さあハリー

 

 

 ようやく、君の番だよ。

 

 

 

 今度は君が泣く番だ。≪あるいは連鎖する悲しみ≫

 

 

 

 ヘンリー・ウォットン卿が愛しき青年、ドリアン・グレイの死を知ったのはその葬儀も埋葬もすべて片付いた後のことであった。

 それはヘンリー卿だけに関わらず、すべての人がそうであった。

 ドリアンの家人が、あのかつての主人の美しさの欠片も残っていない亡骸を曝すのは忍びないと思ってのことだった。

 勿論それは口外されることは無く、世間は単に訃報すら回してくれなかった家人に不満を漏らすだけだった。

 そしていつまでも若々しく、美しかった青年の突然の死を心から嘆いた。

 ヘンリーウォットン卿も、その一人だったのである。

 

「私は短い期間に二人の友人を失った。一人は未だ行方も消息も知れず、一人は故人となった。

 一人は美しい故人の肖像画を描き。故人はその美しさと瓜二つに美しく描かれた肖像画だけを残して去った。」

 

 私独りだけになってしまったね、バジル。そしてドリアン。

 

(そうだねハリー。そしてハリー、今度は君の番だ。)

 

 そう呟くヘンリー卿の目の前にはあの絵があった。

 バジルが描き、ドリアンがモデルとなったあの肖像が。

 絵の中のドリアンはバジルが描き上げたあの日と同じ───美しさで以って、微笑んでいた。

 

「まさか君の──いやこの場合君たちの、かな──肖像に黒いリボンを掛けねばならない時がくるなんて、ね。」

 

 思いもよらなかったよ、とヘンリー卿は一人溜息を吐く。

 

(そうだね、ぼくも思いもよらなかったよ。でもね、そうなるようにしていったのは君なんだぜ?)

 

「私はこんな呆気ない幕切れを」

 

(ぼくの懇願を無視して)

 

「望んでいたわけではないのに」

 

(彼に悦楽を説いたのは、誰だい?)

 

 

 溜息と共にうつむいたヘンリー卿は気づくまい。

 自分の目の前にあるドリアン・グレイの肖像が、バジル・ホールワードの肖像へと変わっていたのを。

 

 ぼくはこの絵に自分を、想いを込めすぎた。

 君は知る由も無いが、彼に刺殺されたぼくの魂はこの絵の想いに引き寄せられた。

 そうしてこの絵の中で苦悩する彼の悲しみに触れ、彼の嘆きに涙し、彼の懺悔に寄り添った。

 そして彼がすべてにケリをつけるのにも立ち会った。

 

(だけど彼の魂は未だこの絵に囚われたままだ。

 夜な夜な抜け出しては何処かへ行っている。今夜も居ない。

 夜明けと共に帰ってくる。その美しい顔を曇らせて。

 ああ、君は夢にも思うまい?亡き後も美しい彼が眠りもせず彷徨っているなど!ええ、ハリー!)

 

 君はさっきこの肖像画に向かって『君たち』と言ったけど、まさしく今ぼくと彼はこの絵の中で共に在る。

 ただ彼はそのことを知らないし、伝える気も無い。

 

 ───だってそうだろう

 今更どんな顔をして彼に会えと?

 

 彼の人生の破滅のきっかけを作ったのは本をただせばすべてぼくが原因だ。

 

 ぼくが彼を描かなければ

 ぼくがハリー、君と彼を会わせなければ

 ぼくがもっと強く彼を諭せていれば

 

 ───ぼくと出会いさえしなければ。

 

 きっと彼は幸福に終生送っていた。

 それをぶち壊したぼくが、どうしていまさら彼に会える?

 

 そしてハリー、それは君も例外じゃない。

 ぼくはあれほど君に言ったじゃないか。

 彼を君の得意の言葉で誘い弄るのはやめてくれと。

 清純な彼を奈落の淵へ突き落とすのはやめてくれと、強く言ったじゃないか。

 

 けれど君は

 

 君の好奇心と欲求を満たす為に

 

 彼の人生を引っ掻き回したんだ。

 

 ハリー、君とぼくは確かに友人同士だったね。

 でもね、ぼくにとってドリアンは大事な人だったんだ。

 ぼくの世界に影響しうる、唯一の人だったんだ。

 そんな大切な人を滅茶苦茶にされて

 

 ハリー

 

 そんな君を

 

 ぼくが許せると思うかい?

 

 さあハリー顔を上げるんだ

 彼もぼくもそれぞれ犯した罪の罰を受けた。

 残るは君だけだ

 一人の歳若い青年を快楽に狂わせたその罪を。

 

 

 不意に部屋の明かりが消えて辺りが闇に包まれた。

 何事かとヘンリー卿は顔を上げる。

 その目の前にある肖像画は

 その目に飛び込んだ、闇に浮かび上がった肖像画は。

 

 

 さあハリー

 

 

 今度は君が泣く番だ。

 

 

 

 突如、屋敷にこの世のものとは思えない笑い声が響き渡った。

 それは地獄の亡者どもが気狂いしているような笑い声であった。

 悲鳴のような笑い声が止むと、辺りはまたいつもどおり夜の静寂に包まれた。

 脅え切った家人は震える手で燭台を掴むと笑い声のした主の部屋へと駆けつけた。

 ノックをしても返事の無い主の部屋を開けると、そこは真っ暗闇に包まれていた。

 燭台の灯火だけが室内に尾を引いた。

 ふと、家人はロッキングチェアに座りゆらゆらと揺れている主を見つけた。

 蝋燭に照らし出されたその顔は口と目をぱっかりと開け、およそこの世のものとは思えない形相だった。

 

 恐怖に立ち尽くす家人の手の中で揺れる蝋燭の灯の外で

 若く美しい青年の柔和に微笑んだ肖像画が浮かび上がっていた。

 

 

 

 END

 あーやっと書けた!『だから僕は喜んで〜』と対です。バジルside。
 もうずいぶんと前に大まかな内容と流れは思いついてたのになかなか打ちにいけてませんでした;
 でも某Aさんの日記でのヘンリー卿とかの見解とか見て当初と少し変わった。
 当初はバジルの独白のみで占める感じで考えてたから。(いや独白という点では変わってないけど;)
 ヘンリー卿Ver.も書こうかな・・・短めだろうけど。(水玉の脳内ではこの人脇役的位置です/笑)
 確かに二兎追って一兎も得られなかった感がありますよねこの人。
 あーでもバジルに報復するのはドリアン、ドリアンに報復するのはドリアン自身、
 そしてヘンリー卿に報復するのはバジルって決めてたから打ててすっきりした!!(笑)
 あ、ちなみにヘンリーに報復後、バジルはドリアンの肖像画から去ります。
 この両者にも微妙なすれ違いがありますね。
 お前捜して彷徨ってんだよバジル!みたいなね!

 ブラウザバックプリーズ!

 07.06.21.TOWEL・M