うっうっ、ルパン以外の人に股開きされた。
現在黒猫と化してルパン宅にやってきたルブランはルパンの腕の中でみーみーと鳴いていた。
『猫の見る夢・後編』
「みうーみうー」
猫はすんすん、と鼻を鳴らしながら、己を抱き上げているルパンの身体にぽすっぽすっと前足を押し付ける。
「こら、猫。くすぐったい・・・やれやれ、ジルベールに股開きされてから機嫌悪いな、お前」
一応大人しくルパンの腕の中に納まっているものの、猫は不機嫌ですと言わんばかりに前足を押し付けたり服をがじがじと齧ったりする。
「服を齧るな!ボロ布とは違うんだぞ!」
「みっっ」
首根っこを掴み上げて身体から引き離すと猫はブランと宙吊りになった。
同時にルパンの視線が猫の其処にいく。
「別に怒ることのことでもないだろう」
「みふッ!」
げし。
天下の大怪盗の顔を、一匹の黒猫が足蹴にした。
「まったく気丈な猫だな」
ブツブツと文句を言いながら、ルパンは湯の張った浴槽に身を沈めた。
眉を寄せて人差し指で鼻の頭をなぞる。
そこにはジルベールと揃いの猫の引っかき傷が出来ていた。
あの後猫は怪盗の手から逃れ床に着地すると、しっぽをぶんぶん振り回して何処かへと行ってしまった。
よっぽどご立腹だったらしい。
やれやれと溜息を吐いていると、半開きだったバスルームのドアからあの黒猫が顔を覗かせた。
「みゃおん」
「なんだ、おまえ。機嫌は直ったのか」
「・・・・・・・」
からかうように言った言葉を理解しているのか。猫はぴたりと動きを止めると、ほんのちょっと毛を逆立てた。
許しちゃいないぞ、というアピールのように。
「・・・わかった、わかった。悪かったよ」
降参だとでも言うようにホールドアップをしてみせる。さもないとこの猫はもう一撃浴びせてきそうだ。
ルパンの様子を見とめると、猫はするりとバスルームに入ってきた。
「おいおい、猫。猫は水がダメなんじゃないのか?」
濡れても知らないぞと言うルパンを尻目に、猫は浴槽から溢れた湯を前足でちょんと触った。
どうもこの猫は水が平気なようだ。
「ふうん?」
その様子を見ていたルパンは試しに洗面器に浴槽の湯を掬い上げると猫の前に置いてみた。
コトリと硬質な音を立てて置かれたそれに、猫は躊躇することなく身体を沈めた。
洗面器から、湯が零れる。
「みゃ♪」
「・・・風呂好きの猫なんて聞いたことないぞ」
やっぱりお前モーリスの飼い猫か?
腕を伸ばし、小さな浴槽で湯に浸かっている猫の頭をカリカリと掻いてやると気持ち良さそうに一声鳴いた。
そしてその後。
「すぴー」
「・・・・おい風呂、いや洗面器に入ったまま寝るな。溺死するぞ」
おまえ、絶対モーリスの飼い猫だろう。
そんなところ似ても死期が早まるだけだぞ。
呆れ顔で呟きながら、ルパンは眠る猫の首根っこを掴んで湯より救出した。
それから数日、猫となったルブランはルパンの邸で過ごした。
一緒に寝るのは勿論、朝夜と問わず起き出す怪盗の唇に存分にキスをした。
体が小さいのが難点だが、密着度はいつもより数段上でルブランはそれをこよなく気に入っていた。
だがしかし日増しにルパンは邸を空けることが多くなりルブランは彼の部下に相手をしてもらうことが増えた。
不自然に開け放たれた窓。
開いていたドア。朝から居ない君。
どうもおかしい。
そして一抹の不安が過ぎる。
部下からの報告は
攫われたらしいが居場所が特定できない、と。
どこか僕の知らない陰湿な部屋で
拘束された君を嘲笑う
憎憎しきその影を
いますぐ殴り飛ばしてしまいたい。
「・・・み?」
扉が開閉する音に目を覚ます。
寝ぼけ眼で首をめぐらすと、ルパンがタイを緩めていた。
時刻は深夜。窓から差し込む青白い月の光に照らし出された彼の横顔は、なんだか疲れている。
「みゃおん」
ベッドの上に起き上がり、囁くように鳴くと彼はこちらに視線を向けた。
何も言わずにこちらに歩み寄ると、何も言わずに手を差し出して何も言わずに私を抱き込むとベッドに潜り込んだ。
ルパンの胸の中で身じろぐが、彼はしっかり私を捕まえて放さない。
「? みゃあ」
「・・・・・・・」
様子のおかしい相手にどうしたのかと声をかける。いや、一声鳴いただけなのだが。
暫くして、震えるような溜息が漏れる。
「おまえのご主人は、何処行っちゃったんだろうな」
「・・・・みぃ」
ここにいるよ、とは言えないままに。
抱かれた温かさが、意識を遠ざける。
ただの眠気とは違う、意識を丸ごと引き抜かれるような感覚は眩暈のそれとよく似ていた。
脳内の温度が、一気に下がる。
頬に当たる硬質的な冷たさに目を覚ます。
「・・・・・・・?」
何故だろう。つい今し方まで彼の温かい腕の中にいたのに。
彼の腕に抱かれて眠ってしまった間に床に下ろされてしまったのか。
いいや彼ならそんなことはしないだろう。
それにさっきから体が重く鈍い感じがする。
頭も朦朧として回らないような。
重い瞼をこじ開ける。
どこだろう。ここは。
少なくともルパンの棲家ではないだろう。
真っ暗なその場所は、瞼を開けても閉じても同じだった。
それに酷く寒く、ひんやりとしている。
光源が一切無いことも手伝って、なんとなく地下を連想させる。
もしかしなくとも、囚われたのだろうか、自分は。
ということはさっきまでのはみんな夢か・・・・
その証拠に、動かす手の感覚は五本の指がきちんと揃っていた。
ふう、と淡い溜息が漏れる。
けれど攫われた記憶が無い。
猫になる夢は朝から始まっていた。それが当てになるかどうかはわからないが、そうすると寝ている間に攫われたのだろうか。
・・・・・・・・。
それもなんだか間抜けだ。
怒られるだろうな。どんな手を使ってでも自分を見つけ出そうとする怪盗をふと思い、そして夢の中の彼を思い出す。
いつもあんなふうに、疲れを押してまで捜してくれているのだろうか。
そう考えると、いつもひょいひょい簡単に攫われてしまう我が身が呪わしい。
その起因は彼の職業にあるのだけれど。
一般人で、たいした抵抗力の無い自分もその一因なんだろうけど。
でもたぶん、いちばん悪いのは。
「モーリス・ルブランの居場所を言え!!言わないと殺すぞ!!!」
レンガを積み上げて薄壁を造りその密室に自分を閉じ込めた、たった今彼の怪盗の手によってその薄壁を叩き壊すハンマーと化した賊だろう。
「っつ、はあ・・・。って壁の向こうに、部屋?」
多少の砂埃を立てて、ただ黒かっただけの空間に光の大穴が開いていた。
ガラガラと、レンガの崩れる音がおまけのように響いていく。
その中で逆光に映る見慣れた怪盗の影。興奮から一変して冷静に暗闇を見渡す。
言う前に死んだんじゃないかな、あの賊。
立ち込める静寂も寒さも文字通り一気にぶち壊した彼の登場に、ついていかない思考回路はぼんやりとそんなことを思った。
きょろきょろと首を巡らす彼の影が、こちらに正面を向けて止まった。
「・・・・・!モーリス!!」
駆け寄って私の顔を覗き込んだ彼の顔は、壁をぶち壊すほどの衝動とは裏腹に蒼白だった。
申し訳なさを感じて瞼を下ろす。同時に意識も落ちてくる。
彼がしきりに私を呼ぶのを感じながら、また猫になってたらどうしようなどと思いつつ意識を手放した。
次に目を覚ましたとき、私は私の寝室で眠っていた。
サッと自分の手を目の前に差し出す。
よかった、人間の手だ。
ホッと息を吐くと、その手を横から誰かの手が握った。
「モーリス」
視線を外らせば、蒼白な顔とは打って変わって安堵した彼の顔。
「よかった」
目覚めのキスと言わんばかりに額に軽く口づけられる。
くすぐったげに目を閉じてそれに甘んじていると、彼と私の間で何かがもぞもぞと動いた。
「?」
目を開けて視線を下げると思わず目を瞠った。
「みゃおん」
そこに居たのは夢ばかりと思っていたあの黒猫だった。
「こら、お前のご主人はまだ具合が良くないんだぞ。・・・っと、モーリス、この猫って君の猫かい?」
君が攫われた朝にここに居たから、てっきり君の猫かと思ってたんだけど。
ひょいと猫を抱え上げてそう言う彼に、肯定とも否定ともつかぬ生返事を返す。
これはいったいどういうことだろう。
自分は夢の中で猫になって。目が覚めて猫ではなくなって。
けれど目の前にはその黒猫が居るという。
「・・・君が預かってくれてたのか?」
「ああ。随分と腹を空かせてたみたいだったし」
「・・・風呂にも入れたか?」
「うん。君とそっくりで命知らずだね。風呂場で寝たよ」
「・・・・・・」
「・・・・モーリス?」
怪訝そうな顔の怪盗。
けれど私にはもう一つ確かめたい決定的な事項があった。
「股開きしなかっただろうな」
「僕とジルベールが見事にやられたよ」
そう言って怪盗は己の鼻の頭を指差した。
そこにはまだうっすらと猫が引っかいたであろう痕が残ってる。
夢じゃなかったのか。
彼の腕に抱かれている猫をじっと見つめる。
なんだかよく分からないが事実の奇妙な一致がある以上、自分はこの猫になっていたのだろう。
あの暗い寝室で見た彼の疲れた顔も、私を求めて呟いた言葉も。
「・・・・・・」
ついと手を伸ばして指で猫の喉を掻いてやる。
猫は気持ち良さそうに、ゴロゴロと喉を鳴らした。
見上げるように首を曝した猫と、それを見下ろす怪盗の目が合う。
途端猫が身体を伸ばす。
猫が何をしようとしているのかはたと気がついて、慌てて彼の手から猫を奪う。
「にゃー」
猫が不満げな声を上げた。
「? モーリス?・・・・!!」
私は素早く彼の唇を塞いでいた。突然のことに、らしくもなく彼が硬直する。
もう私は猫ではないのだから、こればっかりは譲るわけにはいかないのだ。
不満げに抗議の声を上げる猫を置いて、私はぺろんと彼の唇を舐めた。
「モーリス・・・?」
「・・・・・・・・・」
唇を離してから、急に自分がもの凄いことをしてしまったことに気がついた。
何と言い訳しようかとあぐねいていると、頬に彼の手が添えられ今度は彼から唇をふさがれた。
どうやら彼はこれをお誘いと取ったらしい。
二人でゆっくりベッドに沈み込みながらまあいいかと思った。
ぱたぱたと、猫が部屋を出てゆく音が聞こえた。
───
「ときにモーリス、この猫なんて名前なんだい?」
「んーーー。・・・『わたし』、かな」
「なんだいそれ。この子は君ってこと?」
「そんな感じかな」
「じゃあ『わたし』なんかじゃなくて『モーリス』って呼ぼう。モーリスーおいでー」
「みゃー」
「・・・・・・・・・」
「あれ、二匹来た」
───
END
なんか最終的に長編のダイジェスト版みたくなってしまった。
前後編で収まる話じゃなかったな。失敗失敗。
主旨としてはルブランに自分が居なくなったときのルパンの表情を見せてやりたかったのと
単純に密着度を上げたかっただけです。(笑)
前者が少し薄らいじゃったかな。まあまたの機会にうまくやろう。
とりあえずこの話でルブも妬くんだなということが分かったので良し!
ブラウザバックプリーズ!
07.11.29.TOWEL・M