「泥棒ッ!盗っ人!ペテン師ッ!!鍵は私のものだ!!そうさ、ちゃあんとこっちに鍵はあるんだこの大馬鹿者めがッ!!」

 

 意味の取れぬ言葉を叫び、急に悲鳴を上げ、ケタケタと笑い出す。

 

 崩れ落ち、すすり泣き声を上げながら考えることはただ一つ。

 

 

 

『モーリスとは一体何を意味するのだろう?』

 

 

 

 うろうろパタパタ。そわそわパタパタ。

 珍しく玄関から入ってきた怪盗の目に飛び込んできたのは、部屋の中を妙に落ち着かない様子でぐるぐると行き来する己の伝記者の姿だった。

「モーリス?」

「!」

 何してるんだ?と、久しぶりに会うというのに怪訝げに声を上げれば、彼がもの凄い勢いでこちらを振り返った。

 すぐさまパタパタとこちらに駆け寄ってくると、珍しく彼の方からぎゅーっと抱擁された。

「どうした?」

 ラ・サンテ刑務所の冷たい独房では決して味わえなかった柔肌の感触に、思わず口元が綻んでしまう。

 一方彼はと言えばしきりに僕の後頭部を触ったり、ぺたぺたと僕の顔に手を触れてくる。

 彼が少し身体を離して顔と顔を見合わせた瞬間、彼の瞳にはどこか不安げな光が宿っていて。

 あまつさえ心配げに寄せられた眉に、得心が行く。

「連絡もしなくて悪かったね、何せ刑務所で発狂してたものだから。そう易々とバレるとは思わないけれど、用心のために連絡は出さなかったんだ」

「・・・・・・」

 ごめんね、心配かけてと謝ると、彼は「発狂」という言葉に反応したらしい。殊更心配そうな顔で見つめ返されてしまった。

「もちろん発狂は演技だったよ?最初から最後までね。まあ後頭部の一撃は本当に紙一重だったけど」

 でももう完治しちゃったんだ。独房で甲斐甲斐しく世話をしてもらったおかげでね。

 発狂する自分を見て然もお手上げだと言わんばかりのガニマールを思い出して喉奥で笑う。

 刑務所に戻る車内ですべてを明かしたとき同様、彼の前だというのに大声で笑い出したくて堪らない気分になった。

 笑いを堪える為に俯いた自分をどう思ったのか、モーリスがしきりに頬や髪を撫でてくる。

「くすぐったいよ」

「・・・・・・」

 一通りの身体チェックが済んだのか、それとも気が済んだのか。

 モーリスはようやっと僕から身体を離した。

「・・・・・・・」

「・・・モーリス?」

 いつまでも無言な彼を訝しみながらも視界を遮っていた彼の体が離れたことで、ふと部屋の様子に目が行く。

 テーブルの上に並べられた各種の新聞。さらに床に散らばる、おそらくは日付の遠退いた新聞たち。

 それらは常ならば玄関に放置され、山高く峰を築いた辺りで僕ないし何処ぞの彼の友人が片付けろという悲鳴の下に役目も果たさず破棄されていくものだった。

 それが今日は玄関は綺麗に片付けられていて。

 今日は部屋の中が、常ならぬその惨状と化している。

「モーリス・・・・」

「・・・・・・・」

「もしかしなくても、怒ってる?」

「・・・・・・・」

 再びモーリスが僕の首にきゅうっと縋り付く。

 僕の首に顔を埋めながら、ふるふると首を振る。

「怒ってない」

 ようやっと聞けた彼の声は、少し震えていた。

「勝手に心配してただけだ・・・・心配だった、だけだから。だから、」

 何でもない。そう言う割には顔を上げずいる、いや上げられずにいる彼をいじらしく思う。

 いまだ首に縋りついたままの彼をひょいと抱え上げるとそのままソファにどっかりと腰を下ろす。

「心配をかけたのは悪かった。でも僕は君が想ってる以上に君を想っているつもりだし、今回の仕事の勝利をもたらしてくれたのは、他ならぬ麗しき君の名だぜ。」

「?」

 モーリスがゆっくりと顔を上げる。その瞳が少し夜露を含んでいるのは見間違いではないだろう。

 それにクスリと苦笑を漏らしながら、彼の頬をゆっくりと撫で上げる。

「モーリス・ド・カステル=ベルナック・・・・モーリス・・・モーリシャス島・・・・人参は、煮えたんだよモーリス」

 彼の目の前につと取り出した古封筒。その手つきは一流手品師のそれであり、何処から出したのか、常人では分かるまい。

 きょとんとした顔で、モーリスは濡れた瞳をぱちっと瞬かせた。

 モーリス・ド・カステル=ベルナックはこの度使用した偽名。

 名乗るのなら別にカステルだけでも良かったのだが、この度は何故か守護印だとでも言うようにその名を騙った。

 一度仕事を始めたら長らく顔を出せないことも多いが故の、不安の顕れであったのかもしれない。

 そしてそれは起きてしまった。忌々しき欲持つ輩によって浴びせられた非道なる一撃の下に。

 本来ならばもっと早くカタがつくはずだった。

 不愉快なる一撃による昏睡と発狂という寸劇の末にようやく手に入れたのは───

「モーリス、君だ」

「・・・・・私?」

「そう。君だ♪」

 言いながら古封筒をヒラヒラさせる僕を見て、モーリスはちっとも分からないとでも言うように怪訝そうな顔で首を傾げる。

 僕がグッと顔を近づけたせいでモーリスは反り返って距離を保とうとするが、それが寝技に持ち込まれる危険性があるなどと、彼は夢にも思っていないのだろう。

「ここに二枚の切手が貼ってあるだろう?これはかつて仏領土であったインド洋にある群島・モーリス島───そこで発行された、最初の切手だよ」

 たったこれっぱかしの切れ端が、値段なんてつけられない、文字通り一財産の代物だったんだよ。

 

 この一財産の持ち主であったオリベイラの死の言葉「モーリス」が何を意味するのか。

 ラ・サンテ刑務所で発狂を演じる間、ずっとそればかり考えていた。

 僕にとってのモーリスだったら、こんなに簡単な答えは無いのに───

 不謹慎にも、謎解きの最中にまでちらつくのはいま己の腕の中にいる想い人ただ一人。

 

 そのモーリスはというと目をまあるくして古封筒の隅っこに貼られている切手をその白く細い指先で、つ・・・となぞっていた。

 僕にとってはいまこの瞬間、その指が触れた紙片こそ値もつけられぬ一財産であったが───まだ見せたい手土産があったのでそれを口にするのはやめておいた。

 不思議そうに切手を眺める彼の視線の横で、胸ポケットからもうひとつの戦利品を取り出す。

「それともうひとつ。外湖≪ウートルメイル≫の雫だよ」

 するりと解いたハンカチーフから転がり出た大粒の真珠を見せると、モーリスは小さく感嘆の声を上げた。

「綺麗だな。ちょっと青白い」

 触ってもいいかと了承を取ってきた彼に、もちろんと返して真珠を差し出す。興味津々な輝きを放つ瞳とは裏腹に、真珠を弾くその動作がおっかなびっくりなのが可笑しい。

「もういいのかい?」

 その様子をくすくすと笑いながら尋ねると、うんうんと繰り返し首を縦に振った。

 君だったら、ちょっとくらい粗雑に扱ったって別に構いやしないのに。

 

「さて、今回心配させた侘びにこれを君にあげたって構わないんだが・・・・このままじゃあちょっと実用性に欠けるのでね」

 こんなのを拵えてみたんだが、どうかな?

 ルパンが手を一度翻すと、青白い大粒の真珠は姿を消し。その代わりに程よい大きさの真珠が、真鍮製の金具に納まっていた。

「わあ」

「ジェントルマンの嗜みのひとつとして、如何かな?」

 まるで魔法をかけるような手つきで、ルブランのネクタイにそれを留めた。

「ネクタイピンか」

「いいだろう。華美過ぎず、地味過ぎず。君にぴったりだ。」

 似合っているよと告げれば、基本無表情なその顔にほんの少しの綻びを見つけられる。

 それを目にするたび、ルパンは純粋に彼が好きだなぁと想うのだ。

 そしてそこから滲み出てくるのは本気の悪戯心。

 

「やあ、しまったすまないね、モーリス。そいつはちょっと預からして貰うことになりそうだ」

「?」

 返せということか?と首を傾げる彼は、いまの自分がどういう状況に置かれているのかなんて毛の先ほども頭に無いに違いない。

 可笑しくて可笑しくて、クックックと笑いが漏れる。

 彼がいまどういう状況かというと───僕の膝上でソファに横たえられ。その上から僕が覗き込んでいる。そういう状況。

 

「だってこれを取らないと脱がせられないからね?あとでまた服を着せた後に、もう一度着けて見せておくれ」

「え?脱がせるって・・・え?」

 

 ここまで言ってもまだクエスチョンマークを飛ばしている物分りの悪い子に仕置きを下すべく、ルパンは笑いながら手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 END

リハビリルパルブ。1点書き上げましたよSさま。(笑)
19世紀のNovel部屋にルパルブが無いとのご指摘を受けそういや無いやこりゃマズイとばかりにルパルブ強化に乗り出した次第でして。
また幸いにも新たなネタが入ってきたところだったのでね。
今回はようやく手に入れたボアロー・ナルスジャックの贋作『ルパンの発狂』が基です。
ルパンが発狂しちゃうんだぜ。ガニマールも途方に暮れちゃうんだぜ。偽名がモーリスなんだぜ。
極め付けが『一体モーリスとは何を意味するんだろう』発言なんだぜ・・・・!!
恋人に決まってんじゃないかと叫びたいのは水玉だけですか。そうですか。
しかし誰かルパンの発狂ネタを共有できる方はいらっさるんだろうか・・・!
これ昭和44年モノなんですよ。言葉も昔表記。『するんだう』とかって表記になってるんだもん。
ああでももしも読める機会がある方はお読みになってそこのお嬢さん・・・!!(誰)

ブラウザバックプリーズ!

07.11.14.TOWEL・M