、いくつ?」
気づけばブラッドはそう訊いていた。
いつもの値踏み心は何故か浮かんで来ず、ブラッド自身も不思議な面持ちで青年を見た。
「歳ですか?17ですけど」
うわぁ、若い。俺より2コ下かぁ。
妙な感慨を持ってブラッドが青年を眺めていると、青年はふと思い当たったように首を傾げた。
「もしかして、捜査課の方ですか?」
「え・・・ああ、うん。俺、ブラッド。ブラッドストリート。今年で勤続三年目」
深い翠の瞳に真っ直ぐに見つめられて、虚を突かれたようにブラッドが返す。
「わぁっ、じゃあ先輩ですね!はじめまして、僕、今年捜査課に配属になりましたスタンリー・ホプキンズです。よろしくお願いします!」
「あ、うん、よろしく」
はきはきとした口調で快活に挨拶をし、握手を求めてきた青年──ホプキンズに、ブラッドは慌てて握手で返した。
握った手に視線を落としたまま、ブラッドはぽりぽりと指で頬を掻く。
しばらく『あー』とか『うー』とか言っていたが、そのうち何故か降参したように、
「・・・んじゃ、職場、行こうか」
「はい!!」
どこか困ったような顔で、ホプキンズを捜査課へと引率したのだった。
彼らの背後では、今までにない光景に他のヤード連が目を剥いて固まっていた。
ブラッドが捜査課にホプキンズを引率してきた瞬間も、捜査課中が固まった。
「「「「何があった」」」」
捜査課の警部連までもが口を揃えて突っ込む。
「うるさいなぁ!」
「あ、はじめまして。お世話になります。ホプキンズと申します」
珍しく声を荒げるブラッド。その隣で警部連に挨拶をするホプキンズ。
「あ、ああ、話は聞いてる。レストレイドだ。よろしくな」
「アルセニーだ」
「ピーター・ジョーンズだ。よろしくなホプキンズ」
「おれグレグズンー。趣味は書類を溜めること」
「「「「「それは趣味じゃなくてただの職務怠慢だ」」」」」
ラストのグレグズンの自己紹介に警部連全員の綺麗なツッコミが決まったところで、逐一真面目によろしくお願いします!とホプキンズが頭を下げた。
「しっかし、どしたの詐欺師。不調?」
「・・・・・・・・・・・・・グレさぁん」
紹介と挨拶が終わり、デスクを与えられたホプキンズがレストレイドに連れられて捜査課を後にした後。
己のデスクの上にへにょんとへたばっているブラッドに、グレグズンが尋ねるとこれまた珍しくブラッドは気の弱そうな声を上げた。
「・・・マジでどしたの、おまえ」
「・・・・・・・・なんか」
なんか、毒気抜かれちゃった。
眉をハの字にしてくすん、と零すブラッドの頭を、グレグズンはよしよしと撫でた。
一方、そのデスクの向こう側で繰り広げられるアルセニーとピーターの雑談。
「・・・なんか今年の新人は凄いの入ってきたな・・・・」
「そうか?」
「あの詐欺師小僧を丸め込められるんだから相当だろうが」
「そうか。そういえば、あれは我の顔を見て『風邪ですか?』と訊いてきたな」
「「「そりゃ相当のツワモノだろう?」」」
デスクの向こうとこっちとで、ツッコミが綺麗に揃った。
スコットランドヤードの捜査課にも、ようやく穏やかな春が来たようである。
END
詐欺師の春というよりはヤードの春というか。
打ちかけで放置してたのを仕上げてみた。
改めてやっぱヤード勢って楽しいって思った(笑)
ブラウザバックプリーズ!
08.04.20.TOWEL・M