「おや、明智先生はご不在ですか」

 と言っても、本日明智探偵が不在だということは彼にとって既知の事実だった。

 明智探偵の書斎机に腰を下ろし、ぐるりと部屋を見回す。

 

 

 

『昼の窓辺に夜が下りればちいさな花も開くだろう』

 

 

 

 書斎机に座りあまつさえ足を組む。

 常識的に考えれば何とも行儀の悪いことだが、男の洗練された滑らかな動きにはそれすらも貴賓たる行為になる。

 敵対する探偵の家に怪盗がいるなど、普通の人が聞いたら怪訝に思うことだろう。

 今日はとくに何を仕掛けに来たわけでもない。

 ただ仕事を済ませた帰りの近くだった為にちょっと寄ってみようかなという気分になっただけだ。

 たしか明智は他の事件で今日は不在だったはずだし。

 何もしなければ別に出入りしたっていいだろう。だって自分は怪盗なのだし。

 二十面相の犯罪方程式は常に『盗む=法に触れる』だ。盗みや人攫いをしなければ、彼にとってはもはや犯罪ではない。

 怪盗だろうと何だろうと人の家に勝手に出入りするのはご法度だということに、感覚的に麻痺してしまっている二十面相は気づいていない。

 それはさておき情報どおり明智が不在だった為、現在に至るというわけだ。

 頬杖をつきながら、ブラブラと足を揺らし二十面相は書斎を見渡した。

 

 探偵の書斎。

 窓を背にして書斎机。

 その前には来客用の長椅子。

 そして両壁にはガラス戸付きの本棚。

 皆が想像する、ありきたりな書斎だ。

 

 ちらりと後ろを振り返ればそこには明智の指定席とも言える一人がけの椅子がある。

 よっぽど座ってみたいと思ったが、そこはそれ、明智に対して失礼たる行為だと判断して止めた。

 その書斎机の上に座っているのだって、よっぽど失礼な行為だと思うのだが。

 例によって二十面相にそんな意識は無い。

 二度三度と書斎に視線を巡らすうち、二十面相はふと己のすぐ手元にからっぽの一輪挿しが置いてあることに気がついた。

 それは何処にでも売られてあるごく普通の花瓶だったが、なかなか品のよい風体をしていた。

「勿体無いですねぇ。せっかく花瓶があるんでしたら、何か活けたらよろしいでしょうに」

 ひょいと花瓶を持ち上げると、くるくると器用に回す。

 しばし思案したあげく、花瓶を元の位置に戻すとひらりと手をひらめかせて一輪のマーガレットの花を取り出し、一輪挿しへとそっと活けた。

 確か、明智宅のこじんまりとした庭には今時期マーガレットが咲いていたはずだ。

 だから帰ってきた明智がこれに気づいたとしても、さほど不審に思うことは無いだろう。

 そう、せめて可憐な花一輪くらい。

「怪しまれて散る前に捨てられる、なんてことにならないといいですね。ね、お前?」

 つい今し方自分で活けたばかりの花にそう語りかけると二十面相は手袋の嵌った指でちょいと花をつついた。

「もっとも私の置き土産だと知れたら即破棄されてしまいそうですけれど」

 いつもは怪しく自信に満ち溢れた煌きを放つ黄金の瞳が、ほんの少し伏せられて影を落とした。

 その瞳の影に思い浮かべるのは好敵手である、想い人だ。

 

 二十もの顔を持つなんて、なんて厄介なんだろうか。二十面相はそう思う。

 いつもいつも変じた誰かの姿でしか彼と相対できなくて。

 稀代の奇知を以ってして彼はいつも自分をそれだと見抜いてくれるのだけれど

 見抜かれたところで己の顔を曝す勇気など自分にはほとほと無くて。

 まして真実自分の顔で彼の前に立つことがあったとしても

 

 きっと、何の興味も介さず彼は通り過ぎていってしまうことだろう。

 

「・・・・・少し長居が過ぎましたね。」

 不意に階下が騒がしくなった。この部屋の主が帰ってきたのだ。

 さあもう立ち去らなくては。ちらとでも物音のひとつも立てないように細心の注意を払う。

 鋭い彼は、どんな微細な音にでも異変を察知してしまうだろうから。

 そそくさと身支度を整えて、書斎を後にしようとしたところで二十面相はふと振り返った。

 

「おまえ、しっかりやるんですよ」

 

 そう一言漏らすとあとは迷いも無く飛び立つ鳥のように姿を消した。

 書斎机の上でちいさなマーガレットが一輪、その身を揺らした。

 

 

「ふう。やれやれ」

「先生、お疲れ様です」

 書斎の扉が開け放たれ、明智とその少年助手が入ってくる。

 何か飲み物淹れましょうかと気遣う少年助手にそうしてくれと言いながら

 書斎の椅子に腰を下ろしようやっと人心地ついた探偵はふと机の上のものに目を留め首をかしげた。

「・・・小林君」

「はい?」

 ちょうどお茶の用意をして戻ってきた少年に、明智はひとつ腑に落ちない表情で尋ねる。

「この一輪挿しに、花なんて活けてあったかな?」

 疑問の色を浮かべた明智の視線の先には可憐なマーガレットの花一輪。

「え?あ、ホントですね。僕は気づきませんでしたけど・・・でもこの花ならお庭にも咲いてますし。探偵団の誰かが活けてくれたのかもしれませんよ」

 良かったじゃないですか、花も無いのに花瓶を置きっぱなしにしてるのも何ですし。

 単純に少し書斎が華やいだことを小林少年は喜んだ。

「ふん・・・うん、まあ・・・そうだな・・・・」

 まだどこか腑に落ちない様子を見せながらも、明智もそう気にすることでもないと判断したらしい。

 人差し指でちょんと花をひと突きすると、視線を手元の資料に落とした。

 

 書斎の窓の下に広がる庭。

 マーガレットの群生が、吹き抜ける風に揺れた。

 

 

 

END

第二弾は20→明智で。
マーガレットの花言葉に『秘めた愛・花占い』とあったのでこりゃいいやと採用。
明智の書斎とか庭とか全部捏造。知るかそんなモン。(ええ?)

ブラウザバックプリーズ!

07.11.19.TOWEL・M