「モーリス、モーリス」

「ん・・・」

 

 優しく静かに呼ぶ声にふと目を開ければそこには同じく優しく微笑を浮かべる彼の顔。

 覗き込まれているということは自分は横たわっているということで

 どうして横になんかなっていたのだったかと記憶をさぐりつつ身を起こそうとして両腕が頭上に拘束されていることに気づいた。

 頭の上でジャランと鳴るのは鎖の音。

 見上げる彼の後ろに控える鈍色(にびいろ)の天井に、自分がラ・サンテ刑務所に放り込まれたことを思い出した。

 

 

 

『君の独房』

 

 

 

 ルパンの冒険譚なんて書けば、必ず警察には呼び出されるか何かされると思っていたが。

 いきなりサンテ刑務所に放り込まれるとは思わなかった。

 まあ警察にしてみれば私がルパンの部下か、あるいはルパン本人かもしれない可能性があると睨むのだろうから当然といえば当然か。

 もちろんそんなわけなどあるはずもなく私は私。ルパンをルパンとして知る、一般では珍しい友人である。

 今日一日でいろいろと訊かれたり問い質されたりしたが結局私が答えられる事実など然程もなく。

 時間の無駄とも思える聴取はそれで終わってしまったのだった。

 ちっとも進まなかった聴取の腹いせかそれとも逃げられるとでも思っているのか。

 私は両手に手錠をかけられ鎖で繋がれ、粗末な寝台の上に一夜拘束される形となった。

 朝になったら腕が痺れてるだろうななどと考えているうちにも眠ってしまったらしい。

 気がついたら彼の声がして、現在に至る。

 

「モーリス大丈夫?酷いことされなかった?」

「うん。平気」

 というかルパン、顔近い。

 こちらの顔を両手で挟み、鼻先が触れ合いそうなほどの距離で心配そうな彼の顔が覗き込んでくる。

 改めて本当に端正な顔だなぁなんて思ってみたりする。

 でもこの体勢でこの状況はちょっと心臓に悪い。

「ルパンー。これ解いてーーー」

 がしょがしょと腕を動かして鎖を鳴らすとルパンがああ、と気づいてくれたがそこで何故かふと彼の動きが止まった。

「・・・・・・」

「? ルパン?」

 どこか彼の瞳に彼の職業特有の煌きを見た気がして、内心ギクリとする。いわゆる嫌な予感だ。

 その証拠に、彼は意地悪げに口端を吊り上げた。

「モーリス・・・本当に何にもされなかった?」

「・・・・・・。されて・・・ない・・・」

 腕が拘束されているのでどこにも逃げようなど無いのだが、それでもその身を引こうとして鎖がジャランと音を立てる。

「本当に?たとえば・・・」

 こんなこととか?と言って彼がゆっくりと太腿の内を撫で上げてくる。

「やッ・・・ひゃ、ちょ・・・!」

 慌てて足を閉じようとしたが彼がそれを許すはずもなく、逆に大きく開かれてしまった。

 いやらしい手つきで、何度も撫で上げては際どい所で止めるという行為を繰り返す。

「う・・・ルパン・・・・止めっ」

 背筋を走るじんわりとした痺れに耐えかねてギュッと目を瞑ると彼がクスリと笑った。

「・・・!ああっ、やっ・・・・!」

 際どいところで引き返していた手が、そこから先へと伸ばされた瞬間。

 

「そういうことは帰ってからやれい!!」

 

 ガコン!と音がしてルパンの後頭部が殴打された。

 全く!この節操無しが!!と呆れ顔で零した相手は彼の宿敵である反面善き理解者でもあるガニマール警部だった。

 

「〜〜〜ッ、痛いじゃないかガニマール!!」

「余計なことしとらんでさっさと連れ帰らんか!独房なんぞでお前に事に及ばれたらそれこそパリ警視庁の名折れだ馬鹿モン!!」

「そもそもルブランがこんな艶めかしい目に遭う破目になったのも元はと言えば君がいなかったせいだろう?!」

 いまなんか変な形容詞入った。

 ギャンギャンと大声でまくし立てる警部と怪盗。

 他の独房の人に迷惑じゃないだろうか。いま夜中だろうし。

 先ほどの前戯と放って置かれている悲しさからじんわりと目に涙が浮かぶ。

「ルパンーーー・・・」

 ぐすっと半泣きの状態で呼べば彼は我に返ったらしくはっとしてこちらを見ると慌てて駆け寄って今度はすぐに腕の戒めを解いてくれた。

 私が身を起こすとルパンはそっと前髪を掻き揚げて子どもをあやすかのように私の額にキスを落とした。

 その後ろでガニマールがやれやれと息を吐く。

「ほら、さっさと行かんか。予判審司には俺から言っておいてやる。面倒になる前にさっさと帰れ」

 シッシッ、と追い払う仕草を見せるガニマールに、ルパンは片眉を上げてニヤリと笑った。

「君のそういう単純≪バカ≫だけれども愚か≪バカ≫ではないところが僕は好きだよ」

「やかましい!!」

 ガニマールががなり立てる声を背に、私はルパンに手を引かれてその独房を後にした。

 

 サンテ刑務所を出た途端、私はなんだか力が抜けてふらふらとルパンの方に凭れてしまった。

 慌ててルパンがしっかりと支えてくれる。

「モーリス?!大丈夫か?!」

「なんか・・・、」

 意外と緊張してたみたい・・・そう言っていよいよルパンに体重を預ける。完璧に一人で立っていられなくなったのだ。

 そうと悟ったルパンが私の身体が崩れ落ちる前にひょいと横抱きに抱え上げる。

 刑務所の前には車が一台横付けされていて、ルパンに抱きかかえられたまま車に乗り込んだ。

 車内でも、彼はずっと私を膝上に抱きかかえたままでいた。

「きみが連行されたのがたまたまガニマールがいない日だったというのが災難だったな」

「・・・?そうなのか?」

「ああ。そもそもガニマールだったらきみを連行するなんて馬鹿げた行為自体しないさ。あいつは長い付き合いなだけあってよく分かってる」

 疲れただろう。ちゃんと寝室まで連れて行くからもうお休み。

 そう言われて髪を梳かれると途端に睡魔が襲ってきた。

 けれども眠りに落ちる前にどうしてもしておきたいことがあった。

「ルパン・・・・」

「うん?」

「お礼・・・」

 助けてくれてありがとう・・・。

 

 ちゅ。

 

 私の呼びかけに対して首を傾げて微笑み答えた彼の頬に、私はとひとつ小さくキスを落とし。

 そのまま襲ってきた睡魔の波に飲まれて意識を飛ばした。

 

「モーリ・・・」

 驚きに目を瞠って彼を見やれば、彼はすでに目を閉じて夢中の人となっていた。

 拍子抜けする反面、頬に触れた彼の唇の感触を思い出して思わず顔が綻ぶ。

「どういたしまして?愛しの姫君」

 眠っている彼の唇を呼吸の妨げにならない程度に啄ばんだ。

 

 次に彼が目を覚ましたら頬にキス以上のお礼を頂くことを期待して、夜の街を失踪する車の中でルパンはひとりほくそ笑むのだった。

 

 

 

END

ただ単にルパンが鎖につながれたルブに悪戯するシーンが書きたいがために打ったものです。
なので本当に山なし落ちなし意味なし。(爆)
いいよもうルブラン可愛ければ何でも。(いいのか)

07.11.19.TOWEL・M