どうして、あんなこと言ったんだろう
どうして、あの手を振り払ったのだろう
どうして、振り返らなかったのだろう
どうして。
どうして、あの日でなければならなかったのだろう。
『それは昔日の罪以前』
「ごろーちゃーん」
「・・・・・・・」
たったったったったっ。べしゃ。
後ろから呼ばれて振り返ると、そこには紅いザク着物を着た、黒髪の似合う幼女の姿。
自分を見つけて嬉しそうに目をキラキラとさせて駆け寄ってくる、その目は本当にキラキラとした、美しい黄金目だった。
どこか危なっかしい足取りで駆けて来るのを見つめていると、案の定こけた。
「ふえ・・・ごろーちゃあん」
「・・・・・・・平吉」
顔だけ上げてこっちを見る。その目に涙をいっぱいに溜めて。
名前を呼んで手を取って起き上がらせてやると、着物についた汚れを掃ってやる。
「ごろーちゃん」
ぐすっと鼻を鳴らしてこちらを見上げてくる。きゅ、とその小さな手で服の裾を握り締める。
「怪我してないな。・・・行くぞ」
縋るように服を握り締めたその手を包み込むように握って。
今日は何して遊ぶ?と言いながら、その手を引いて歩き始めた。
幼い頃。隣の家には遠藤平吉という男の子がいた。
もっとも男だと分かったのは平吉という名前を知ってからだ。
彼は常に女物の紅い着物を着て幼女と思われても仕方の無い格好をしていた。
自分と同い年だったらしいが、自分より一回り小さくて色白で細かった。
彼は生まれつき珍しい黄金目で、彼の家のものはそれを快く思っていないようだった。
それ故に女の格好をさせて女として育て、世間にはなるべく出さないようにしたかったらしい。
近所でも、黄金目であることを種によく苛められていた。
あんなに綺麗な目をしている子の、どこがいけないんだろう。
外に出ていたことを咎められ、強く腕を引っ張られて家の中へと引きずられていく平吉の後姿を見ながら、子どもの自分はそう思ったものだった。
平吉と初めて会ったのは、近所のガキ大将に平吉が苛められていたときだったか。
たまたま通りがかって、隣の家の子が苛められているのだと気がついて悪ガキどもを追っ払ってやった。
逃げていく悪ガキを見送り、大丈夫かと後ろを振り返ってその目を見たとき、そのあまりの綺麗さに息を呑んだ。
いつもどこかうっすらと涙を滲ませているその目は透き通るような、キラキラとした黄金色だった。
金塊を宝石にしたらこうなるのだと子供心にそう思った。
以来、平吉は僕を見つけると僕の後をくっついて回るようになった。
ただし、舌っ足らずな彼は僕の名前をきちんと言えず、『ごろーちゃん』としか呼べなかったけれど。
何度も『小五郎』だと訂正したがやっぱり言えず、終いには泣かれてしまいそうになったので『ごろーちゃん』でいいということに落ち着いた。
涙を浮かべて嬉しそうに笑った、あの顔が忘れられない。
どうしてあんなことを言ったのだろう
どうしてあのときの自分はあんなにも苛々と怒っていたのだろう。
子ども特有の癇癪だったのだろうか
それが取り返しのつかない行為になると知りもせず。
「ごろーちゃあん!!」
「・・・・・・・・・・」
平吉の、僕を呼ぶいつもの声。
振り返ればいつもと同じ、とたとたと駆けて来る紅い着物姿の幼女。
けれどその日は
その姿が何故か無性に
腹立たしく思えて。
平吉が追いつくのを待たずに、スタスタと背を向けて歩き出した。
なんとなく、今日は平吉と一緒に居たくなかったのだ。
いままで彼を疎ましいと思ったことなんて一度も無いのに。
自分の後をちょろちょろと、影のように付いてくる彼が、なんとなく鬱陶しく感じたのかもしれない。
きっと子ども特有の、理由の無い苛立ちだったのだ。
「ごろーちゃ・・・待って・・・・」
はあはあと息を切らしながら、走りにくいだろう着物で必死に追いかけてくる。
「なんだ」
このとき立ち止まった後、振り返ってごめん、どうしたと言おうかどうか迷った。
そうすれば、この険悪な気分を濁せるかも知れなかったから。
けれども、このとき一瞬の迷いの中で
自分は己の不機嫌を露わにさせることを選んだのだ。
「ごろーちゃ・・・あのね・・・・」
伸ばされたちいさな両手が服の裾を握る前に振り返りざまに自分はその手を振り払った。
「わぁ」
ふんばる力も無く、平吉がしりもちをつく。
「なに?」
その様子に、何故か苛々が募る。どうしてこんなに苛々しているのか、自分でもよく分からなかった。
自然と刺々しくなる声。
「・・・・?ごろーちゃ・・・?」
驚いたように瞠られる黄金色。何か信じられないものでも見るかのように。
苛々が、頂点に達する。
「いい加減にしろ!!」
「ごろちゃ・・・」
「僕の後をうろちょろとついてくるな!ジャマなんだよ!!」
「・・・・ッ」
途端、彼の黄金目が涙を生む。
「ああもう!すぐ泣く!!そんなすぐに泣くんじゃない!男だろう?!」
彼の涙にほんの少しの気まずさと焦りが浮き上がる。
それを散らすように叫べば、平吉は素直にグッと口をへの字にして涙が落っこちるのを耐えた。
その従順な態度がますます僕を苛立たせた。
ぐるっと平吉に背中を向ける。
このまま居たら彼に手を上げてしまいそうで
でもそれだけはどうしてもしたくなくて
彼を置いて、歩き出した。
「・・・・・ごろーちゃあん・・・・」
弱弱しい声がちいさく呼んだ。
これが彼に呼ばれる最後の時だったなど、知る由も無く。
「僕の名前は小五郎だ。五郎じゃない」
冷たくそう言い放って、一度も後ろを振り返ることなくその場を後にした。
平吉はもうついてこなかった。
平吉が売られたのだと知ったのはそれから数日後のこと。
母親が教えてくれた。
ここ数日姿が見えないが、どうやら売られていったらしい、と。
どこにとは分からなかった。
見世物小屋かサーカスか。売られるとしたらその辺りだろうと親は言った。
実の子を売り飛ばすなんてねぇ、などという親の会話は一切耳に入らなかった。
「───平吉が売られていったのはいつ?」
「三日前とか言ってたかしら。よくはわからないわ」
三日前。
自分が平吉の手を振り払った日。
どうして、あんなこと言ったんだろう
どうして、あの手を振り払ったのだろう
どうして、振り返らなかったのだろう
どうして。
どうして、あの日でなければならなかったのだろう。
『僕の後をついてくるな!』
僕の言うとおり、平吉はもうついてこない。
僕の後を、ついてくることは二度と無い。
『僕の名前は小五郎だ。五郎じゃない。』
もう名前を間違って呼ばれることも無い。
『ジャマなんだよ!』
従順で素直な彼は、大人しく僕の言うことを聞いて僕の目の前から消え失せた。
「ごろーちゃん、あのね・・・」
「あのね」に続く言葉の先を聞けていたのなら。
少しは何かが変わっていたのだろうか。
もういくらでもついてきたっていい。邪魔なんかじゃなかった。
名前を間違って呼んだっていい。きみだけが呼んでくれるその呼び名が、嫌いじゃなかった。
泣いたっていい。
今なら言える。泣いてもいい。
好きなだけ、泣いたってよかったんだ。
平吉。
平吉はどんな思いで売られていったのだろう。
そもそも売られていく自分を、幼すぎる彼は理解していただろうか。
泣いただろうか?
いいやきっと泣かなかったに違いない。
僕が泣くなと言ったから。
泣けなかったに違いない。
違いない。
END
明智と20幼年期。
別れが突然やって来るものだと身をもって思い知らされた明智と孤独の闇に叩き落された平吉と。
ゴメン、痛いの大好き。(おい)
もうこれでもかってぐらい明智は思い知らされてるといい。もうドンドン底に。
時は流れて。
人は過去には戻れない。
ブラウザバックプリーズ!
07.12.17.TOWEL・M