ああ、あと少し

 その瞳を輝かせてくれたら

 

 

 灰 カ ブ リ ヒ メ

 

 

 痩せ細った梯子を担いで次の壁面へ立てかける。

 軽快なテンポで梯子を登れば、辺り一面を見渡せた。

 今世紀になる以前は商人の町通りとして栄えていたホワイトチャペルも今では荒れ果て、薄汚れた裏庭同然だった。

 それでも簡易宿の如何わしい客や売女で昼も夜も塵の賑わいを見せていたのに、近頃それもトンとご無沙汰だ。

 みんなこそこそと身を潜め、足早に通り過ぎてゆく。

 それもひとえにホワイトチャペルの加護児、切り裂きジャックのおかげと言ったところか。

 狙われているのは娼婦なのに、関係無さそうなご婦人方までもが怯えて小さくなる始末。

 この薄汚れた通りどころか、今じゃロンドン全域が切り裂きジャックの影に怯えてる。

 

 ほら、事実この見捨てられた地域を天下のロンドン警視庁の方々が見舞ってる。

 

「・・・まさかこんなところまで駆り出されるとは思わなかった」

「まあ、事件が事件だし。相手も相手だし?」

 一人は背の高い金髪。

 もう一人は・・・髪の色がちょっと変わってる。

 銀か白かと思っていたが、よくよく見ればほんのり青い。

 あれは青灰色とでもいうのだろうか。

「それはそうだが、場所が悪すぎる・・・・」

 青灰色の髪を持つ男が長い溜め息を吐いた。

 眼鏡が反射してよく分からなかったが、どうやら瞳も同じ色のようだ。

 困ったように首を巡らせて顔を上げた途端、その目が一点を捉えて固まった。

 自分もその方向を振り向いてみると合点がいった。

 

 その視線の向こうにはこちらも二人の男───シティ警察の刑事たちがいた。

 ここ、ホワイトチャペルから直線状で通じているアルドゲートハイストリートに赴くと

 その通りから入れるミドルセックス・ストリートという通りがある。

 そこはロンドン警視庁とシティ警察の管轄境界線が引かれてある場所で───

 利害関係の絡む両者が衝突しやすい場所でもある。

 さらに始末の悪いことは、切り裂きジャックがこの境界線を行ったり来たりしながら凶行を繰り返していることだろう。

 

「・・・・なんでシティのヤツらがここにいるんだ」

「ん?どれ?あれま、ホントだ。んー、向こうさん側でも犯行起きてるからねぇ。それでじゃないの」

「・・・ここはヤードの管轄内、だろうが」

「そだけどさ」

 

 青灰色の瞳が、苦虫を噛み潰したかのような表情の中で歪む。

 もったいない、と他人事ながらに思う。

 

 ああもったいない

 あとすこし

 あとほんのすこし、その瞳を輝かせてくれたら言うことなし───

 

 おれは何とはなしにその男を『灰かぶり姫』と名付けた。

 美しい青い灰を被り、自分は美しくないと勘違いしてしまった哀れなお姫さま。

 己の美しさを磨くことも見出すことも知らぬ哀れな子羊よ───

 

 そうこうしているうちにシティ側もヤード側の存在に気づいたようで。

 辺りに剣呑とした空気が流れる。(ヤードの金髪の方は大して興味が無いようだ)

 足を向けたのはシティ側の方が先だった。

 どんどんこちらに──正確にはさらに向こうにいる灰かぶり姫たちの方へと近づいて来た。

 無頼漢とお姫さま御一行。

 

 やっぱここは、姫さんだろ。

 

「な───ッ?!」

「は?!!」

 

 次の瞬間、シティ側の連中の頭上から色とりどりのペンキの雨が降ってきた。

 ペンキとペンキ缶の雨あられを食らった哀れなシティ警察官たち。

 その上に、止めと言わんばかりに作業着姿のおれと痩せ細った梯子が続いた。

 

 

「・・・なッ」

「あれまぁ」

 俺とグレグズンは目の前で起こった光景にあっけに取られていた。

 自分たちの管轄内であるホワイトチャペルの通りの向こうから、

 あまり仲の宜しくないシティ警察のヤツらが近づいてきていたところまではいい。

 どんな悪口雑言、皮肉を言われる(言い合う)かと身構えていたのに。

 突然彼らの頭上から色とりどりのペンキが降り注いで彼らの姿を消したかと思うと、

 壁面にかかっていた梯子がその上に倒れてきて───最後に作業着姿の青年が落ちてきた。

 ドフッという青年が落ちた音の後に「ぐふッ」という断末魔が聞こえたような気がするが定かでない。

 それよりもあまりの事態に気を取られすぎていて反応が一瞬遅れたが、作業着姿の青年が

 三階分はあろうかという高さから落ちて来たのだということに気がついて慌てて駆け寄った。

 (ちなみにこの時点でシティの存在は完全に抹消されている)

「大丈夫か?!」

「あー・・・っと、自分は大丈夫です、けど」

 普通なら死んでしまう高さから落ちて来た青年はそのショックのせいもあってか呆然とした様子だった。

 グレグズンが後ろからあららと覗き込む。

「下の人が・・・・」

 未だどこか呆然とした様子の青年はそろそろと自分の下敷きになったものに目を向ける。

 そこで俺とグレグズンはようやくその下敷きになったものの存在を思い出した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 俺とグレグズンは一瞬無言で顔を見合わせ、同時に青年に向き直ると

 

「「放っておいても大丈夫だ」」

「は?!」

 

 動揺する青年を余所に、二人していいからこのまま放っておけと言いながらもう行くように促した。

 

 ヒトの管轄内で勝手に捜査してたんだ。

 どんな目に遭っても文句は言えまい。

 

 その捜査の帰りは貴重なものを見たとグレグズンと二人で大いに盛り上がった。

 

 

 正直、おれまで落ちるつもりはなかったんだが。

 ペンキ屋の親爺に怒られてしまった。親爺はシティ寄りだからな。やれやれ。

 

 ああだが。

 しかしアレは美しかった。

 思いがけず側で見れて幸運だった。

 曇ったガラスの向こうに隠れて青灰色と白い柔肌の輝かしさが鈍らされてしまっているのが唯一の難点だが。

 警察の管轄境界線であるミドルセックス・ストリートを塒(ねぐら)にしておいて

 ヤツらの網を掻い潜るだけでなくこんな絶品にお目にかかれるなんて思いも寄らなかった。

 やはりおれが愛すように、美の神はおれを愛している。

 加護だけでなくおれの眼に叶うものを与えもしてくれる。

 

 青灰色の髪

 青灰色の瞳

 石膏のように白い肌

 

 ああ、きっと赤がよく似合うだろう。

 血のように赤い、紅が。

 

「今度の晩には是非お目にかかりたいもんだ、愛しの『灰かぶり姫』」

 

 だっておれは

 貴方の愛する

 親愛なる“ 切り裂きジャック ”

 

 ミドルセックス・ストリートの安い賃貸家の中で、身の毛もよだつような哂い声が高らかに響いた。

 

 

 

 END

 * * *
 名無しさんから頂いた『青いドレスと仮眠室』読んでてふとリパ→レスが浮かんだもので。
 カプというよりは完全に一方的な狩りと獲物ですが。
 それでもレスは姫呼ばわりなので生贄呼ばわりのルブよりも若干マシなのか?いやかえって悪いのか?(笑)
 まあ何にせよ絶対に愛も未来も無いことに変わりは無いですが^^

 ブラウザバックプリーズ!

 07.01.08.TOWEL