俺は帰りたかったのかもしれない。
女の臓腑の奥底深く
掻き分けて
俺がもと居た場所へ。
けれど俺がもと居た場所を持つあの人はもういない。
だから、おれは。
『事あるごとに深く想った、それゆえに手を伸ばした。』
いつものようにホワイトチャペルの一角で手も顔も女の返り血で真っ赤に染まっていたある夜。
真っ赤になった義手の指に長い腸を絡めて遊んでいたところで、はたと思い至った。
娼婦の身体を切り裂きその腸を引きずり出し愛で弄ることに楽しみを見出して最近はすっかり忘れていたのだが。
腸の載った木製の手のひらをゆっくりと握る。
ぶちぶちと音を立てて、ちぎれた腸がぼたぼたとこれまた木製の床に落ちた。
落ちた腸など目もくれず、俺はただ目を閉じた───このとき、瞼の裏に映るのはまだあの女(ひと)だった。
実のところ、俺に母親の記憶はそんなに無い。
記憶にとどめるにしろ別れにしろ。それはあまりに早すぎた。
幼い頃は明瞭だったその記憶も、成長と共にひとつ減りふたつ減り───いまではもうすっかりおぼろげな影でしか無い。
けれどもその影は美しい。紅く美しい影。俺の母。
紅い聖母、紅いマリア───
俺は無い手で聖母の絵をよく描いた。
紅い母の影を追いかけて。
事あるごとに深く想った。それゆえに手を伸ばした。
けれど俺には“感覚”が無い。この手に触れる、感触が。
どれだけ母と同じ娼婦(母に比べたら彼女たちは同じと言うには程遠かったのだけれど)の腸を掻っ捌き、
手を突っ込んで引っ掻き回してみても俺の手は穴の空いたバケツのようだった。
その温かな感触は俺の手に宿ることなくすり抜けて、零れ落ちていった。
仕方が無いからその温かな臓腑を持ち帰った。
その臓が腑が纏う温かさと紅が羨ましくて堪らなかった。
少しでもその姿形を保てるようホルマリンに漬けた。
ひとつそうして飾ってしまうと愛しくて愛しくて愛しいと思うあまり悲しくなった。
胸が締め付けられるほどの感情。
たったひとつでは、この頬を伝う涙は止められなかった。
───塒がホルマリン漬けの瓶で溢れるのにそう時間はかからなかったな。
すう、と目を開けるとそこは暗い安宿の部屋。
ベッドには風化した人形のようなもとは女だったモノが転がっている。
原型をとどめない肉塊にはもう何の興味も持てなかった。
ふと手の中の潰れた腸に目を落とす。
これももう、何の意味も無いものだ。
ヒュッと腕を一振りするとベシャッと汚い音を立てて黒い線が壁に走った。
「もう子どもじゃあ無いんだ。心配するな」
いまやすっかり摩り替わった女の腹を引き裂く理由。
母への憧憬から明瞭な感覚への渇望。そして永らくなるかな、時よ。永久よ。その象徴へと。
カツカツと音を立てみすぼらしい部屋を後にする。
事あるごとに想っていたよ。
だから俺は手を伸ばした。
そしたらもっと欲しいものが増えた。
変わっていないといえば臓腑の温かさを好んでいることぐらいか。
アレに包まれたらどれほどに心地よいことかと夢想する。
そこで俺ははたと思いつく。
なんだ根本は変わっていないのかと。
臓腑に包まれる心地よさ───それはすなわち、母なる宮に他ならない。
生れ落ちる前は誰もが居た場所。
もちろんこの俺も。切り裂きジャックといま謳われる男さえ、人の腹から生まれたのだ。
けれどその腹はただひとつしかない。
そしてそれはもう無い。
それは───
「餓鬼だな」
人通りのない通り道。
クッ、と皮肉的な哂いをひとつ落とし、危険な紅い宝玉は夜に消えた。
切り裂きジャックといま謳われる男さえ、人の腹から生まれたのだ。
けれどその腹はただひとつしかない。
そしてそれはもう無い。
それは───
それは赤い影の聖母様。
END
結局回り回って母親に戻ってきてるリパ。
ハルヒが介入してくる前みたいな感じで。
かと言ってハルヒに母性を見出して惹かれたんじゃなくて、
奇妙な生き物的な感じでハルヒを見てる感じ。
あーあれだ、ずっと女の人には母性しか求めて来なかったんだけど、ハルヒがそれに当てはまらないみたいな。
ブラウザバックプリーズ!
07.10.21.TOWEL・M