夜も更け、ミドルセックスストリートのどこからともなく聞こえて来る悲鳴もなりを潜めた頃。

 稲妻に貫かれたような突然の腕の痛みに飛び起きた。

 

 

 

『裸の腕』

 

 

 

「────ッ!!」

 跳ね起きた途端、ベッドのスプリングがギシッと悲鳴を上げて軋んだ。

 いまにもバネが壊れそうな軋み具合は俺の腕に走った痛みに似ていた。

 いや、正確に言えば『無い腕に』走った痛みであったが。

 俺には両腕が無い。

 肩から10センチほど降りたその先にはあるべき肉は無く、代わりに木製の義手がその役目を果たしている。

 もともと無かったわけではないが、ワケは語るに忌々しい。

 気休めだがそれでも義手の腕を摩ろうと手を伸ばそうとしたところでふと気がつく。

 いま、己の腕には仮初の腕すら無いことに。

 ───ああそういえば月に一度のメンテナンスに出したんだっけか。

 現状を思い出したはいい。しかしこれだと痛みを耐える行為はおろか、むしろ痛みに悶え苦しみ転がりまわることぐらしか出来ないだろう。

 弱ったな、と途方に暮れたとき、隣で横たわっていたモノが蠢いた。

「ぬぅ・・・」

 寝ぼけ眼でのっそり起き上がったのは俺の女のハルヒだった。

「あ、ワリ起こし「うるさい」

 ゴガン!と問答無用の拳が頭部を撃墜した。

 

「・・・・・・」

 時々俺はコイツにもの凄い殺意を覚える。

 もしこれが酒場で絡んできた酔いどれ若造だったり小汚い娼婦だったりした日には殺ってる。

 確実に殺ってる。

 今だって実際、殴られた瞬間に瞬殺してておかしくないくらいの衝動を抱いた。

 けれどそうはならないのは。

 

「腕が痛いの?」

 

 その次の女の行動と言動パターンが突飛すぎて、俺を呆気にとらせるからだろう。

 

 

 ついと白い小さな手が宙に触れるように俺の肩から向こうの闇に置かれる。

「腕が痛いの?」

 そう言って腕が本来伸びているであろう場所を摩るような動作を開始した。

「・・・・・・ぇ?あ、お、おお・・・」

 ハルヒの発言と行為とで俺の殺意だの衝動だのといったものは一瞬にして吹っ飛ばされ、いまはただ与えられる好意に戸惑うばかりだ。

「どの辺?この辺?」

「あ、んーーー・・・もうちょい下・・・肘・・・関節ら辺、か?」

 まるで俺の腕があるが如くごくごく自然に訊いて来るものだから俺は困ってしまう。

 おまけに俺の答えに迷うことなく「じゃあこの辺か」などと言いながら腕を摩る動作を繰り返すのだからどうしたらいいのか分からなくなる。

 身動きするとハルヒが掴んでいる見えない俺の腕も一緒に動いてしまいそうで、そうなるとハルヒに「動くな」と言われそうで俺は妙に身体を強張らせて座っていた。

 

 ベッドの上に起き上がって、二人。

 腕の無い男と、何も無い空中を懸命に摩る女。

 

 傍から見たら、それはどんな光景に映っただろう。

 

 それとも、彼女の目には見えているのだろうか。

 俺には無い視点で、視界で。

 そこに俺自身ですら長らく見ていない腕を見ているのだろうか。

 

 まるで裸の王様だな。

 思い浮かんだ自身の言葉を思わず鼻で哂った。

 

 

 清い心のものにしか見えない着衣。

 

(清いものにしか見えない俺の腕?)

 

 着衣を差し出された王様はそれが見えなくて慌てて見えてるフリをする。

 

(俺の腕なのに俺には見えない。穢れているから?)

 

 それを着て出かけた王様を見て、同じく着衣が見えず慌てた村人は口々に言う。

 

(腕が無いと思い込み刃を生やして飛び回る俺を見て倫敦の紳士淑女は口々に言う。)

 

 『なんと素晴らしいお召し物』、と。

 

(『あれぞまさしく切り裂きジャック!』、と。)

 

 

 本当はそんなもの、在りやしないのに。

 

(誰一人清くない。だから見えない。それは無いのと同じこと。)

 

 

「だいぶ落ち着いた?」

「え?」

 耳に届いた声に、意識が戻ってくる。

 気づけばそこは夜の部屋で、変わらず二人してベッドの上。

 そして気づけば確かに痛みはもう退いていた。

「あ、ああ・・・楽になった・・・・・」

 ハルヒが摩っていた手を離す。

 俺はなんとなく調子を見るように腕の付け根をグルグルと回した。

 在る腕をグルグルと回すように。

 その様子を見て、ハルヒは満足げに微笑んだ。

 

(そのとき一人の子どもが言いました。)

 

「もう大丈夫?」

「ああ。平気だ」

 なんとなくそのハルヒの表情が好いなと思った俺は、つられるように笑い返した。

 

(そのとき子どもが言いました。『王様は裸だ!』)

 

「けっこう時間経ったな・・・明日は昼まで寝るなこりゃ」

「ん〜〜〜・・・どうせ昨日から雨だしまだ降ってるし・・・どうせ明日も雨だろうから寝てたって誰も構わないよ」

「だな」

 

 早々にベッドに横たわったハルヒに毛布をかけてやりながら俺も横になると、惰性な会話をそのままに目を閉じた。

 

 ───裸の王様はみんなに裸を見られていい笑い者。

 じゃあこの腕は?

 

 あの夜ハルヒは俺の腕を視た。俺の無い腕を。

 そして彼女は掴んだ。俺の腕を。

 俺の、裸の腕を。

 

 この裸の腕は彼女を取り逃がすことなく掴んでおけるのだろうか。

 

 

 

END

裸の王様は笑い者、裸の腕は彼女を逃して(亡くして)哂いモノ、というのが真のオチです(爆)
リパの無いけど腕が痛い〜ッっていうネタは前からやりたかったんだ・・・!(もうどっかでやったっけ?;)
なんか、足とか切断して間もない頃にはあるらしいですね、こういうの。
足は無いんだけど膝裏が痛いから摩って〜って夜中にナースコールで呼ばれたとかいう看護婦さんのお話をどっかで小耳に挟んだような。(曖昧)

ブラウザバックプリーズ!

07.10.31.TOWEL・M